3月25日に発売された「健康を食い物にするメディアたち」を読み、その内容が素晴らしかったので、今回ご紹介したいと思います。
この本を書かれた朽木誠一郎さんは、群馬大学医学部を卒業したのち、医師にならずにライターの道に進んだ方です。
一昨年話題になった、DeNAの健康情報サイト「WELQ」の運営方針に問題があることを最初に指摘した人物としても知られています。
現在バズフィードジャパンというウェブメディアで、特にウェブ上の医療デマを厳しく指摘し、ネット上の医療情報の適正化に尽力されています。
この本を読めば、WELQ問題を始め、健康食品ビジネスや、健康本が量産される仕組みなど、世の中を席巻する医療デマがどう作られているのか、その全体像をつかむことができます。
ぜひ、多くの方に読んでいただきたい本です。
世の中には、あまりにひどい医療デマが溢れています。
多くの人がそれに騙され、適切な医療を受ける機会を失っていることは、私自身も毎日肌で感じています。
朽木さんがこの本で語る、
「誰も医療デマに騙されることのない世の中を作りたい」
という熱い思いには、私も心から強く共鳴します。
私はこれまで、医療デマに騙され、医学的根拠の乏しい治療に傾倒し、目の前から去って行った多くの患者さんたちを見てきました。
悔やんでも悔やみ切れない数々の経験が、私の心に一つ一つ、クサビのように打ち込まれています。
そして私が痛感したことは、「診察室の中だけでは彼らを救うことはできない」ということでした。
様々なテレビ番組、書籍、そして何よりインターネット。
患者さんたちは、病院の外で膨大な量の医療デマに暴露されているからです。
私たち医師は、病院に来ない人を救うことはできません。
しかしインターネットを使って正しい医療情報を多くの人に届けることができれば、状況は変わるかもしれない。
私がこのブログを、睡眠時間を削ってでも更新するのは、まさに「医療デマに騙される人をこれ以上見たくない」という思いがあるからです。
そしてそれは、医師としての使命感や義務感というより、もはや「焦燥感」に近いものです。
その「焦燥感」ともいうべき感情と、全く同じトーンが、本書の語り口から伝わってきます。
この記事では、本書を読んで医師として感じたことを、具体的にまとめておきます。
いわゆる、内容の「ネタバレ」ではありませんので、ご安心ください。
医師監修記事でも信用できない
ご存知のように、最近の健康系メディアは「医師監修」が流行りです。
しかし本書は、この仕組みにも疑問を投げかけます。
朽木さんは実際に、健康情報サイトの記事を監修した医師を取材しています。
その医師が言うには、送られてくる記事の質があまりに低く、運営者が医療情報の取り扱いを軽視している、と言わざるを得ないものだったようです。
WELQがそうだったように、最近の健康系メディアは、「数撃ちゃ当たる」とばかりに大量の記事をネットの海に投下して検索結果の上位を狙います。
しかし何千、何万という膨大な記事を量産し、その質を「医師監修」で維持できるのか、という疑問があります。
質の低い医療情報は、読み手の健康被害につながる危険性があります。
朽木さんは本書で、
「1PVはただの数字ではなく、一人の命と同義」
(※1PV =ウェブページが1回閲覧されること)
と書いています。
私も全くその通りだと思います。
その点で私はこれまで、「実名・顔写真付きでの医師監修」を引き受けることは、ある意味、尊敬に値することだと思っていました。
内容の間違いによって誰かに健康被害を与えたときは、自らが頭を下げて責任をとる、というくらいでないと監修はできないと思うからです。
彼らは、私のようにペンネームで素性を明かさず医療情報を提供するより、はるかにリスクの高い仕事をしています。
もちろん免責事項の記載はあるでしょうが、まともな倫理観を持つ医師なら「間違った情報は絶対に看過しない」という強い意志があってしかるべきです。
それが「命に関わる情報を監修する」ということです。
そのことから私は、「本名・顔出しで医師が監修している記事は信頼できる可能性が高い」と考えてきました。
しかし、今回私は本書を読み、自分の間違いに気づきました。
おびただしいほどの記事の監修をこれだけの質で行うとすれば、どれほどの時間と予算を要するか見当もつきません。
しかもたとえば私なら、消化器系以外の領域の記事については、質の高い監修はできません。
よって一人の医師ができる監修など、実際には数が知れているのです。
大量の記事が「医師監修」とされていれば、その監修の質は「推して知るべし」です。
(もちろん極めて質の高い医師監修記事もたくさんありますが、玉石混交にならざるを得ません)
では、どうすれば信頼性の高い情報を見つけることができるのか?
その答えは本書に書かれています。
それが、朽木さんの提唱する「5W2H」という手法です。
この考え方は非常に秀逸ですので、本書を手にとってぜひ見ていただきたいと思います。
声を届けるべき人に届ける方法
このブログには、
「医師が書いている、という点で信頼が持てます」
「ネット上の記事は間違いだらけなので、正確なことを知れるこのブログは貴重です」
というようなありがたいコメントを多くいただきます。
しかし、このブログを普段から読んでくださる方々は、実は私のブログがなくても医療デマに騙される可能性の低い人たちです。
ネット上の医療情報を慎重に扱うことができ、上手に取捨選択できるからこそ、私のブログを信用してくれているのです。
健康意識が高く、医療に関して本当に正しい情報以外は採用したくない、という思いがある分、医療デマへの防御力は高いはずです。
そしておそらく、医療デマに対して防御力の低い人たちは、私の手の届かないところで日々騙されています。
本当に届けたい人のところには、私の声は届かないのです。
私にできることは、検索エンジンで間違った情報より上に自分の記事を表示させ、私の記事を先に読んでもらうことだけです。
私はこの10ヶ月間、そのことに死力を尽くし、これ以外の可能性を模索してこなかったように思います。
しかし、本書を読んで素晴らしいと私が思ったのは、この問題にも一つの解決策を提示していたからです。
それは、SNSを使った「情報のリレー」です。
危険な医療デマを見つけたら、「#情報のリレー」というハッシュタグを使ってSNS上で発信し、その情報のリレーを広げていく。
そうすれば、本当に声を届けたい人のところに届くかもしれない。
かつてWELQ問題がSNSで拡散し、それがうねりのように広がって、ネット界の巨人Googleの検索アルゴリズムをも変えさせた、という事例が、この手法の有効性を証明しているというわけです。
(その詳細は、「2017年の注目すべき医療関係のニュース10選を総まとめ」で私も触れています)
本書を自ら手にとって購入した人はきっと、
「朽木さん、よくぞ言ってくれた」
と思っています。
しかしこういう人たちは、この本がなくても医療デマに騙されるリスクの低い人たちです。
私たちが狙うべき標的はここではなく、そのはるか先、手の届かないところにある。
そこに声を届ける方法を、この本は提示してくれているように感じました。
朽木さんは臨床現場の経験はない方ですが、臨床経験がないからこそ、医療界の外から極めてニュートラルな視点で医療を見ることができています。
知識の整理という意味でも非常に有用な本ですので、広く読まれることを期待したいと思います。