2017年が終わろうとしています。
今年もたくさんの医療ニュースがありました。
今回は9本のニュースを厳選し、総まとめで振り返ってみたいと思います。
何か学びがあるものや、疑問に思った人が多いと思われる記事ばかりを集めています。
これまで記事にしたことのないニュースもありますので、ぜひじっくり読んでいただければと思います。
目次
小林麻央さん逝去
6月、小林麻央さんが乳がんのため逝去されました。
こういう著名人のがんに関するニュースがきっかけで、一時的に外来に駆け込む人が増える、というのはどこの病院でも起こります。
特に乳がんは、メディアに触れる機会の多い比較的若い女性に多く、特にその傾向は強いと思います。
多くの方が悲しみに暮れている中、記事を書くのには勇気がいりましたが、できるだけ冷静な行動を心がけてほしいという思いから以下の記事を書きました。
無痛分娩による事故多発
近畿地方の産婦人科病院を中心に、無痛分娩による事故が多発していることがニュースになりました。
中には母子ともに亡くなったケースもあり、日本産婦人科医会が実態調査に乗り出しました。
私はこれに関してまず、単科病院の利点と欠点について書きました。
次に、事故が起こった時に医療者はどう対応しているかについて私の考えを書きました。
また、無痛分娩で起こったある事故の具体的な仕組みについて、以下の記事で図解付きで解説しました。
低酸素脳症で女子マネージャー死亡
7月、新潟県の高校で野球部のマネージャーだった女子生徒が練習直後に倒れ、死亡しました。
報道では、死因が低酸素脳症であったとされ、
野球部監督が練習場から学校まで3.5キロの道を走って帰らせた
倒れた女子生徒にAEDを使用しなかった
ということが強調されました。
この報道のトーンに医師として大きな違和感を抱いたため、低酸素脳症のことや、メディアが追求すべきポイントについて述べました。
また、報道ではなぜか、女子生徒が心室細動を起こしていたと決めつけていました。
医療者であれば必ず違和感を感じるこの報道姿勢について指摘しました。
セレン注製剤の誤投与で患者死亡
10月、60代の女性が通常の738倍のセレンを投与されて死亡したというニュースがありました。
報道では調剤時のミスがあったとされています。
「セレン」という、おそらくなじみのない製剤で起こった事故だったので、ネット上で間違った憶測があふれました。
こういうニュースがあると必ず、トレンドに合わせてアクセスを集めようとするブログが憶測で間違った記事を量産します。
正しい知識を伝えたいと思い、すぐに記事にしたおかげで、その日1日で1万人を超える人が見てくれました。
→セレン注製剤の目的は?過量投与で患者死亡のニュースを医師が解説
声優の突然死、原因は大動脈剥離?
11月、声優の鶴ひろみさんが突然死されました。
報道では、死因が「大動脈剥離」だったとされていました。
教科書にも載っていない、この世に存在しない病名で、一体何が原因なのか全くわかりませんでした。
読者の方々からご質問をいただき、「大動脈解離」の間違いだろうと判断し、解説記事を書くことにしました。
→大動脈剥離という病気は存在しない。大動脈解離の原因、症状と治療を解説
お尻に空気を注入され男性死亡
12月、同僚の肛門に業務用エアーコンプレッサーで空気を注入して死亡させたとして、男性二人が逮捕されたことが報道されました。
同僚同士で普段からエアコンプレッサーを使って遊んでいたそうです。
今回は男性を押さえつけて作業ズボンの上から肛門に空気を入れたとのことでした。
まず、そもそも肛門に空気を含め異物を入れることは極めて危険です。
肛門はデリケートな臓器で、大きく損傷すると機能の改善は難しいことが多いです。
少なくとも一時的な人工肛門が必要になります。
また、大腸も機械的な刺激に強くはありません。
強い勢いで空気を入れると、穴が開いてしまいます。
こういう事故は、消化器外科医である私は頻繁に遭遇するため、以下の記事でもまとめています。
→優秀な肛門を大切に けがや病気で「精密機械のような臓器」が失われる怖さとは
今回の事故で男性が死亡していることから、おそらく大腸に穴が空き(穿孔)、重篤な腹膜炎を起こして死亡したと推測されます。
大腸の中の汚い便が、本来無菌の空間である腹腔内に漏れると、重症の腹膜炎を起こします。
大腸穿孔による腹膜炎を放置すると、1〜2日といった短期間で死亡する可能性があります。
そのくらい危険だということはわかっておく必要があります。
ちなみに大腸カメラや、注腸造影検査などで大腸内にそれなりの量の空気を送り込む検査があります。
まれではありますが、こうした検査の合併症でも大腸に穴が開くことがあるため、検査前に必ずそのことを説明されます。
バラエティ番組で肛門に空気を注入するゲームがあり、本当に安全なのか?というご質問もいただきました。
実際、少量の空気を注入するくらいであれば大腸に穴が空く確率は非常に低いです。
しかし、そもそも何かあった時に命に関わるような行為を遊び半分でやり、その姿を多くの人に影響を与えうるテレビで放送することには賛同できません。
広告
Googleの健康アップデート
Googleが12月6日に、健康や医療に関わる記事の検索アルゴリズムを変動させたことを発表しました。
これにより、Googleの検索結果で医療従事者や専門家、医療機関等の記事が上位に表示されやすくなりました。
医療・健康に関連する検索のおよそ 60% に影響したそうで、過去最大級の順位変動でした。
これまで、病気や症状名で検索すると、たいてい上位に表示されるのは、
専門家でない人の「調べてみました」という信憑性の低いブログ記事
Yahoo!知恵袋のページ
サプリメントを勧める根拠のないランキングサイト
医師監修の記事量産型キュレーションサイトの記事
のどれかでした。
ところが、12月6日を境に状況が一変。
上位には病院や役所などの公的機関や、製薬会社のページばかりが表示されるようになりました。
しかしこの変化は、多くのユーザーにとって不便さも引き起こしています。
医療機関や専門家の書く記事は、必ずしも分かりやすいものではありません。
文字が小さくて読みにくい
専門用語が多くて分かりにくい
スマホ画面に対応していない
ページの読み込みが遅い
など、ユーザビリティが低いサイトは少なくありません。
これまでは「分かりやすいけれど間違いだらけ」という危ない記事が多かったのですが、最近は「正しいけれど分かりにくい」記事ばかりになったということです。
医療に関する情報はユーザーの健康に直接影響を与えるので、前者の記事は「論外」です。
しかし後者の記事も、情報を得にくい点で役に立ちません。
ネット上の医療情報には、「正しさ」と「分かりやすさ」の両方が求められます。
私はこれからも、その条件を満たす理想的なサイトを目指すつもりです。
手術時のガーゼ置き忘れ
12月、またしても手術時のガーゼ置き忘れがニュースになりました。
40年以上経ってから、別の手術時に発覚したとのことです。
ガーゼ置き忘れがなぜ起こるのか?
こうしたミスが手術時に起こってしまう理由について記事にしました。
→なぜ手術でガーゼを置き忘れるのか?44年間ガーゼ放置で病院が謝罪
トキシックショック症候群の怖さ
2012年、使用していたタンポンが原因で敗血症を起こし、右足を切断したモデルのローレン・ワッサーさん。
12月、今度は左足も切断する予定であることを明かしました。
原因はトキシックショック症候群(TSS)でした。
1980年代、米国でタンポンが原因でTSSが多発し、社会問題になったことがあります。
TSSは、黄色ブドウ球菌が作るTSST-1という毒素によって起こる重篤な体の反応のことです。
黄色ブドウ球菌は、私たちの体のどこにでもいる、至ってありふれた細菌です。
今このブログを読んでいるみなさんの手のひらにも、口や鼻の中にもいます。
普段は病原性はありません。
ところが、タンポンのような細菌の増殖しやすい材質のものを、陰部のような不潔なところに長時間置いておくと、細菌が異常繁殖します。
毒素が血液中で大量に産生されると、強い免疫反応が起こります。
毒素は体にとっては異物ですから、免疫反応が正常に起これば簡単にやっつけてしまうことができるはず。
ところがTSST-1という毒素は非常に特殊で、私たちの免疫系を撹乱してしまいます。
どういう意味か、わかりやすく説明しましょう。
私たちの免疫は、侵入してきた異物に対し、普通ならそれをやっつけるためのピンポイントの攻撃を仕掛けます。
たとえるなら、
蚊には蚊取り線香
ゴキブリにはゴキブリホイホイ
カビにはカビキラー
というような具合です。
私たちの免疫が、異物からの刺激を受けて「どの方法で攻撃すべきか」を的確に思い出せるからです。
こうした攻撃は、異物をやっつけるだけでなく、正常の細胞や組織にも影響を与えます。
そのせいで熱が出たり、炎症が起こった部分に痛みが出たり、体がしんどくなったり、という症状が出るのですね。
大量発生した蚊をやっつけるために蚊取り線香を大量に炊けば、蚊は死にますが、私たちも目が痛くなったり喉が痛くなったりするのと同じです。
ところがTSST-1という毒素は、この私たちの免疫を「勘違い」させます。
私たちの免疫機能が最大級の敵が現れたと判断し、あらゆる攻撃手段を総動員してやっつけようとします。
たとえるなら、ただの蚊に対してミサイルを何発も撃ち込むような攻撃を仕掛けてしまうということです。
もちろん蚊は死にますが、そこにいた大勢の人も死んでしまいます。
TSSでは、全身性の重篤な免疫応答が起き、ショック状態となって死亡するリスクまであります。
血管が血栓で詰まったり、手足が壊死することで、切断を余儀なくされることもあるでしょう。
タンポンでも正しい使い方(短時間のみの使用)をすれば、こうした重篤な病気を起こすことはありません。
逆に、タンポンだけが危険というわけではありません。
私たちは様々な細菌と共生しており、細菌の病原性は私たちの免疫力によって抑えられています。
しかし異常に増殖すれば、免疫のカバーできる範囲を超えてしまいます。
体に密着させて使うような消耗品は、必ず使用方法を守る必要があります。
男女問わず、この点は注意しておいた方が良いでしょう。