何らかの病気や症状で困ったら、同じ病気や症状を体験した友達の意見を聞いてみたい、と思う方は多いのではないでしょうか?
医療に限らず、あらゆる分野において「自分より先に経験した人」からの情報は、自分の心理的ストレスを軽減させるからです。
しかし、こと医療に関して言えば、友達に相談する前に必ず注意していただきたいことが2点あります。
病状が同じかどうかを判断できない
一つ目は、「その友達が本当に自分と同じ病状かどうか」を非専門家が判断することが非常に難しい、という点です。
患者さん自身は、自分の病状について十分に理解しているつもりでしょう。
しかし、それを非専門家が正確に他人に伝えるのが難しく、かつその情報の受け手がそれを正しく理解するのも難しい、という二重の障壁があります。
例えば、同じ「胃がん」という病名であっても、がんの部位、組織型、深達度、リンパ節転移の有無と個数、遠隔転移の有無や部位が異なれば、適切な対処法は全く異なります。
仮にこれらの条件が全く同じ人がいたとしても、
彼らの年齢、性別、それまでにかかった病気(既往歴)、家族の病歴(家族歴)、内服中の薬、アレルギー
など、あらゆる背景因子によって、その病気が起こしうる症状や必要となる検査、治療法は異なります。
私たちが他の医師に患者さんの情報を伝えるときは、これらの項目を、必要十分な分量で、かつスムーズに伝えることができます。
「そうしなければ何も伝えていないに等しい」と思っているし、私たちはそれができるだけのトレーニングを長年受けているからです。
そして、情報の受け手である医師もまた適切にこれを理解し、患者像を正確に作り上げることができます。
それが仕事なのですから、当然のことですね。
一方、医療の非専門家である患者さん同士が自身の病状について会話する際には、こうした正確な情報伝達を期待するのは難しいでしょう。
本当は全く違う病状なのに、相手に自分を重ね合わせ、かえって不安になったり病状を誤解したりしてしまうかもしれません。
こうした事態はなるべく避けるべきだと私は思います。
実際外来に、
「同じ病気のAさんはBという治療をしているのに、なぜ私はしてもらえないのか?」
と、不安と不信に満ちた表情でやってくる患者さんは非常に多くいるからです。
友人が一般的なサンプルであるとは限らない
二つ目は、その友達の体験が「その病気、病状の一般的なサンプル」とは限らない、という点です。
例えば、こんなケースを考えてみてください。
胃がんと診断されたAさん、Xという抗がん剤を使用する予定になっている
友達のBさんも胃がんでXという抗がん剤を使ったことがあるそうなので、Bさんに副作用の体験について聞いてみた
するとBさんは、「吐き気が強すぎて仕事があまりできなかった」と残念そうに言う
この時、Aさんはきっとこう思うでしょう。
「自分にも同じように辛い吐き気が待っているのか」と。
それだけならまだ構いません。
もしかしたら、
「吐き気が出るなら、私はXという抗がん剤治療を受けたくない。別の薬を使ってくれる病院に行こう」
と思ってしまうかもしれません。
患者さんは、身近な人の体験談からあまりにも大きな影響を受けてしまうのです。
実際には、「Xという抗がん剤にきっちり吐き気止めを併用すれば、10人に1人も吐き気で苦しむことはない」というデータがあるかもしれません。
Bさんは残念ながら、発生確率の低い一例だったのかもしれません。
私たちが拠り所にすべきなのは、「たった一人の体験談」ではなく、「データに裏付けられた統計学的な数字」です。
そしてその知識に明るいのは、その病気の専門家である医師です。
友達に相談する前に、きっちり医師に相談してほしい、と思うのです。
もちろん、体験談を参考にする行為を否定するつもりは全くありません。
身体的、心理的ストレスが大きいことが予想されるイベントが目の前に控えている時、同じ体験をしたことのある人からの言葉は間違いなく心の支えになります。
頻度の低い難病の方は、同じ病気の方々とお互いを励ましあったり情報交換をしたりすることで、治療に意欲的になれることもあるでしょう。
こうした交流は、紛れもなく好ましいことだと私も考えています。
だからこそ、友達の体験談から得た情報を「上手に扱う方法」を知っていてほしい、というのが私の考えです。
友達の体験談が必ずしも自分にとってプラスになるとは限らないからです。
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