今回は「手術できないがん」とはどういう意味かを解説します。
タイトルには「胃がんや大腸がん」と書きましたが、食道がん、肝臓がん、膵臓がん、胆道がんなど、私が専門とする消化器がん全般に同じことが言えますので、そのつもりでお読みください。
(もちろん他の領域のがんも多くは当てはまります)
最近は、病気や症状に関して調べたいことがあれば、多くの人はGoogleなどの検索エンジンを利用すると思います。
たとえば、「胃がん」とセットでよく検索されている言葉を調べてみると
「症状」「検診」「スキルス」などがあります。
その中でも目立つのが
「手術できない」や「手術できない場合 余命」などです。
「手術できないがん」は余命の短い末期がんだという恐れがあるからでしょうか。
しかし本当は「手術できない」という表現は適切ではありません。
私たち外科医にとって、実は「手術できないがん」はほとんどありません。
つまり、どれだけ進行していても、多くのがんは手術しようと思えば手術できます。
一例を挙げてみます。
「肝臓に転移のある膵臓がん」を考えてみましょう。
技術的には、膵臓がんを切除し、肝臓の転移も切除することはもちろんできますので、「手術不可能」ではありません。
しかし、このステージ4の(他の臓器に転移のある)膵臓がんには、一般的にはまず手術を行いません(例外はもちろんありますが)。
技術的には、切除しようと思えば切除できる。
しかし問題は、「手術することが予後の改善につながるかどうか」、つまり、手術という治療が患者さんの寿命を延ばすことにプラスに働くかどうかです。
「手術できないがん」と言われるがんは、手術ではなく抗がん剤治療など他の治療法を選ぶ方がメリットが大きい(長生きできる)と考えられている段階まで進行したがんのことです。
切除できるからといって外科医が無理やり切除して、かえって患者さんの寿命を縮めることは許されません。
では、一体どういう段階まで進めば手術できないと言われているのでしょうか?
タイトルに書いた通り「ステージ4」なら全部手術しないのでしょうか?
そしてなぜ、手術が寿命を縮めることになるのでしょうか?
専門的な話は抜きにして、わかりやすい言葉でその理由を説明してみたいと思います。
<追記>
本記事の内容を、漫画家の油沼さん(@minddive_9)が分かりやすい漫画にしてくれました!
手術出来ない→X
手術しない→○
ケースバイケースだと思いますので、医療ドラマとかは話半分の気持ちで見たほうが。ステージ4の胃がんや大腸がんはなぜ手術できないのか?|外科医の視点 https://t.co/2HvDodZGrq @keiyou30さんから pic.twitter.com/5Cl7xtwYyp
— 油沼(薬剤師さんの備忘録 21話) (@minddive_9) 2018年11月24日
がんの手術の大原則
私たちが「手術できるがん」と言う時は、「病変を全て取り去ることができるがん」のことを指しています。
消化器がんは全て、手術を選ぶ場合は「がんをゼロにする見込みがあること」が絶対条件です。
確かに患者さんにとっては、
「がんを全て取り切れる可能性がなくても手術を受けたい、わずかの可能性に賭けたい」
という気持ちが当然あるものです。
ところが、
「わずかにがんが残ったかもしれないけど99%は取れました」
というのは意味がないどころか「手術をしない」より悪い、ということに注意が必要です。
なぜでしょうか?
少しでも残っていれば、残ったがんがあっという間に大きくなってしまい、もとの大きさにすぐに戻ってしまうから、というだけではありません。
以下のような大きな問題があります。
・手術中に取り残したがんがお腹の中に散らばり、余計にがんが広がるリスクがある(腹膜播種を人為的に起こしてしまう)。
・全身麻酔の大きな手術を受けることで、体力を大きく失い、残ったがんの進行に体が耐えられなくなる。
・手術後は十分に体力が回復するまで抗がん剤治療ができないため、がんを取り残せば、残ったがんを治療する手立てが一時的に全くなくなる。
これらのことが起こると、手術したことが原因で患者さんの寿命がかえって縮まってしまう、というのが大きな問題です。
そのため我々外科医にとっては、患者さんの体にメスを入れる以上は、「本当に完全に取り切れるのか」ということを術前に入念に吟味することがきわめて重要になります。
逆に、全てを取りきれない可能性が高いなら手術を行ってはいけません。
※注 消化器がん以外のがん(一部の婦人科がんなど)にはがんを小さくすることが有効なものもあります。
手術できないがんとは?
手術せずに(がんを切除せずに)抗がん剤治療など内科的治療を行うがんとは、具体的には以下のようなものを指します。
①遠隔転移(ほかの臓器の転移)があるがん
②手術後に再発したがん
③周囲の重要な臓器にまで浸潤(しんじゅん)したがん
④切除できないほど広がったがん
これらをなぜ手術しないのか、順に説明します。
①遠隔転移
タイトルに書いたステージ4のがんがおおむねこれに当てはまります。
冒頭の疑問に戻ると、転移したところも一緒に切除すればいいのでは?と思う方がいるかもしれませんね。
これをなぜ手術しないかというと、他の臓器に転移が1ヶ所あるとわかった場合、目で見えないがん細胞は他に無数にあると考えるべきだからです。
他の臓器に転移したということは、数え切れないほどのがん細胞が、血管内に入って血流に乗ったということです。
ということは、血流にのって行き着いた臓器で、無数のがん細胞が偶然たった1ヶ所にのみ集まっているとは考えにくくなります。
また血流に乗った以上は、別の臓器へ流れ着いている可能性もあります。
1mmのサイズのがんには100万個のがん細胞が、1cmのサイズのがんには10億個のがん細胞がいると言われます。
しかし人間の目では、1mmのがんでも確認することは困難です。
100万個もがん細胞があるのに、です。
したがって、目で見える転移を切除したとしても、その時見えなかったサイズのがんはすぐに大きくなって現れてきます。
ちなみにステージ4には、他の臓器だけでなく、遠くのリンパ節に転移したケースや、お腹の中にがんが散らばったケース、つまり腹膜播種(はしゅ)や腹膜転移と呼ばれるケースも含みます。
これらも同じことで、目で確認できるがんが1ヶ所あれば、確認できないがんは無数にあると考えるべきです。
②手術後の再発
これも似た理由です。
手術後にCTやMRIなどの画像検査で再発が見つかることがあります。
こういう画像検査では、せいぜい3、4mmのサイズはないと認識することは困難です。
前述した通り、1mmでがん細胞は100万個ですから、見えるサイズの再発が1ヶ所あれば、見えない再発病変は無数にあると考えるべきです。
見えないものまで手術で取り切ることは不可能です。
③周囲の重要な臓器に浸潤
周囲の臓器に浸潤している(しみ込んでいる)がんでも、周囲の臓器を一緒に切除できるなら手術は可能です。
しかし、重要な動脈など、生きていくのに不可欠な臓器にがんが広がることがあります。
この場合、がんを全て取り切ることは、すなわち死を意味します。
「がんは取れたけれど命も無くなった」では何のための治療かわかりません。
④技術的に切除できないがん
技術的にすべてを取り切ることができないほどがんが広がっているケースです。
少ないですが、ときにこういうこともあります。
ステージ4でも手術を行うがん
ステージ4の消化器がんは、理屈の上では手術で全てのがん細胞を取れません。
したがって多くの場合手術は適応外になりますが、現時点で、手術を行って転移も切除することで予後の改善が見込めると考えられているがんがあります。
それは大腸がんです。
大腸がんは例外的に、肝臓や肺に転移していても、転移巣を一緒に切除すれば治癒する可能性が低いながらもあるとされています。
これは近年の臨床試験によって明らかにされてきたことです。
また確実ではありませんが、胃がんでも遠隔転移を切除することのメリットが報告されてきています。
抗がん剤治療の発達により、目で見えないがん細胞を効率的にやっつけることができるようになってきたからです。
他のがんもそうですが、今後データが揃ってくれば、治療の方針が変わる可能性があることを最後に付け加えておきます。
以下の記事もご覧ください。
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