がんの中には、原因となる遺伝子がはっきり分かっていて、その遺伝子が一定の確率で子に引き継がれるタイプがあります。
まだ検診を受けないような若い年齢でがんになることも多く、特別な治療が必要になることもあります。
よく知られた例をあげます。
ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、がんを予防するために、2013年に健康な両側の乳房を、2015年には両側の卵巣を摘出する手術を受けました。
2013年の時点で37歳でした。
アンジェリーナ・ジョリーさんは、がん抑制遺伝子「BRCA1」に生まれつき異常(遺伝子変異)があることが分かっていました。
高い確率で乳がんや卵巣がんになると予想されていたのです。
ジョリーさんの母親は若くして卵巣がん、乳がんを発症し、56歳で亡くなっています。
また母方の祖母は卵巣がん、叔母は乳がんで亡くなっているそうです。
こういう明らかな遺伝性疾患では、
「がんになる前に臓器を摘出する」
「特別なスケジュールで検査を受ける」
といった対処が必要になります。
さて、大腸がんでも同じように、原因がはっきり分かっている遺伝性のタイプが存在します。
家族性腺腫性ポリポーシス(FAP)と、リンチ症候群です。
これらは、特定の遺伝子に異常(変異)があるために、若いうちから高い確率で大腸がんになるリスクがあります。
今回はこの二つの疾患について解説します。
家族性腺腫性ポリポーシス(FAP)
がん抑制遺伝子である「APC」の異常によって生じる病気です。
大腸にポリープが多発し、放置すると100%大腸がんを発症します。
全大腸がんの0.24%を、この病気が占めます。
およそ50%の確率で子に遺伝する病気です。
大腸内視鏡検査(大腸カメラ)、遺伝子検査などで診断が可能です。
「大腸にポリープがたくさんあると言われた」という方は不安になったかもしれませんね。
この病気では、多くは100個以上というおびただしい数のポリープができます。
もしこの病気なら、大腸カメラを行った医師から必ずその異常を指摘されますから、単に「ポリープが複数あった」とは状況が全く異なります。
若くして大腸がんになるのが特徴で、大腸がんの発生確率は、20歳で1%、40歳代で50%、60歳頃にほぼ100%とされています。
また、大腸以外にも悪性腫瘍が発生しやすい、という特徴があります。
デスモイドとよばれる軟部組織腫瘍や、十二指腸癌、甲状腺癌などが挙げられます。
100%大腸がんになるとわかっている以上、若いうちから予防することが大切です。
20歳代で大腸を全て摘出する手術が推奨されています。
大腸がなければ大腸がんにはなりません。
冒頭の例の、乳がん予防で健康な乳房を切除するのと同じ理屈です。
また、大腸以外の病気がないかどうかの検査も必要です。
上部消化管内視鏡(胃カメラ)や、腹部CT、超音波検査などを定期的に行います。
50%の確率で遺伝しますから、逆に言えば半数は遺伝しません。
FAPと診断された方の血縁者は、腺腫(ポリープ)がなければ3年ごとの大腸カメラを行い、35歳までに複数回の大腸カメラで腺腫がなければ「FAPではない」と言ってもよいとされています。
血縁者にFAPと診断されている人がいる場合や、家族の複数が30〜40歳代で大腸がんになっているという場合は専門家に相談してください。
ここでいう専門家とは、消化器系の医師(消化器内科・外科)のことです。
広告
リンチ症候群
ミスマッチ修復遺伝子と呼ばれる遺伝子の異常によって、高確率で大腸がんを発症する病気です。
全大腸癌の2-4%を占めます。
FAPと同じく、約半数は子がこの遺伝子変異を引き継ぎます。
以前は、「遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC)」と呼ばれていました。
現在は、子宮がんや卵巣がん、胃がんなど、大腸がん以外のがんを発症するリスクも高いため、全てを合わせて「リンチ症候群」と呼ぶのが一般的です。
こちらは、FAPと違って大腸にポリープが多発するわけではありませんので、がんにならない限り大腸カメラを受けても「異常なし」です。
そこで、家族のがん罹患歴や年齢など、さまざまな項目を含むガイドラインを用い、疑われる方に精密検査を行うという流れになります。
このガイドラインとは、アムステルダム基準、ベセスダガイドラインと呼ばれ、世界的に使用されています。
さて、この病気の難しいところは、FAPと違って遺伝子の異常を引き継いでも大腸がんにならない人がそれなりにいることです。
遺伝子変異を持つ人の大腸がん生涯発生リスクは、男性で54-74%、女性で30-52%です。
したがって、大腸がん予防のために大腸切除を行うことは推奨されていません。
一生かけても大腸がんにならない可能性が十分にあるのに、大腸を全て切除してしまうのは失うものが大きすぎるからです。
そこでこの病気の方に対しては、大腸内視鏡検査を20-25歳頃から1-3年間隔で受けることが推奨されています。
いずれにしても、血縁者にリンチ症候群と診断されている人がいる場合や、ご家族の複数が若くして大腸がんになっているという場合は、専門家に相談しましょう。
ちなみに、ここに挙げた遺伝子検査は現時点では保険収載されておらず(保険が効かない)、自費となります。
費用のかかる検査ですので、まず必要性があるかどうかを専門家に相談することをおすすめします。
(参考文献)
遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2016年版
こちらもどうぞ!
大腸がん検診を徹底解説!検査の種類と方法、なぜ受けるべきか?