医療ドラマでよく見るあのシーンは本当にあるのか?
それともフィクションなのか?
これは、私がよく質問を受けて記事にしたり、SNSで発信したりする時に使う題材です。
ドラマを通して医療のことに詳しくなれば、医師と接したり、医療機関を利用したりする時のストレスが軽くなるはず。
そんな思いで私は、ドラマを使って医療に関する情報を発信し続けています。
(看護師向けサイトでも医療ドラマ解説を連載中です!)
しかし、医療ドラマには現実にはあり得ないシーンもたくさんあり、注意が必要なこともあります。
今回も医療ドラマでよく見るシーンのリアリティについて解説していきましょう。
その患者、ホントに重症?
医療ドラマでよく見る「重症患者」とはどんな姿でしょうか?
ベッドの上で悶え苦しみ、のたうち回る
突然けいれんする
廊下で「うっ」と言ってバタッと倒れる
といったパターンがよく見られますね。
確かに実際こういうケースもあるのですが、一般的に私たち医師が「重症」と聞いて想像する患者さんの状態とは少し異なります。
もしベッド上で患者さんが痛みでのたうち回っているとしたら、むしろ、
「それだけ体を十分動かせるくらいの状態だ(=軽症かもしれない)」
と考える傾向があります(もちろん例外もありますが)。
例えば重度の腹膜炎による強い腹痛であれば、少しでも動くとお腹に激痛が走るため、ベッドで横になってじっと動かず脂汗を流している、というのが典型的な姿です。
「けいれん」の中には、すぐには命に関わらない、落ち着いて対応すればそれほど大きな問題にならないものも多くあります。
また、けいれんを起こさない重症疾患の方が多く、ドラマでの「けいれんの頻度」は妙に高すぎる印象があります。
ドラマでは、突然「うっ」と言って患者さんがバタっと倒れるシーンもよく見ます。
これは、「失神」を起こすような重篤な疾患が背景にある場合に限り「重症」と呼んでいいでしょう。
むしろ、「重症とは呼べない失神」は数多くあります。
例えば、「迷走神経反射」による失神はよく見ますが、採血や点滴で腕に針を刺したストレスで起こってしまうこともよくあります。
もちろん命に関わるような状態ではありません。
いずれも、「病院ではそれほどよく見るわけではない重症」がモデルとして選ばれているわけです。
では、よく見る「重症」とはどういうものでしょうか?
実際には、本人に自覚症状のない、一見すると外観にも大きな変化のない重症患者を数多く経験します。
ぱっと見では大きな変化はないが、バイタル(血圧や脈拍、呼吸状態など)の数字が大変なことになっている
本人は「大丈夫だ」と言っているが、検査データの値が基準値を大きく逸脱していて全然「大丈夫」ではない
ということはよくあります。
これらは「重症」と呼ぶべきですし、まぎれもなく緊急事態です。
いつのまにか意識がもうろうとしていて、ラウンド中の看護師がそれを発見して医師に連絡、というパターンもあります。
これらに共通するのは、ドラマより「静かな重症」だということでしょう。
ところが、ドラマでこれをリアルにしてしまうと、なぜスタッフたちが慌てているのかが視聴者には分かりにくくなります。
ドラマではやや大げさに、「重症」だと分かりやすく表現する方法を選ぶ必要があるのです。
頭から血を流すと重症?
医療ドラマに限らず、サスペンスやミステリーでもよく見る、
「頭から血が流れる=重症(重傷)」
とする描写はどうでしょうか?
ドラマでは、人が頭を強く打ち付けて、地面に血液が広がったり、頭を殴られて頭から血を流す、というシーンは定番です。
実際「頭から血が出るとタイヘン!」というイメージがあるためか、頭を怪我して慌てて病院に来る方は多くいます。
これは、必ずしも重症とは限りません。
頭の皮膚は血流が豊富なこと、皮膚が突っ張った状態であることから、小さな傷でもかなり派手に出血することがあります。
軽い打撲でも、皮膚の下に出血して「たんこぶ」として膨らんでしまうことは日常的によくありますね。
頭以外の部分が、打撲だけで「たんこぶ」のようにプクッと膨らむことはあまりないはずです。
頭を怪我して、一見すると驚くほど出血した人の傷を診察してみると、縫う必要がない程度の傷だった、ということもよく経験します。
また数針縫わなければならない傷であっても、体表面の傷にとどまっているならそれほど大きな問題にはなりません(もちろん非常に大きい、深いものは別ですが)。
問題は「頭の中のダメージはどうか」です。
頭の表面の傷なら外来で容易に処置できますが、頭蓋内に出血していたり、脳に損傷が及んでいたりすると、大きな問題になります。
地面や壁で頭を強く打ち付けて、
「表面に全く傷はなく流血もしていないが頭蓋内出血で命に関わる」
というケースはよくあります。
あるいは高齢者で、頭を打撲したようだが本人に記憶がなく、数日してから様子がおかしいので受診すると頭蓋内に出血していた、というパターンもあります(慢性硬膜下血腫)。
頭の表面からダラーっと血が出ているからといって、本当に緊急対応が必要な重症外傷であるとは限らない一方、流血していないからといって軽症とは限りません。
もちろんドラマでは、頭から大量に流血しないと「重症感」が出せないわけですが・・・。
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みんなで治療法を探す?
医療ドラマではよく、患者さんを救うためにスタッフが総動員で論文を検索して治療法を必死で探す、という場面がありますね。
これはリアルなのでしょうか?
私たちが情報収集のために文献検索を行うことは確かによくありますが、これを科の多くのスタッフで一緒にやる、ということはめったにありません。
医師はそれぞれ担当患者が決まっていますから、他の医師の担当患者にまで首をつっこむと診療が混乱する恐れがあります。
あくまで、患者さんを担当している医師が検索を行い、これを会議で俎上に上げてみんなで議論する、というのが一般的です。
全スタッフが一緒になって文献検索に必死になるほど暇ではない、という理由もあります。
また、頻度の非常に低い難病を除けば、真に有効な治療法はすでに世界中で共有されていることが一般的です。
一病院のスタッフたちが必死で探して見つかるほど、「どこかに隠れている」ようなものではありません。
本当に有効な治療なのであれば、権威ある医学雑誌に掲載されているはずで、即座に世界中の医師が容易に閲覧可能になっているはずです。
専門の医師であれば、その情報はすでに入手済みであることも多く、苦労して探すものではありません。
また、ガイドラインとして「コンセンサスの得られた治療法」に含まれていることも多いでしょう。
逆に、もしスタッフを総動員しないと手に入らないような「隠れた治療法」を見つけてきた人がいたら、「真に有効かどうかは怪しい」と考えるのが普通です。
無名の医学雑誌に載っている症例報告を、実際に目の前の患者さんに適用することは怖くてできませんし、倫理的にも問題があります。
十分に医学的根拠が示され、その有効性が広く認知されうる治療法が「必死で探さないと分からない」ということ自体に矛盾があるのですね。
むろん、科内のスタッフが必死に調べないと適切な対応が分からない、という状況に陥っているのであれば、「文献検索する前に詳しい医師に相談する」が正解です。
経験の乏しい医師しかいないのなら、自院での治療にこだわってはいけません。
その疾患が集まる施設の医師に相談した上で、すぐに紹介、転院を考えるべきでしょう。
文献検索をしている時間も惜しいはずです。
もちろん、「患者を救うためにチームが一丸となること」は大切で、これを表現するための一つの手法として「みんなで論文探し」は、個人的には魅力的ないいシーンだと思っています。
ドラマを盛り上げるための一つの表現だと思っておくのがいいかもしれませんね。
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医療ドラマの「あのシーン」はウソかホントか?vol.3