医療ドラマと現実を徹底比較するこのシリーズは毎回人気で、多くの方に読んでいただいています。
目指すところは、エンタメを利用し、楽しみつつ医療を身近に感じてもらうこと。
「空想科学読本」ならぬ「空想医療読本」のようなイメージです。
さて、今回は「看護師シリーズ」です。
医療ドラマに出てくる看護師は、一体どのくらいリアルなのでしょう?
現実とどのくらい違うのでしょうか?
超人的なシフト
ご存知のように、看護師はシフトワーカーです。
1日24時間を2つ、ないしは3つの勤務帯に分け、それぞれメンバーが入れ替わる仕組みです。
一方、私たち医師はシフトワーカーではありませんので、主に平日の日中に働き、夜間や土日の勤務は時間外労働になります(救急医を除く)。
よって私たちが同じ病棟に仕事をしに行っても、毎日出会う看護師の顔ぶれが違います。
日勤、準夜勤、深夜勤と1日を3つの勤務帯に分けているケース(3交代制)であれば、医師である自分が病院にいる間に、看護師のメンバーが次々と変わっていきます。
時間帯を変えて病棟に行くと、毎回違う人たちがいるわけです。
看護師たちはこのシフトワークを維持するため、「申し送り」という作業を徹底しています。
自分の担当していた患者さんに関する情報を、次のシフトに細かく引き継ぐのです。
ところが、こうした勤務形態をドラマでリアルに表現すると大変なことになります。
連続した数時間、あるいは数日の出来事を描く場合は、必ず大事な中心的キャラがいない日ができてしまうからです。
メインキャラの敏腕ナースがいない日に手術が行われたり、家族とのトラブルが起こったりすると、ストーリー上は困ります。
よって、やむを得ず48時間くらい連続勤務している超人的な看護師を登場させる必要があります。
実際入院したことがある方はわかると思いますが、本当は勤務帯の境目で頻繁に担当看護師が変わるはずです。
一定時間ごとに担当の看護師が病室に挨拶に来る、というパターンが一般的でしょう。
オペナースの不思議
普段病院を利用する方でも、オペ室の様子まではなじみがないはずです。
実際に手術を受けても、自分の周りでどんな風にスタッフが動いているかをはっきり知ることはできません。
したがって、みなさんのオペナースのイメージは、ほぼ医療ドラマ(一部ドキュメンタリーなどのテレビ番組)から得たもののはずです。
オペナースといえば、「執刀医の隣に立って手術器具を渡す人」というイメージでしょう。
しかし、実は一つの手術に関わるオペナースは、この「器械出し」あるいは「直介(直接介助)」と呼ばれる看護師だけではありません。
オペ室にはもう一人、重要な役割を持つ看護師が必ず付き、手術室内で忙しくしています。
「外回り」と呼ばれる看護師です。
手術を受けている患者さんのバイタルサイン(血圧や脈拍、呼吸状態など)や、出血量、尿量を確認したり、患者さんの体に予期せぬ変化がないかどうかを確認したり、と細かく気を配り、記録しています。
(※全身麻酔手術中は、尿道にカテーテルを入れ、尿が自然に体外の袋にたまる仕組みです)
麻酔科医と連携し、手術全体のマネジメントに関わる役割と言ってもよいでしょう。
手術によっては、器械出しより高度な知識と経験が必要となることも多いため、外回りに先輩看護師がつき、後輩の器械出し看護師を外から指導するケースもよくあります。
一方、医療ドラマでは外回りの存在感がほとんどありません。
それどころか、あたかも「器械出し看護師から指示された器械を取りに走る」という、取るに足らない仕事をする人として描かれがちです。
現実とは随分違っているのですね。
ちなみに、器械出しと外回りは、服装も全く違います。
器械出し看護師は、たいていブルーの清潔なガウンを着て、清潔な手袋をはめています。
患者さんの体内や手術する部分で使う器具に直接触れることになり、厳しい清潔さが求められるためです。
一方、外回りはこうした清潔な術野(じゅつや)に直接触れないため、ガウンを来ておらず、清潔手袋もはめていません。
手術室用の服(スクラブと呼ばれることもある)を着ています(ただし帽子とマスクは同じように着用している)。
この、非常に重要な役割を担っている人は、ドラマに出てきたとしても、その外観から重要性が伝わりにくいとも言えます。
あらゆる部署で同時に働く
実際の医療現場では、どの看護師も決まった部署で働いています。
ある病棟に所属する看護師が、日によって他の病棟に行くことは原則ないし、病棟看護師がオペ室で勤務することもありません。
救急部やICUで勤務する看護師が、翌日は一般病棟で勤務したり、放射線部で勤務したりすることもありません。
(院内の事情で人数の足りない部署のヘルプに行く例外はあり)
そもそも、部署によって専門分野が違います。
日々違う部署で働かされると、消化器も神経も呼吸器も手術看護も、とあらゆる分野を同時に学ばなくてはならなくなります。
これほど非効率なことはありません。
もちろん数年ごとに部署の異動はありますが、基本は、看護師の所属は特定の部署に固定されているわけです。
ところがドラマでは、実に様々な病気の患者さんが現れます。
もし患者さんの病気に合わせてその都度対応する部署を変え、看護師を変えるなら、大量のキャラを出演させる必要が出てきます。
視聴者も混乱してしまうでしょう。
よってやむを得ず、同じ看護師がオペ室で働いたり、病棟で働いたりしつつ、さまざまな病気の患者さんを看護する、という非現実的な描写が許容されているのです。
この点でも、ドラマの看護師は「超人的」といってよいでしょう。
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医師に急変を走って報告しに行く
患者さんの急変などで医師に用事がある時は、看護師は院内PHSを使って医師を呼び出すのが一般的です。
医師は原則全員が個人用のPHSを持っているので、どこにいてもこれで医師は捕まります。
(病院によっては自宅にいてもつながるという恐ろしい設定が導入されているところもあります)
しかしドラマでは、緊急事態の時は必ず看護師が医師のもとに走っていく、というのが定番です。
PHSで容易に連絡がつくのに、わざわざ廊下を激しく走るのが不自然なだけではありません。
急変時ほど患者さんの周囲には人手が必要なので、
「先生を呼びに行ってきます」
と言って去って行くと、残された方は結構困るのです。
むろん、ドラマでPHSで落ち着いて電話していると切迫感が伝わりにくいため、やむを得ない演出と言えるでしょう。
ちなみに、医局(医師の職員室)に直接看護師が検査結果を見せに行く、というシーンもよく見ますね。
これを私は最近まで一度も経験したことがなかったのですが、外勤で中規模の療養型病院に行き、これが一般的に行われていることを知りました。
Twitterでこのことを話題にすると、多くの看護師が「普通に医局に報告に行く」と反応したほどです。
医療ドラマを見て、「こんなのありえねぇよ!」と言うのは簡単ですが、しっかり裏を取ってから発信する必要がある、と痛感した一例です。
看護師はとてもやりがいのある仕事だと思いますが、身体的、精神的ストレスも大きい、厳しい仕事でもあると思います。
こうした面がテレビからは伝わりにくいこともあるでしょう。
医療ドラマを見て看護師になりたい、と思った人は、病院主催の企画などを利用し、一度見学しに行くのもオススメですよ。
医療ドラマの「あのシーン」はウソかホントか? vol.5