家族に高齢者がいる方(一緒に暮らしていない場合も含め)はたくさんいらっしゃると思います。
おそらく、これを読んでいる方のお父様、お母様、あるいはお祖父様、お祖母様です。
今、その方のことを思い浮かべてください。
もしその方が突然入院したり、手術を受けることになったりしたら・・・
と考えたことはありますか?
病院では、高齢の方が入院したことがきっかけで家族の方々が様々な問題をかかえる、といった事例が非常に多くあります。
理解不足(一部は医師の説明不足)によってトラブルに発展することもあり、私たち医療者にとっては重要な問題です。
こうしたトラブルの大半は、知識があればある程度防ぐことができます。
今回は、高齢者特有のトラブル例と、必ず知っておくべきことをまとめます。
治療後に体の状態は一段階落ちる
70歳、80歳を超えるような高齢の方は、一見元気に見えても、体は年齢相応に弱っています。
もともと自力で生活でき、買い物も家事も全て一人でやっていた、という方が、入院をきっかけに生活力を失うことは非常によくあります。
たった1回手術を受けただけで寝たきりになってしまう、ということも普通にあります。
もともとの体力や、持病があるかどうかによって個人差も大きいのですが、高齢者の健康は総じてそのくらい危ういバランスで維持されています。
しかし普段元気なだけに、このことを十分に理解していない家族の方が非常に多い、という問題があります。
特に全身麻酔手術では、高齢者の体の状態は大きく変化します。
手術をきっかけに認知症が進んだり、これまで一人でできたことができなくなったりした時、
「こんなことになるなら手術しなければよかった!」
と言われ、上述したような高齢者の特徴を説明すると、
「じゃあなんでこうなると分かっていて手術したんだ!」
と激怒する方もたくさんいます。
手術前には説明を受けているはずですが、手術自体の方法や安全性などに目がいってしまい、術後のリスクを聞き流していることが多いからです。
手術前の説明の際には現れなかった別の親族が術後に突然やってきて激怒する、というパターンもよくあります。
なぜこのようなトラブルになってしまうのでしょうか?
ご家族にとっては、高齢者のこうした変化は自分たちの生活に大きな影響を及ぼすからです。
突然介護が必要になったり、別居していたのに突然一緒に生活することになる。
もともと何の苦労もなく自力で暮らしていたのに、施設に入ることになり、予想外の金銭的負担が発生する。
全く病気でなかったはずの、患者さんの奥様あるいはご主人までもが、身体的・精神的負担で倒れ、両方のケアが同時に必要になる。
こうした突然の変化がきっかけで家族内にいざこざが起こり、医療者も交えて議論が泥沼化する。
こういう経験は、これまで数え切れないほどありました。
ご高齢の家族がいるみなさんは、その方が入院した時は「一段階生活レベルが落ちること」を想定しておいてください。
手術を受けるような病気でない場合も同じです。
あらゆる入院がそうです。
普段から、この「心の準備」ができているかどうかが大切です。
ちなみに私は、高齢の方が入院される時、特に手術を受けていただくような時は、少し厳しいようですが、
「たとえ治療がうまくいっても、体の状態は一段階落ちると思ってください。入院を契機に他の病気を発症することもあります。認知症が進んだり、寝たきりになることもあります。元気に見えますが、長年使ってきた体です。若い方ほど丈夫ではありません」
と必ず説明します。
もちろんこのように説明しても、結局は元どおりの姿で退院される方も多くいます。
この個人差は非常に大きく、誰がどう変化するかを予測することはできません。
あらゆる方が、こうした可能性に備えていてほしいと思います。
急変時の対応を問われる
高齢の方が入院され、かつ状態が悪い時は必ず、
「急変した時に心臓マッサージや人工呼吸といった延命処置を行うかどうか」
を議論します。
高齢の方の場合は、心臓が止まったり呼吸が止まったりした時に、迷いなく延命治療を行うべきだ、とは言い切れません。
もちろんその行為によって、元の状態に完全に復帰する可能性があるのであれば迷う余地はありません。
しかし、本人の体を痛めつけ、大きな負担をかけても、数時間、あるいは数日といった短期間だけしか命を伸ばせないとしたらどうでしょうか?
これをご本人が望んでいるかどうかを、冷静に考えなくてはならないはずです。
もちろん高齢者に限らず、近い将来死を免れない状態の方はみなさん同じではありますが、高齢の方の場合、上述の通り体の回復力が大きく落ちています。
若い人ならすんなり治ってしまう病気が、予想に大きく反して急激に重症化することもあるわけです。
ところが、普段元気に仲良く暮らしていた家族の心臓が止まりそうになり、
「延命治療はどうされますか?」
と突然聞かれると、パニック状態になってしまう方はたくさんいます。
特に、突然家で倒れて救急車で運ばれた高齢者の家族にこうした質問を投げかけても、冷静に考えられる人は多くありません。
予想もしていなかったことですから、当然のことです。
大慌てで他の家族に電話したり、その場で家族会議が開かれたりします。
もちろんその間も、患者さんの状態は刻一刻と悪化します。
そこで、ご高齢の家族がいるみなさんは、
「その方が命の危機に瀕した時、どういう対応をとってほしいか」
ということを、まだ体と頭が元気なうちに議論しておいてほしいと思っています。
これは「不謹慎」でも何でもありません。
「死」とは、誰もが必ず迎える生物学的な現象です。
死を冷静に捉えられるうちから、家族みんなで話し合っておくことは大切なことです。
ちなみに、突然病院に搬送され、今にも心臓が止まりそうな状況になった高齢者の状況について同伴した家族の方に説明した時、
「父は普段から、死にそうになった時は延命治療は受けたくないと言っていました。心臓マッサージも人工呼吸器もいりません。痛みだけとってあげてください」
と落ち着いて即答できる方が一定数います。
もちろん落ち着いているように見えても、心中穏やかではないと思います。
しかし、普段からこうした事態を頭の片隅で家族全員が想定していると大慌てすることはない、ということがよく分かります。
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病状説明は家族同伴で
高齢の患者さんの病状の説明は、ご家族の方に同伴していただくようお願いするのが一般的です。
特に手術前の説明は、娘さん、息子さん(あるいはお孫さん)がいらっしゃる方は、必ず来ていただくようお伝えします。
ご高齢の方には大変失礼な話だとは思います。
しかし、もしご高齢の夫婦2人だけにお伝えし、他のご家族に十分な説明をしなかった場合、術後に何らかの問題が起こった時に必ずご家族の方から、
「そんな話、聞いていなかった」
と言われ、トラブルに発展します。
ご本人がしっかりしていても、前述の通り術後は体力も判断力も落ちます。
手術の時に限らず大切な病状説明の際は、よほどの理由がない限りご家族が時間を空けて必ず病院に来てほしいと思います。
ただ、たいていご家族の方は忙しく、病院から一々呼び出されて嫌な顔をする人も多くいます。
仕事が終わった後、19時や20時頃に説明してほしい
仕事が休みの土日に説明してほしい
とおっしゃる方も多くいます。
お気持ちはよく分かりますが、私たちも仕事ですので、基本的に時間外の対応は避けたいと考えています。
可能な限り、仕事を休んででも病院が稼働している平日の日中に来ていただきたいと思います。
むろん、こうした方々の多くは、「高齢」ということのリスクを十分に理解されていないのだと推測します。
全身麻酔手術を受けることになっても、「私は病院に行けませんが全てお任せします」という方もたくさんいます。
私にとっては、
「家族に命の危険があるかもしれないのに不安じゃないのか?」
と驚きますが、そういう方は病状説明をする時も、
「なぜ仕事を休んでまで病院に行かなくてはならないんですか?」
というような感覚です。
医師がご家族をわざわざ病院に呼ぶ時は、お母様、お父様が健康上の重大な局面にある時です。
ある意味、「家族が危機に瀕している」という状況で、それ以上に優先すべきことがあってほしくはないと思います。
もちろんこれは職場環境の問題もあると思いますので、私たち医療者も強制はできません。
「どんなに努力しても病院には絶対に来られない」という方には、電話で対応したりしています。
いずれにしても、ご高齢の方の入院や手術は、それだけで大きなリスクである、ということをご理解いただきたいと思います。
今回は、高齢の方の入院や手術にまつわる、知っておくべきことをまとめました。
知識があるだけで、トラブルの大部分は避けられます。
ぜひ、頭に入れておいていただけると幸いです。