人気の医療ドラマ「あるある」シリーズ。
今回はシリーズ第3弾。
ドラマでよく見る「手術中のあのシーン」がリアルなのか、について分かりやすく解説しましょう。
今回は、
顔に血が飛ぶことはあるか?
手術中に作戦変更!は本当にあるのか?
大人数で手術を見学することはあるのか?
について解説します。
顔に血が飛ぶことはある?
医療ドラマの手術シーンでよく見るのは、血がピューッと吹き出して顔にかかり、手術室が大騒ぎになる、というものですね。
人気医療ドラマの定番「ドクターX」でも度々見るシーンです。
これは実際ありうるのでしょうか?
実は、実際の手術でも血液が顔に飛んでしまうことは時々あります。
ただし、ドラマとの大きな違いは、血が飛んだとしてもたいてい「誰も慌てない」ということです。
私は消化器外科医なので、腹部の手術を多く行います。
お腹の中には細い血管がたくさんあるため、病巣を切除する時は、周囲の細い血管を糸でくくって切ったり、特殊な道具で焼きながら切断したりします。
何もせずにブチっと切ってしまうと、大量に出血してしまうためです。
しかし、細かい血管は脂肪組織や血液などに紛れて見えにくいことがあり、手術中のふとした操作で傷ついてしまうことがあります。
これが静脈ならじわっと血液が出るだけで済みますが、動脈だと細いものでも血が飛びます。
静脈より動脈の方が、はるかに血圧が高いからです。
この飛んだ血液が顔やマスクにかかることがあるため、これから目を防御するため、外科医はアイシールドを付けるのが一般的です。
「誰も慌てない」と書いたのは、傷ついた血管をピンセットでつまんで電気メスで焼くなど、止血の手段はいくらでもあるからです。
(もちろん大きな血管を傷つけたケースはその限りではありませんが)
手術では、出血は少なければ少ないほどいいのですが、すぐに止められるようなわずかな出血であれば、ミステイクとは言えません。
すぐに対処すれば問題なしです。
血が顔に飛んだからといって緊急事態とは限らない、ということですね。
逆に、「血が顔に飛ばなくても大出血で緊急事態」ということはあります。
例えば、お腹の中の太い静脈を傷つけるとかなりの勢いで出血しますが、動脈のように血圧が高くないため、周囲にじわじわと血液が広がるように血が出ます。
多い時は、血液の水面がゆっくりと上がってくるような出血が起こります。
まさに、すぐに止血しないと命が危うい、かなりの緊急事態です。
顔に少しの血が飛んでいるくらいの方がまだ「マシ」とも言えます。
ドラマでは、出血したことがよく分かる描写と、これが緊急事態につながる、という分かりやすい筋書きが求められます。
血液が飛ぶ描写が多いのは、それが理由ですね。
手術中に作戦変更!はありうる?
医療ドラマでは、手術中に何かとよく窮地に陥ります。
そして、主人公がこの状況を打開するための新しい作戦を思い付く、というのが定番のストーリーですね。
さらには、この新たな作戦は主人公の頭の中にしかなく、テキパキと対応する主人公を前に周囲の外科医たちは、
「一体、何が起こっているか分からない!」
といった表情を見せることもよくあります。
これは実際にありうるのでしょうか?
まず、ほとんどの手術は予定通りに行われるので、「窮地に陥る」といったことはあまりありません。
ただし、もし困難な手術だと予想される時は、可能性として考えられる術式を複数用意しておくのが一般的です。
つまり、「AがあればBに変更する」といった作戦を事前に立てておく、ということです。
そしてこの作戦は、手術に参加する全医師と相談の上で術前に決定します。
ここで「起こりうる事態を全て事前に予測しておく」ということが大切です。
近年は、CTやMRIなどの画像検査や、内視鏡検査の技術が進歩しているため、「術中に全く予想外のことが判明する」といったことはかなり少ないと言えます。
また、手術中の急な予定変更はないわけではありませんが、術者が一人でそれを敢行することはありません。
一部の手術を除き、手術は一人ではできないからです。
少なくとも「前立ち」と呼ばれる、執刀医の前に立つ医師(第一助手とも呼びます)が手術の流れを把握していないと、手術は成り立ちません。
また、看護師を含め、手術に参加している「医師以外のスタッフ」もそうです。
予定を変更するなら、彼らにきっちりその意図を伝えなければなりません。
術式が突如変わるなら、予定していた手術時間内に終われない可能性もあるでしょう。
「5時間予定で申し込んでいた手術が、予想外に8時間くらいになりそうだ」
となれば、麻酔科医にもきっちりその必要性を説明しなくてはなりません。
その手術の後には別の手術が控えているでしょうし、麻酔科医のシフトを変更しなくてはならない場合もあるからです。
よって、もし執刀医が突然すばらしい作戦を思いついた、といったシチュエーションがあったなら、まず全員一度手を止めて、この是非について軽く議論することになるでしょう。
そして、参加者がこの流れを頭に入れたのち、ようやく手術再開とするはずです。
また、かなり大幅な作戦変更が必要な場合、「そのことを医療スタッフだけがわかっていればいい」というものではありません。
当然、患者さんの家族の同意が必要です。
大幅な術式変更の時は、一旦主治医が手を下ろし、ガウンを脱いで手術室を出て、待合室で家族に面談します。
予定が変更になったこと
なぜ変更になったか、その理由
予定される手術時間
などを丁寧に説明し、同意を得ます。
全身麻酔手術中に、ご本人を起こして同意を取るわけにはいかないからです。
いくら理由が正当であっても、同意なしに予定外の治療はできません。
もし同意を得ずに行なった医療行為で何か問題が起きた時、訴訟問題に発展する恐れもあります。
予想外の事態が起こった時こそ、患者さんやご家族の十分な理解が必要になるのです。
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大人数で手術見学することはある?
医療ドラマでは、手術を大人数で見学するシーンがよくありますね。
以前の記事で、「手術室を2階から見下ろす窓は実在する」という話をしましたが、これは手術を行っている現場から遠すぎて、見学するには不便な仕組みです。
医療ドラマの手術と実際の手術とはどこが違うのか?
またドラマでは、窓の外から手術室の中を眺める、というシーンもあります。
私自身は、こういう大きな窓のついた手術室を見たことがありませんが、あったしても遠すぎて手術中の様子は見えないでしょう。
よって、「本当に手術の流れを理解したい、手術を見学したい」という場合は、直接手術室に入るのが一般的です。
そして、手術台の横に踏み台を置き、これに乗って上から見下ろすように手術を見学する、という形をとります。
手術台に乗った患者さんは外科医や看護師に囲まれているので、見学者が台に乗らない限り、手術の様子ははっきり見えません。
ちなみに、ドラマのような「大人数での見学」は、高名な外科医の先生の手術であればあり得ます。
時に、海外から複数の医師が手術見学に来ているケースもあります。
「〇〇先生の手術を見学するセミナー」といったものもあり、そうした際は大勢の医師が手術室に勉強に訪れます。
私が見学した手術でこれまで最多だったのは、一部屋に見学者が10人いたケースです。
この時は、全員が台に乗ってのぞくスペースはないので、術野の上にカメラをつけ、それを大きなモニターに映し出していました。
また、腹腔鏡や胸腔鏡手術では、そもそも外科医たちもモニターを見ながら手術をしています。
こういう手術の見学であれば、全見学者が手術室でモニターを見つめる、というスタイルになります。
「モニターを見るだけなら別室で見ればいいのでは?」
と思う方がいるかもしれませんね。
実は、それでは手術を学ぶには不十分です。
手術では、
「外科医がどんな風に指示を出しているか」
「看護師や他の外科医とどんな風にやりとりをしているか」
といったポイントを見る必要もあるからです。
こうした「手術全体のマネジメント」を学ばなければ、見学する意味はありません。
内視鏡を使わない手術(開胸・開腹手術)であっても、遠隔モニターで手術の様子を別室で観察できる仕組みがありますが、「見学」という目的では不十分なのです。
今回はドラマでよく見る手術シーンについて解説してみました。
あながちどれも完全なフィクションではありませんが、「現実はちょっと違う」というのが答えです。
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