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未だに「がん」を治せない医学は進歩していない、という意見に反論する

以前知人から、こんなことを言われた経験があります。

「医学は他の分野と比べると全然進歩していない。未だにがんは治せないままだ。こんな状況には絶望してしまう」

 

確かに、その通りです。

初期の段階で治療できたがんはともかく、他の臓器に転移したような進行がんの場合、今の医学の力で「治す」ことは難しいケースが多いでしょう。

「治す」という言葉が、

「薬を飲むことも、病院に通院することも一切なく、医療から完全に解放される状態」

を意味するのであれば、です

しかし一方で、数ヶ月で亡くなっていたようながんの多くが、治療を継続すれば「年単位」で長期的にお付き合いできる病気になっています。

 

ここで重要なのが、

医学の進歩には、「ある病気を『治せる』ようになる」段階と、「ある病気を『慢性疾患にできる』ようになる」段階がある

ということです。

「治らない」病気が多い点では、医学はまだまだ発展途上なのは間違いありません。

しかし、かつて短期間で命を奪っていたような病気と、長期的にお付き合いできるようになった

そんな病気が、とてつもなく増えています。

私が医学生の頃から数えて16年間を振り返っても、この進歩は圧倒的です。

 

慢性疾患という概念

「慢性心不全」という病気があります。

私が医学生の頃、初めてこの病名を聞いた時はとても驚きました。

「心不全」というと、「心臓」の機能が「不全」な状態を意味します。

心臓がうまく動かなくなっている状態がイメージされますね。

それが「慢性」とは、一体どういうことでしょう?

「すぐにでも命が危ういのでは?」と、この言葉自体に矛盾を感じたのです

 

手元の辞書(大辞林)で調べると、「慢性」とは、

「急激な症状の変化もなく、良くも悪くもならないまま長引いて、なかなか治らない病気の状態」

と書かれています。

つまり、短時間で命の危険にさらされることはないが、長い間治療を継続し、付き合っていかなければならない病気、と考えるとよいでしょう。

 

慢性心不全の患者さんは、心臓の機能が悪くなっているものの、薬の助けを借りながら日常生活を送れている状態です。

仕事をしたり、旅行したりする人もたくさんいます。

確かに、心臓の機能に余力はありませんから、無理のない範囲で、という条件付きです。

しかし、「長期的なお付き合い」ができるのは、医学の進歩のおかげです。

 

「慢性腎不全」もそうです。

腎臓の機能が徐々に落ち、体を維持するのに十分なレベルから逸脱すると、命の危険にさらされます。

しかし、今では透析という技術があります。

確かに腎臓の機能は元に戻りませんし、通院は半永久的に必要です。

薬も飲み続けなければなりません。

その点では「治る病気」とは言えないでしょう。

しかし透析のおかげで、治らない病気を持ったまま年単位で生きられるようになりました

 

多くの病気が慢性疾患になった

では、HIV感染症はどうでしょうか。

年配の方の中には、HIV感染症に「不治の病」というイメージを持つ方は多いでしょう。

確かに「治る」という言葉が「通院の必要がなく、何の治療も不要で、医療から完全に解放されること」を意味するのであれば、やっぱり今でも「不治の病」です。

未だにウイルスを体から消し去ることはできないからです。

そして適切に治療しないと、免疫不全(エイズ)を発症して死の危険があります。

 

しかし、抗ウイルス薬の劇的な進歩により、早い段階で治療を始めた患者さんなら健常者に匹敵する平均余命になっています(*)。

つまり、人によっては「年単位」どころかHIV感染症を持ちながら寿命を全うできるようになったというわけです。

 

確かに「治せない」ままかもしれませんが、HIV感染症はある意味「慢性疾患」になりました。

これは、とてつもなく大きな進歩だと言えます。

 

加齢という「慢性疾患」

今、がんは我が国の死因第1位となっている病気です。

しかし、昔は上位に入っていませんでした。

今から70年前の1949年のデータを見ると、5位以内にがんはありません(1位は結核)。

がんが1位になったのは、1980年代に入ってからです。

なぜでしょうか?

昔は多くの人が、がんになる前に別の病気で亡くなっていたからです。

平均寿命が長くなり、高齢化が進み、がんの患者数が増えたのです。

 

人間は、加齢に打ち勝つことはできません。

加齢によって、誰しも足腰が弱くなり、心臓や腎臓の機能が悪くなり、認知機能が低下します

生まれてから何十年もの間、細胞分裂を繰り返していると、その過程でエラーが起きる可能性も高まってきます。

がん細胞が生まれる仕組みの一つです。

 

「加齢」は「病気」ではありません。

しかし、「加齢」が「慢性的に付き合っていかなければならない体の不具合」だと考えると、「加齢」と「病気」の境界はそれほど明確ではありません

そして、そもそも人体の耐用年数は、それほど長くありません。

せいぜい数十年です。

ここに、医学の最大の限界があります。

医学がどれほど進歩しても、おそらく「加齢」は「治せない」からです

 

さらに、がんが起きる原因が未だにはっきり分かっていないどころか、そもそも「加齢」という現象がなぜ起こるのかも、はっきりとは明らかになっていません。

 

どのように組み立てられたのかさっぱり分からない「精巧な完成品」の状態で現れた「人体」というブラックボックスを前に、「入力」と「出力」の組み合わせを研究し、中で動く仕組みを「推測」してきたのが医学の歴史、と言っても過言ではありません。

第一に「メカニズム」から問題の解決策を探ることに慣れている人にとっては、この姿勢には抵抗があるかもしれません。

医師は理工系のインテリ患者さんと分かり合えないことが多いのですが、その理由の一つがここにあると私は考えています。

 

一方で、医師が相手にしているのは「病気」そのものではありません。

病気を持つ一人の人間です。

その人の背後には、家族や友人関係があり、仕事があり、生きる意味があります

患者さん一人一人の社会的背景を考慮すれば、それぞれにとってのベストは全く異なることが分かります。

時には「病気を治療しないこと」が最善の選択肢ということもあるのです。

 

医学の進歩の捉え方は難しいものですが、私は「がんの標準治療に疑問を感じる人はなぜ多いのか?個別化への理解」の記事の中で述べた通り、

「成熟している部分には大いに期待し、未熟な部分にはある程度の妥協を許す」

という姿勢が大切だと思っています。