ここ数年、毎クールのように医療ドラマが放送されています。
昨年春からに限っても、「A LIFE」「コード・ブルー」「ドクターX」「コウノドリ」「アンナチュラル」「ブラックペアン」、そして現在放送中の「グッド・ドクター」。
いずれも高い視聴率を記録しているドラマばかりです。
私は医師として、
「ドラマというなじみやすい題材を通して医療に興味を持つ人が増えるのは非常に喜ばしい」
と思う一方で、
「人の健康に関わる情報を影響力の強い媒体が発信する以上、製作に慎重さが求められる」
と考えています。
実際、医療ドラマを見てフィクションを現実だと思い込む患者さんはたくさんいます。
例えば最近では、「ブラックペアン」で、患者さんに大金を手渡して治験参加を促す、という現実と大きくかけ離れた描写があり、学会等の各種団体が抗議するという異例の事態がありました。
実際この放送によって、治験に参加する患者さんの中には、「大金をもらっている人たち」と冷たい視線で見られることを恐れ、不快感を抱いたと発言された方もいました。
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では、医療ドラマでよく見る、実際にはあり得ない設定とはどんなものでしょうか?
今回は、中でもよく見る3つのポイントを紹介してみたいと思います。
(なお、私のブログを普段読まれている方はよく分かると思いますが、ドラマを批判したいという意図では全くありません)
どんな病気でも治すスーパーマン
医療ドラマでは、主人公である医師がスーパーマンのような存在で、どんな病気でも治せる、どんな窮地をも救う、といった描写がよくあります。
このような勧善懲悪のストーリーが視聴者にとって分かりやすく、シンプルで作りやすいからでしょう。
ところが現実の医療現場では、スーパーマンによるワントップ体制は、実は危険でしかありません。
原則として医療現場では、「誰が抜けても同じクオリティの医療を患者さんに提供できる組織」が求められるからです。
例えば、スーパーマンのような存在の医師が手術中で手が放せない時に、他の患者さんが急変したらどうでしょう?
スーパーマンも時に休暇はとるでしょうし、病気で倒れるかもしれない。
そんな時、患者さんには質の低い医療で我慢していただく、というわけにはいきません。
よって大切なのは、組織の全員が個々の力を磨くと同時に、組織全体として高いパフォーマンスを発揮できるよう、良好に機能するチームワークを築くことです。
ベテラン、若手を問わず、能力や経験値に応じて適材適所を考えることが重要です。
また、そもそもたった一人の力でできる医療行為など、実はほとんどありません。
例えば手術も、ただ一人の執刀医の腕がいいだけではうまくいきません。
手術に入る他の助手の外科医たちや、麻酔科医、看護師のほか、手術に関わる様々な職種の人たちの活躍によって、その成否は大きく左右されるのです。
若手教育の必要性
医療ドラマでは、腕のいい優秀な医師と、まだ仕事のできない若手、という対比構造がよく見られます。
例えば、2017年秋に放送された「ドクターX 第5期」では、主人公である天才外科医、大門未知子が若手医師に、手術に対して準備不足だったことを責め、
「完璧じゃないままあんたはオペを始めたの。そんなんで患者を救えるわけないでしょ!」
と厳しく叱るシーンがあります。
このように、仕事のできる上司、できない若手、という対照的なキャラクターが分かりやすく描かれるパターンが定番です。
しかし、実際の医療現場では、ここの事情はもう少しシビアです。
医療現場では、「クオリティコントロール」と「若手教育」の両立が重要とされます。
クオリティコントロールとは「医療の質を保つこと」ですが、医療の質を最大にするには、あらゆる医療行為を若手から奪い、熟練した医師のみが行えば良いことになります。
しかしそれを続ければ未来の患者さんは救えません。
ベテラン医師もいつかは年老い、老眼になり、体力を失い、前線を離脱するからです。
そこで、同時に「患者さんに不利益を与えない範囲での若手教育」が重要になってきます。
ある程度若手が任されて腕を磨きつつ、患者さんに不利益が及ぶ恐れがあると思えばその時点で指導医にバトンタッチする。
医療現場ではこうした若手教育が行われています。
ドラマでは、腕のいいベテラン医師が優秀で、それを見て若手が憧れる描写が一般的ですが、現実はもう少し若手医師の教育面を重視した動きをしている、というわけです。
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医師以外の職種の重要性
医療ドラマでは、スター性のある医師が中心的に描かれることが一般的です。
病気で苦しむ患者さんを、名医が優れた知恵やメスさばきで救う。
これが最も分かりやすく、カッコいい描写です。
しかし、現実の医療現場では医師以外の職種が同じくらい活躍していることを忘れてはなりません。
例えば、患者さんが病気や怪我の治療をした後、もとの生活に戻るにはリハビリが欠かせません。
理学療法士は、患者さんに綿密な計画のもとにリハビリを提供し、早期の復帰を目指します。
普段元気に社会活動をしていた人にとっては、病気や怪我を克服しても、その後ベッドに横たわっている状態を「ゴール」とは呼べないでしょう。
病気や年齢、社会的背景によって、目指すべきゴールは異なります。
理学療法士はその目標地点に向け、リハビリのプロフェッショナルとして患者さんをサポートしているわけです。
他にも医師以外の職種はたくさんあります。
「看護師」については言うまでもありませんが、
患者さんに投与される薬剤を専門的知識で管理する「薬剤師」
病気によって特殊な食事管理が必要な患者さんの栄養面を担当する「管理栄養士」
人工心肺や人工透析など、現場に欠かせない医療機器を管理する「臨床工学技士」
他にも、
臨床検査技師、作業療法士、放射線技師、言語聴覚士、救急救命士、社会福祉士
、介護福祉士、臨床研究コーディネーター、医療事務・・・
数え上げればきりがないほどたくさんの職種の力が合わさって、理想的な医療が実現しています。
医療ドラマでは、医師以外のこうした職種にはなかなかスポットが当たりません。
しかし、実際の医療現場にはなくてはならない存在である、ということを、ぜひ知っておいていただきたいと私は思います。
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