私は日々、ウェブメディアやSNS、書籍、講演などを通して医療情報との関わり方について発信しています。
誤った情報を信じたために健康被害を受けてしまう人を少しでも減らしたいからです。
度々例に挙げていますが、「がんが消える」などと宣伝して高額な商品を売り、数十億円を売り上げた企業が摘発される、といった事例は後を絶ちません。
>>「がんが消える」を信じてしまう患者、医師とのすれ違いが起きる理由
病気で不安な患者さんの、藁をも掴むような思いを利用する。許されざる行為です。
私たちがこうした被害から身を守るには、医療情報を適切に解釈する力が必要です。
今回は、宣伝等で実際によく見るグラフの落とし穴について解説します。
見た人の解釈を特定の方向に誘導するグラフは多くあるためです。
自覚のないまま、真実を見誤らないよう気をつけなければなりません。
グラフの印象は簡単に変えられる
まず、以下のグラフを見てみてください。
架空の事例ですが、A〜Eは5種類の高血圧の薬だとします。
そして、
100人の医師らに対して「1ヶ月以内に処方した薬を選べ」というアンケート調査を行った結果をグラフに表したもの(複数回答可)
としましょう。
縦軸は人数です。
このグラフを見てどんな印象を持ちましたか?
誰もがまず、「Eを処方する医師が圧倒的に多い」と考えたでしょう。
他の4種類は、Eに比べるとそれほど大きな差はなさそうです。
では、以下のグラフだとどうでしょうか?
Eを除外して、縦軸の上限を100から40に減らしました。
データそのものは全く同じですが、Cとそれ以外の3つの差が際立ちます。
さらに、以下のように変更するとどうでしょうか?
縦軸の下限を20にしました。
繰り返しますが、データそのものは全く同じです。
しかし、Cの多さがさらに際立って見えるようになります。
このように、全く同じデータでも、縦軸の数字の範囲を変えるだけで差を強調することができます。
もちろんこのケースでEを除外することは不誠実なのですが、
「Eを選んだ医師は90人で最多であった。なお、残りのA〜Dを選んだ医師の人数を比較すると以下のグラフのようになった」
と説明されているかもしれません。
記事中の文章や注意書きをあまり読まず、グラフだけをサラッと見て、印象だけで物事を判断してしまう人は多くいます。
あるいはEを除外せずに、以下のようなグラフを使うこともできます。
縦軸を2つのセグメントに分けています。
全く同じデータなのに、Cが目立ちやすくなります。
突出した値がある場合に使われる手法です。
もとのグラフと比較してみましょう。
元の図(右)では、E以外はあまり差がないように見えたのに、左ではCがかなり目立つようになります。
縦軸を確認する癖をつける
もちろん、これらはかなり極端な例です。
伝えたいのは、棒グラフでは「縦軸の数字を変えるだけで見た人の印象を簡単に操作できる」ということです。
グラフを見る時は必ず、「縦軸に着目すること」を心がける必要があるのです。
作り手は、自分のメッセージが最も伝わりやすいグラフを見せたいと考えています。
一方、見る側は、それを冷静に中立的に解釈しなければなりません。
さて、次は円グラフの落とし穴を見てみます。
「%」表記に注意する
以下の円グラフを見てみてください。
先ほどと同じように、医師を対象とし、A〜Dの薬のうち「最もよく処方するもの」を選んだ調査結果としましょう。
どう解釈するでしょうか?
これだけなら、
「半数近くの医師が薬Bを処方する」
として何ら問題なさそうです。
ところが、実はこのグラフ、合計11人の医師にアンケート調査をし、以下のような人数分布を円グラフにしたものです。
A | B | C | D |
3人 | 5人 | 2人 | 1人 |
この数字を見るとどうでしょうか?
そもそも人数が少ないため、「%」で見る結果とずいぶん印象が変わります。
確かに半数近くの医師はBを処方していますが、2番目に多いAと2人しか差はありません。
いかにも頼りない調査結果です。
特に統計の知識がなくても、
「100人、1000人と人数を増やしたら違う結果になるかもしれない」
と容易に想像できます。
「たとえ数が少なくても%にしてしまえば小ささは目立たなくなる」ということは知っておかねばなりません。
私たちは、「割合」を見ると、あたかも大勢の人を対象に調査したかのような印象を持つからです。
母数がどのくらいなのかは、必ず併記されています。
生の数字を確認することが大切なのです。
しかしながら、実は母数の確認を心がけていても嵌まりがちな落とし穴があります。
集団の性質を必ず見る
同じ円グラフをもう一度見てみましょう。
先ほどの注意点を踏まえ、実際の人数を見てみると、今度は以下のような分布でした。
A | B | C | D |
299人 | 502人 | 204人 | 99人 |
先ほどとは違い、1000人を超える医師にインタビューしたようです。
こうなると、Bの45%という数字は、先ほどよりずいぶん信頼できそうに思えます。
ところが、
「大学病院勤務の医師1104人にアンケート調査を行ったもの」
という注意書きがあったとしたら、どうでしょうか?
市民病院や医療センターなどの大きな市中病院、中小規模の病院、町中のクリニックなどの医師の意見は反映されていない結果だということになります。
これはもちろん、誤った結果だという意味ではありません。
「この結果は必ずしも医師全体に反映できるとは限らない」という点を分かっておく必要があるということです。
また、このようなケースでは、
「なぜ大学病院の医師だけを対象にして調査を行ったのか?」
と疑問に思い、記事を隅々までじっくり読むのが望ましいでしょう。
グラフを見て早合点せず、いつも慎重に解釈すべきです。
このように、たとえ母数が多くても、偏りのある集団が対象となっているケースは多々あります。
これを「選択バイアス」と呼びます。
円グラフのもう一つの落とし穴
円グラフには、もう一つの大きな落とし穴があります。
以下の円グラフをご覧ください。
一見すると「反対」が多そうに見えますが、数字をよく見てみてください。
実は「賛成」「わからない」と割合はほぼ同じです。
面積、色調、文字の大きさを操作し、「反対」を目立たせているだけです。
極端な例ではありますが、似たようなグラフはテレビ等で時に見られます。
ここまで極端でなくても「そもそも円グラフは棒グラフより大きさの差が分かりにくい」という欠点は知っておく必要があるでしょう。
私たちは「長さの差」より「面積の差」の方が認識しづらいからです。
こうした場合も、やはり生の数字を確認することが大切になります。
グラフを読む時の注意点について、簡単にまとめました。
今後グラフに出合った時は、くれぐれも解釈を誤らないようご注意ください。
以下の記事もご覧ください。
医療デマを信じてしまう人が陥りがちなこと、知っておくべき7つの言葉