私は以前、知人(非医療者)から、こんなことを言われたことがあります。
「お医者さんって風邪ひかないよね?実は僕らが知らない特効薬を持っていて、こっそりそれを使ってるんじゃないの?」
実は患者さんの中にはこのように、
「患者には勧めないが、医師の間だけで行われている秘密の治療がある」
と誤解している方がいます。
風邪のように軽い病気ならともかく、がんなどの疾患でもそう思い込んでいる方がいるため、慌てて否定します。
私たち医師の間だけでこっそり行う有効な治療などありません。
風邪をひいて苦しむこともあるし、インフルエンザで倒れることもありますが、患者さんと同じように、すぐには治せません。
がんを含め、医師しか知らない重い病気の予防法もあり得ません。
医師の間だけで秘密にしておくメリットもありません。
もし有効だと思われる治療があれば、すぐにでも臨床試験を行い、広く使用できる環境にしたいと誰もが思うでしょう。
また、製薬会社や検査機器、手術機器メーカーなども、自社商品の適応の拡大を目指すのが普通です。
商品が広く使用されることが社の利益につながるのですから、当然のことです。
特定の地位を持つ人だけで限定的に使用可能にすることの意義はありません。
さて、このように患者さんが医師に対してよく誤解するポイントは他にもいくつかあります。
今回は病院でよく出会う3つのケースを紹介しましょう。
自分の家族には勧めない治療がある
「副作用が大きい、あるいは効果が期待できないため、家族には勧めないが患者には勧める治療がある」
よく患者さんがされている誤解です。
相手が家族であろうと、赤の他人であろうと、治療選択のよりどころとなる基準は当然同じです。
どんな治療にも副作用のリスクはあります。
得られるメリットの方がリスクより大きい場合にその治療を選んでもよい、と私たちは判断します。
どんな薬でも、量が多すぎると毒になりますが、量が少なすぎると効果を表しません。
「毒性が許容できる範囲で最大の効果を狙う」というのが医療行為の原則です。
そして、この原則は相手が他人でも自分自身でも自分の家族でも、全く同じです。
ただし、相手によって、どの程度の副作用まで許容できるかは異なります。
高齢者や、重度の持病がある方と、若くて生来健康な方では、副作用の許容範囲が異なります。
また、相手の社会的背景によっても、選ぶ治療が異なることがあります。
何かあった時にすぐに病院に来ることができるか(家族のサポートや交通アクセス)、といった因子を考慮することもありますし、相手のライフステージにおけるイベントを考慮すべき時もあります。
受験を控えている、仕事上の大事なイベントを控えている、といった状況では、副作用リスクの低い治療を優先すべき場面もあります。
患者さんにこのことを十分説明した上で、治療を決めることになります。
これらが、治療の判断基準です。
「相手が自分の家族かどうか」によってこの基準が変わることはありません。
お金儲けのために治療を選ぶ
「先生がこの治療を選ぶのは、お金儲けのためですね」
これも、よくされる誤解です。
お金が儲かるかどうかが、治療の選択基準に影響を与えることはありません。
まず、こういった倫理観を欠いた行為が医師に許されないのは当然として、少なくとも私たち勤務医は、どんな治療を選んでも、あるいは何も治療しなくても、そもそも個人的な収益は変わりません。
「〇〇という治療を選んでくれたらインセンティブがある」
という状況がありえません。
風邪に抗菌薬(抗生物質)は効かないため処方しませんが、これに対して、
「処方した方が儲かりますよね?」
と言われることが時々あります。
もちろん、そういう感覚で診療を行うことは一切ありません。
(むしろ不要な治療を行なったせいで患者さんをリスクに晒す方が、医療経済的にはかえって高くつく可能性もあります)
医師は患者さんに対して利益にならない形で、儲けを考えて治療を選ぶことはしません。
医師が禁煙を勧めたり、ワクチンを勧めたりするのも同じです。
患者さんが喫煙を続けて呼吸器疾患を発症した方が病院は儲かるでしょうし、ワクチンを普及させずに様々な疾患を予防できない方が患者の受診は増えるでしょう。
しかし医師の仕事は、患者さんの病気を予防し、治療することです。
金儲けを、患者さんの利益より優先することはありえません。
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原因を患者に隠している
何らかの症状で病院に来られた患者さんに色々な検査をし、結果的に原因がはっきりしない、ということはよくあります。
「原因ははっきりとは分からないが、これ以上の精密検査は不要だと考える。緊急で治療を行わなければならない状況ではない」
ということを伝えるのが私たちの常です。
むしろ原因がはっきりと分かる症状の方が少ない、という感覚もあります。
原因が分からなくても、すぐに治療が必要な状態なのか、何も治療せずに経過観察が必要な状態なのか、という判断が求められる場面の方が多くあります。
ところが患者さんの中には、
「医者は本当は原因が分かっているのに、私に隠しているのではないか」
と思う人がいます。
医師が「原因不明だ」と説明した時は、本当に原因が分からない時です。
「考えられる原因をいくつか列挙する」というところまでが限界、という時です。
「原因不明」という事態は、患者から医師への不信を生む可能性を常に孕んでいますが、医学においては非常に「よくあること」なのです。
原因不明であることに慣れている私たちと、あくまで原因をさぐり当て、それに対して治療したい、と考える患者さんとの間のコミュニケーションエラー。
これについては、以下の記事でも解説した通りです。
ぜひ、読んでみてください。
医者と患者はなぜ分かり合えないのか?4つの原因を分析