病院に重症外傷の患者さんが搬送されてきたとき、私たち医師がまずすべきことの一つに、
「致命的な大量出血がないかどうかを調べること」
があります。
短時間での大量出血は、分単位のタイムスパンで患者の命を奪うからです。
「出血がないかどうか」など見たらわかるじゃないか!
と思う方がいるかもしれません。
実は、本当に怖いのは目に見える出血、つまり「外出血」ではありません。
体の中に起こる出血、「内出血」です。
たとえば、胸の空間(胸腔)に出血して起こる「血胸」。
お腹の空間(腹腔)に出血して起こる「腹腔内出血」。
これらは外観で出血が起こっているかどうかがわかりません。
気づかないうちに大量の出血を起こし、致命的となります。
したがって、
見た目ではわからない大量の内出血がないかどうか
あるならどこにあるか
を知るための画像検査をする必要があります。
それがFAST(ファスト)です。
コードブルーをはじめ、救急医療が舞台のドラマでFASTはよく出てきます。
私もこれまでの解説記事でFASTには度々触れていますが、今回はより具体的に、
なぜFASTでは超音波(エコー)を使うのか?
実際にどういう部分をチェックするのか?
といったことを詳しく解説したいと思います。
これを理解した上で医療ドラマを見れば、きっとより一層面白くなるはずです。
この記事の末尾で、FASTの実際がドラマで見られるシーンを紹介しています。
なぜエコーを使うのか?
FAST(ファスト)は、”Focused Assessment with Sonography for Trauma”の略です。
日本語にすると「外傷に対するポイントを絞った超音波検索」というような意味合いになります。
つまり、エコー(超音波)を胸やお腹に当て、出血がないかを確認する作業ですね。
しかしご存知のように体の中を調べるには、CTやMRIといったもっと便利で精密な画像検査があります。
エコー画像を見たことがある人は多いと思いますが、画質は荒くて見にくく、CTやMRIの方が遥かに正確に出血の有無や原因を突き止められます。
それなのに、なぜエコーを選ぶのでしょうか?
エコーには、救急医療に適切と考えられる以下のような利点があるからです。
持ち運びが可能
エコーの機械は他の画像検査と違って持ち運びができるサイズです。
患者さんのベッドサイドに持って行って検査ができます。
重症の患者さんは、検査のために部屋を移動するだけでも大きなリスクです。
実際、超重症の患者さんは移動ができないためCTやMRIは撮りたくても撮れません。
患者さんの移動が不要で、ベッドサイドで医師がすぐに検査できるのはエコーの大きな利点です。
また屋外に持ち出せるようなコンパクトサイズのエコーもあるため、ドクターカーやドクターヘリなどで現場に医師が出向くケースでも使用できます。
1分程度で素早く終わる
CTやMRIは正確な診断が可能ですが、撮影に時間がかかります。
CTなら数分、MRIなら数十分から1時間近くかかるものもあります。
一方エコーなら1分程度で素早くチェックできます。
他の医療行為を妨げない
CTやMRI撮影中には患者さんのそばに医師がついていることはできません。
患者さんは検査室に一人ぼっちで、部屋の外から医師や検査技師が様子を見ています。
急変のリスクがある全身状態の悪い方には不向きな検査です。
しかもCTやMRIでは、気管挿管や点滴(ライン確保)、採血、創傷処置といった他の医療行為を検査中に中断する必要があります。
一方エコーなら、患者さんのそばで検査ができます。
検査中に突然患者さんが心肺停止になれば、検査を中断してそのまま心肺蘇生処置に入れます。
また、心臓マッサージ(胸骨圧迫)を他の医療者が行なっている最中でも、横からエコーが可能です。
常に患者さんのそばに医師がついて医療行為を行うべき重症の患者さんの対応には最適です。
繰り返し何回でも検査できる
重症外傷の患者さんの病状は刻一刻と変化します。
搬送した直後には出血が目立たなくても、診察をしているうちに出血量が増えて突然急変する、ということもあります。
したがって、出血の有無は繰り返し検査することが大切です。
ところがMRIのように何十分もかかるような検査では、繰り返し出血の有無を確認することなどできません。
CTは数分で撮影ができますが、放射線被爆のある検査のため、短時間に繰り返し行うことはできません。
多くても1日1回〜2回が上限、重症の方でも普段は週に1回程度が目安の検査です。
一方エコーは被爆がなく、かつ素早く検査できるため、何度も繰り返すことができます。
よってFASTは、患者さんが搬送されてから状態が安定するまで何度も繰り返すのが基本です。
最初のFASTで出血が確認できなくても、しばらくして出血が確認できるようになることもあります。
ちなみにFASTで「出血あり」を「FAST陽性」または「FAST positive」、「出血なし」を「FAST陰性」または「FAST negative」と言います。
医療ドラマでも、
「ファストネガティブです!」
というようなセリフは時々ありますね。
以上の理由で、救急の現場での出血の確認はエコーを使うわけです。
エコーとCTやMRIの違い、あるいはCTとMRIの違いなどをもっと詳しく知りたい方は、「CT・MRI・レントゲン・エコーの違い、目的と病気による使い分け」をご参照ください。
では、FASTでは具体的にどの部分をどのようにチェックするのでしょうか?
これを次に説明します。
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FASTでチェックすべきポイント
体内の出血を確認するのが目的でも、FASTでは全身をくまなくチェックするわけではありません。
致命的な出血が起こりやすい部位、血液がたまりやすい部位のみを素早くチェックするのがポイントです。
FASTの「F」=「Focused」とは「焦点(フォーカス)を絞った」という意味です。
見るべきポイントは以下の6ヶ所と決まっています。
心臓は「心のう」と呼ばれる袋に入っています。
心臓の損傷などではこの袋の中に血液が溜まるので、これがないかを調べます。
心のう内に血液が溜まって心臓の動きが妨げられる状態を「心タンポナーデ」といいます(血液以外の液体貯留でも同じ)。
すぐに血液を排出しなければ急性心不全から心停止に至ります。
「胸腔(きょうくう)」とは、肺がある胸の空間のことで、肺やその周囲の太い血管、骨などの損傷によって胸腔内に血液が溜まります。
これを「血胸」と呼びます。
大量血胸は、失血死のリスクだけでなく、肺が圧迫されることによる呼吸の障害によって死亡するリスクもあります。
お腹の中は「腹腔(ふくくう)」といい、お腹の中の臓器損傷によって出血することを「腹腔内出血」と呼びます。
腹腔内には肝臓や脾臓、膵臓、腸管など様々な臓器があり、いずれの損傷でも多量に出血するリスクがあります。
腹腔内出血では、血液が溜まりやすい3ヶ所をチェックします。
脾臓の周囲と、モリソン窩、ダグラス窩です。
脾臓の周囲を見るのは、脾臓が腹部の外傷によって最も損傷しやすいからです。
腹腔内の臓器損傷の25〜60%は脾臓です。
私自身の経験では、腹部外傷で緊急手術したケースの8割近くが脾損傷です。
脾臓はお腹の中で固定されて動かないために衝撃をもろに受けやすく、またやわらかくて弱い上、血液が多量に含まれていて大量出血しやすいことなどが理由です。
医療ドラマでは肝損傷をよく見ますが、実際には肝損傷で緊急手術が必要となることはまれで、保存的に(手術なしで)経過観察できるケースが大半です。
一方、モリソン窩とダグラス窩を見るのは、仰向けに寝たときにその部分が最も低い位置になるからです(ダグラス窩は立っている状態でも最も低いポイントです)。
凸凹の地形に雨が降ったとき、水は低く凹んだところに溜まりやすいことはイメージできますね。
お腹の中でも様々な大きさの臓器が凸凹の地形を形作っているので、血液は低くくぼんだところに溜まります。
お腹の中のどの臓器の出血であっても、低いところに血液が溜まりやすいわけですね。
これらを発見した医師の名前で呼ばれているのが、モリソン窩とダグラス窩です。
医療ドラマでも、FASTをした医師が、
「ダグラスに液体貯留あります!」
と言うシーンは聞いたことがあるはずです。
医療ドラマでFASTを見よう
最後に、ドラマでFASTを見ることができるシーンを紹介しておきます。
・コードブルー3rd SEASON 第2話
解説記事はこちら→【コードブルー3 第2話感想】医師が思う新人の医者が全然ダメな理由
・コードブルー1st SEASON 第5話
解説記事はこちら→コードブルー1st 第5話感想|外傷プライマリーサーベイを全て解説!
・コードブルー1st SEASON 第8話