ドクターXが不思議なのは、手術器具の使い方や動作、会話、服装などの全てが「めちゃくちゃ」なのに、診断病名と治療の組み合わせだけはいつも筋が通っていることだ。
たとえば今回の、切除限界を超える肝細胞癌に対する治療もそうである。
1回目の手術で大門が助手に徹した挙句「インオペ(手術不能)」を宣言。
この時点で消化器を専門とする私は、
「ALPPS(アルプス)やるんだろうな」
と最後のオチまできっちり読めてしまう。
術式についてはそのくらいリアルで、突飛すぎる独創的な新治療が登場しているわけではないということだ。
これを見た視聴者の方の多くは、
本当にこんな手術やるの?
と思ったかもしれない。
今回は専門分野ということもあるので、違和感のあるポイントも含め、いつも以上に気合いを入れて解説しよう。
今回のあらすじ
大門(米倉涼子)を尊敬する三流外科医、森本(田中圭)は、婚活パーティーで出会った女性、内神田四織(仲里依紗)と婚約にまで至り、浮かれていた。
ところが四織が突然大門と森本の目の前で倒れ、肝細胞癌にかかっていることが発覚する。
癌は肝臓の3箇所にあり、そのうち右肝(肝臓の右半分)にあるものはかなり巨大。
全ての腫瘍を切除すれば残存肝臓率(残肝率)はギリギリ20%と厳しい状況だった。
少しでも切除方法を誤れば、残肝率は20%を下回り肝不全を引き起こしてしまう。
四織に執刀を希望されて焦った森本は、大門に助手を依頼。
ところが、左肝の2ヶ所の腫瘍を摘出したところでお手上げ状態に陥った森本を全く助けようとしない大門。
挙句、右肝の腫瘍を取り残した状態で「インオペ(手術不可能)」を宣言してしまう。
いつもなら途中でオペを取り上げて完遂してしまうはずが、今回はなぜか助手に徹し、森本を去らせて閉腹まで自ら行う大門。
手術は失敗なのか?
ところが1週間後、突然大門は独断で2度目の手術を始める。
大門の勝手な行動に激怒する海老名(遠藤憲一)らのところへ、どこからともなくやってきた名医紹介所の神原(岸部一徳)が大門の意図を説明する。
一度目の手術で右門脈の結紮と肝臓の離断を行い、1週間待って残肝を成長させたところで二度目の手術を行う計画的二期的肝切除「ALPPS(アルプス)」を行ったと言うのだ。
結果的に、大門のおかげで完全な腫瘍摘出が実現し、四織の手術は成功する。
さて、
ALPPSは実際に行われているのか?
どのくらいリアルなのか?
大門はどうすごいのか?
これらについて、わかりやすく説明しよう。
だがその前に、内神田四織の病気を「肝細胞癌」という設定にしたことは、消化器外科医である私にとってはものすごく違和感がある。
なぜ肝細胞癌なら変なのか?
まずはこれについて説明しておきたいと思う。
肝細胞癌の診断に違和感がある理由
肝細胞癌は、日本ではその90%近くがC型肝炎かB型肝炎による慢性肝炎、肝硬変が原因である。
つまり、かつて血液製剤などで感染した肝炎ウイルスが、何年もの間肝臓を蝕んだ結果、荒れ果てた肝臓に癌が現れる、というものである。
したがって今回のように若い人が肝細胞癌になることはきわめてまれ(ないわけではないが)。
一方、肝臓にできる癌は「肝細胞癌」だけでなく、「肝内胆管癌(胆管細胞癌)」や「肝門部胆管癌」などのほか、様々なタイプがある。
(女優の川島なお美さんや、元ラグビー選手の平尾誠二さんが罹患していたのはこちらのタイプとされている)
さて、食道や胃、大腸、膵臓、胆嚢など、消化器系の臓器は全摘しても生きていけるものが多いが、肝臓はそれができない。
他の臓器で代わりがきかず、代用できる人工的な器械も薬もないからだ。
そのため肝臓癌を手術するときは、「どこまで肝臓を残せるか」=「残肝率」を術前に予測することが重要になる。
一般に肝臓は3分の2までは切除しても大丈夫(報告では残肝20-25%でも不可能ではない)とされている。
残った肝臓が頑張って働くうち、自己再生して大きくなってくるからである。
しかしこれは全く健康な、ほぼ100パーセント機能している肝臓の場合である。
肝細胞癌ができるような肝臓は、上述したようにその働きは「健康な肝臓の2割減、3割減」ということがほとんど。
肝機能が悪いため半分も切除できない、というケースも多い。
今回のような腫瘍がもし肝細胞癌なら、普通は手術室に行く前にそもそも「インオペ」である。
よって、もし「何とかギリギリ20%残せるかどうか」という展開にしたいなら、背景肝が正常な肝内胆管癌や、転移性肝癌(大腸癌や胃癌など他の癌の肝転移)という設定にすべきだった。
若い女性であることを考えてもそちらの方がよほど辻褄は合う。
そう考えてもこの設定は奇妙であった。
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肝臓癌の治療、ALPPSとは?
肝臓癌の手術では、
肝臓の機能がどのくらいか
どのくらい肝臓を残せるか
の二つが大切、というのは上述の通り。
残った肝臓が機能の割に小さすぎると、自己再生する前に肝不全になって死亡する。
よって癌が大きく残肝率が厳しいケースでは、切除する前に残る予定の肝臓を増大させておくことが必要になる。
ではどうやって肝臓を増大させるか?
切除したい側の肝臓に向かう血流を遮断してしまうのである。
たとえば今回のように右肝を切除する予定なら、右肝へ向かう血流(門脈)を遮断する。
そうすれば、それまで肝臓全体でしていた仕事の大部分を左肝だけでしなければならなくなる。
負荷がかかった左肝は徐々に成長し、左側だけで肝臓の機能を担えるようになるのである。
例えるならば肝臓の「筋トレ」。
消化器系の臓器の中で、唯一「再生機能」をもつ肝臓だから成り立つ治療である。
今回大門はインオペと宣言しつつも、最初から腫瘍の完全切除には2回の手術が必要であることを見抜いていた。
1回目の手術で右の門脈を結紮(結ぶ)して遮断し、左肝の増大を図ったわけだ。
右の門脈遮断だけでも左肝の増大は期待できるが、肝臓の実質離断を加えておくと、さらに右肝の機能が落ちるため、より効率的に左肝は増大する。
今回の「1週間で2倍の大きさ」というのも不可能な数字ではない。
これがALPPS(アルプス)と呼ばれる治療である。
ALPPS: associating liver partition and portal vein ligation for staged hepatectomy(段階的肝切除のための肝離断・門脈結紮)
ここで医療ドラマを見慣れた方なら気づくと思うが、実は門脈を遮断するだけなら開腹手術は必要ない。
カテーテルを使って門脈を塞栓する(詰める)ことができるからである。
これをPTPE(経皮経肝的門脈塞栓術)と呼び、術前にこれを行ってから手術に臨む、というケースも多い。
短期間に2度の開腹手術が必要なALPPSに比べるとリスクも低い(もちろんALPPSの方がリスクが高い分、肝臓の再生効率も高い)。
ここで、この術式を説明した神原と、横で補足した若手外科医西山(永山絢斗)のセリフを振り返ってみよう。
神原「通常の切除方法ですと、残せる肝臓が20パーセントを下回ってしまい、肝臓の自己再生を促すことができません。そこで大門は、一回目の手術で右門脈の結紮を行いました」
西山「あのとき最後に血管を縛っていたのは、右の肝臓への栄養を遮断し萎縮させて、それを補おうとする左の肝臓を増大させるため・・・」
神原「しかしそれだけでは従来の門脈塞栓術と変わりません。そこで大門は右肝動脈と右肝静脈を残し肝臓を二つに離断しました」
ここで神原が言った「従来の門脈塞栓術」がPTPEのことだ。
従来というより、今も「現役バリバリ」に行われている治療である。
そしてALPPSも、今や数多くの施設で行われている手術。
残肝率が厳しい肝臓癌に対する治療手段を、なぜかベテラン外科医である「3タカシ」は揃いも揃って知らなかったのである。
というわけで第4話の解説はここまで。
毎回大笑い必至のコメディでありながら、医学的にはある程度筋が通っている分、意外と解説のやりがいもあるドクターX。
コードブルーほどの人気はないが、引き続き解説は続けていきたいと思う。
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