私が大学に入学した時、ちょうど学部長が本庶佑先生で、すでにその名は広く知られていました。
現在は先生の研究グループと定期的にミーティングが行われるのですが、毎回一番前の最もプレゼンターに近い席に座られ、厳しく鋭い質問をされるのが印象的です。
今回のノーベル賞のカギとなるPD-1という分子を本庶先生が報告したのが1992年。
これがPD-1阻害剤である「ニボルマブ(商品名:オプジーボ)」という薬を生み、現在複数のがん種を対象に治療薬として承認されています。
がん細胞の増殖抑制に寄与することが動物実験で確認されても、実際の臨床現場でヒトに使用されるまでに至る物質は、本当にごくわずかです。
PD-1阻害剤は、ヒトに効く、どころか、既存の抗がん剤では効果が乏しかった一部のがんに大きな効果を発揮したことから、世界に衝撃を与えました。
その後、様々ながん種に適応が広がり、今や手術、化学療法、放射線治療に次ぐ「第4のがん治療法」と言われるまでに至っています。
こうした経緯から、数年前から毎年のように臨床現場の人たちが「今年こそノーベル賞は本庶先生ではないか?」と言い続けてきたのです。
では、このPD-1という分子と、これを利用したがん免疫療法とはどういうものなのでしょうか?
また、これはどんながんにも効く魔法の治療なのでしょうか?
仕組みをごく簡単に説明するとともに、知っておくべき注意点も書いておきます。
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免疫療法の仕組み
「免疫」とは、体に入って来た異物を排除する仕組みのことです。
私たちの体にはこの機能が備わっているため、細菌やウイルスが体の中に入ってきても、免疫機能が正常ならこれらをやっつけることができます。
体の中にがんができた時も同じで、がんを異物と見なすことができれば、免疫によってがんをやっつけることは理論上可能です。
ところが実際には、風邪(ウイルス感染)が自然に治るように簡単にはがんは治りません。
なぜでしょうか?
その理由の一つに、がん細胞が私たちの免疫にブレーキをかけ、自らが排除されるのを防いでいる、ということがあります。
がん細胞が免疫にブレーキをかけて自衛する、その仕組みの一つに関わるのが「PD-1」という分子です。
がん細胞を攻撃するのに大切な細胞として、「キラーT細胞」と呼ばれるリンパ球があります。
キラーT細胞の表面にあるPD-1が、がん細胞の表面にあるPD-L1という分子と結合すると、キラーT細胞の攻撃にブレーキがかかります。
このPD-1とPD-L1が「鍵と鍵穴」のように結合することで、がん細胞が免疫による攻撃から逃れているわけです(1)。
すると、PD-1をブロックしてしまえば、キラーT細胞は本来の攻撃力を取り戻すかもしれない、という発想が生まれます。
このPD-1に結合してその作用を阻害する抗体(PD-1阻害剤)が、ニボルマブ(商品名:オプジーボ)です。
CTLA-4という分子も似た働きをすることから、CTLA-4阻害剤も臨床応用されています。
これがイピリムマブ(商品名:ヤーボイ)という薬です。
前者の仕組みを発見したのが本庶佑先生、後者を発見したのがJames Allison先生です。
がん治療に免疫療法という新たな風を吹き込んだ、という点で共通する二人に、今回ノーベル賞が与えられたということです。
こうした仕組みを利用してがんを治療する薬を「免疫チェックポイント阻害剤」と呼びます。
(もう少し詳しく知りたい方は、京都大学医学部特定准教授の大塚篤司先生の記事が分かりやすいのでご参照ください)
免疫療法の注意点
免疫療法には、注意すべきポイントがいくつかあります。
主に以下の4点です。
・「免疫療法」と総称される治療のうち、臨床研究で十分な効果が証明されているのは、免疫チェックポイント阻害剤を含むごく一部だけ
・免疫チェックポイント阻害剤は、一部のがん種にのみ効果が認められており、効果がまだ期待できないがん種はたくさんある
・たとえ治療法として適応となっているがん種であっても、効果がない人や途中で効果がなくなる人がいる
・特有の副作用があり、そのコントロールには専門的知識を要する
順に説明します。
免疫療法という名前に注意
がんに対する免疫療法に関しては、国立がんセンターのホームページに最も分かりやすく記載されています(2)。
ところが、「免疫療法」でGoogle検索をかけると、このホームページより上に、自由診療で行われる、医学的根拠がまだ不十分な高額の似て非なる「免疫療法」の広告が並びます。
すでに一定の効果が認められ、我が国を始め多くの国で承認されている免疫療法と混同しないよう注意が必要です。
がんセンターのホームページでは、以下のように、
「免疫療法(広義)」
としてこれらの治療法を総称し、中でも今回の功績となったような「ごく一部の」免疫療法を、
「免疫療法(効果あり)」
としてわざわざ区別して記載しています。
(国立がんセンター「がん情報サービス」より引用)
「免疫療法(効果あり)」に含まれるのは、免疫チェックポイント阻害剤を含む、ごく一部の治療だけです。
「今話題の免疫療法!」といった触れ込みであっても、効果が十分に認められた治療であるとは限らないため、注意が必要です。
まだ効果が期待できないがん種は多い
今回のニュースをきっかけに、病院の外来には、
「私のがんにオプジーボを使ってくれませんか?」
と言って患者さんが押し寄せるでしょう。
現時点で、免疫チェックポイント阻害剤は、悪性黒色腫(皮膚がんの一種)や一部の肺がん、腎がん、胃がん、一部のリンパ腫、頭頸部がん、尿路上皮がんなど、限られたがん種にのみ効果が認められています。
ガイドラインに記載され、標準治療となっているがん種もありますが、効果がまだ期待できないがん種もあります。
がんセンターのホームページのリストを見れば分かりますが、例えば我が国で最も多いがんとなった大腸がんや、女性に最も多い乳がんは含まれていません(3)。
・使えるがん種は限られていること
・現時点でがん治療を行なっている専門医は、あなたのがん種に最も効果が期待できる既存の薬をすでに使っていること
を十分に理解しておいてほしいと思います。
効く患者とそうでない患者がいる
今回の功績によって、メディアは「魔法のがん治療」のような報道をするかもしれません。
しかし、免疫チェックポイント阻害剤が適応となっているがん種であっても、実際に効果が認められない患者さんはいます。
(例えばPD-1阻害剤の非小細胞肺がんや頭頸部がんに対する奏効率は15〜25%(4,5))
たとえ適応とされているがん種が対象であっても、「効く人とそうでない人がいる」ということです。
これは他の既存の抗がん剤と全く同じです。
現在は「誰に効くか」を事前に予測する手段が探られています。
こうした適切な治療対象を選別できるマーカーを「バイオマーカー」と呼びます。
すでに現在広く使われている「分子標的薬」と呼ばれるタイプの薬では、事前にバイオマーカーを調べ、
「効果が期待できる患者に使う」
「効果が期待できない患者には使わない」
といった選別が臨床現場では行われています。
(がんの組織を一部取って、特定の遺伝子変異があるかどうかを調べる、といった方法です)
特有の副作用がある
免疫チェックポイント阻害剤は、ヒトの免疫作用に働きかける薬です。
したがって、本来私たちの体で正常に作用している免疫機能に異常をきたしたと見られる副作用が現れるという特徴があります。
実際、免疫チェックポイント阻害剤によって、大腸炎や甲状腺機能低下症、1型糖尿病、筋炎など、自己免疫疾患に似た副作用が生じることが分かっています(6)。
(自己免疫疾患:免疫が自分の体を異物と誤認して攻撃してしまうことで起こる病気)
これは、既存の抗がん剤には見られない特有の副作用で、これを免疫関連有害事象(irAE)と呼んで臨床現場でも特別視し、その危険性を共有しています。
この副作用のコントロールには専門的知識が必要です。
どんな治療にも、副作用や合併症があります。
こうしたマイナス面をしっかりリカバーできる施設でなくては、この治療を行うことはできません。
ごく一部のクリニックで、自由診療として免疫チェックポイント阻害剤を使用しているところがあると聞きます。
十分な知識と経験を有する専門家が常駐しているのかが懸念されるところです。
今回のノーベル賞を契機に、免疫療法が広く報道され、ますます多くの関心を集めるでしょう。
その中で、少なからず間違った情報や誤解を招く情報がみなさんの耳に入るかもしれません。
ソースの怪しい情報は信用しないよう常に注意を払い、慎重に情報に接してほしいと思います。
なお、患者さんから「私に免疫療法を使ってもらえませんか?」と聞かれた時にどう答えるか?
ということをテーマに、看護roo!で看護師向けに記事を書いています。
参考にしてみてください。
(参考文献)
1. “The biology of CANCER Second Edition/Robert A. Weiberg”
2. 国立がんセンター がん情報サービス「免疫療法 もっと詳しく知りたい方へ」
3. 国立がんセンター がん情報サービス「2018年のがん統計予測」
4. Mechanisms of resistance to immune checkpoint inhibitors Br J Cancer. 2018, 118(1):9-16
5. Cancer immunotherapy using checkpoint blockade Science. 2018, 23;359(6382):1350-1355
6. 免疫チェックポイント阻害剤による免疫関連副作用の実際 Jpn. J. Clin. Immunol. 2017, 40(2):83~89
こちらの記事もご参照ください。
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