今回は、医師の立場から見て、多くの方が病気に対して誤解しがちだと考えるポイントを二つ書いてみたいと思います。
ここに書いたことを知っておくと、病気との関わり方が幾分変わってくるかもしれません。
「経験者は語る」の功罪
病気を経験した人が、その経験を他の人に役立ててほしい、と考えるのは自然なことです。
実は1年半ほど前までは、病名や症状名でGoogle検索すると、体験談を語るブログ記事が上位に多数出てきました。
現在は検索エンジンのアップデートによって、こうしたブログ記事は圏外に飛ばされ、ほとんどアクセスできなくなっています。
他人の病気の体験を知りたい、と思う方は、もしかすると不便に感じているかもしれません。
確かに、どんなことでも、すでに同じ経験をした人からの助言は心の支えになりますし、その方の体験談から得られるものは大きいでしょう。
特に、心理的、身体的なストレスを伴う経験であれば、なおさら「経験者の語る言葉」は貴重な情報源です。
ただし、病気の体験を参考にするときは、
全く「同じ体験」はほとんど存在しない
ということに注意が必要です。
その理由は二つあります。
1点目は、「病気で困ったら友達に相談する前に気をつけるべきこと」の記事にも書いた通りです。
例えば、同じ「胃がん」であっても、がんの部位、大きさ、進行度(重症度)などによって、受けるべき検査や治療は全く異なります。
予後(=どのくらい生きられるか、手術後にどのくらい再発するリスクがあるか、などを含む概念)も全く異なります。
「胃がん」ですら多種多様であることを考えれば、単に「がん」となると、もはやとてつもなく膨大な種類の病状を含んでいる、と考えるべきでしょう。
「同じなのは病名だけ」というケースが多いということです。
2点目は、仮に「同じ病気」であったとしても、周囲を取り巻く環境は人によって全く異なる、ということです。
重い病気であるほど、治療は複雑化し、長期化します。
病院に定期的に入院・通院しなければならない場合、家庭や職場にも影響は出るでしょう。
ご家族の介護をしている人が重い病気になったら、その介護を誰が主体的に行なっていくか、という点で、家庭内で調整も必要になってきます。
一人暮らしなのか、子供がいるのか(何歳の子供がいるのか)、ご両親と暮らしているのかなどによっても、治療を行う上での患者さんの家庭内での振る舞いや、心理的ストレスは違うでしょう。
私は患者さんと治療について話し合う時、これらの内容を全て聴取し、それぞれに見合った接し方が必要だと考えます。
仮に病気を経験した人が、「あなたと同じ病気を克服した」と言って励まそうとしても、「あなたと私では家族構成も職場環境も何もかも違うのに」と思われてしまうかもしれません。
実際、こうした周囲の環境因子は、治療選択に影響を与えることもあります。
「病気の体験」というのは、病気そのものに帰属するのではなく、「その人自身の生活全てを指すもの」だと私は思います。
むろん、繰り返しますが、経験者が自らの体験を語ること、それを参考にすることを否定するつもりはありませんし、貴重な情報であることに違いはありません。
話し手にも聞き手にも、少しだけ注意が必要だということです。
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外観では分からない病気の存在
患者さんと接していていつも感じるのは、「外観から見て分かる病気」の方が実は少ないということです。
少し極端ですが「外観から見て分かる病気」の分かりやすい例を挙げてみます。
私は2年ほど前に右肩の大きな手術を受け、長期間入院した後に、約1年間大きなギプスをつけて週2回のリハビリに通いました。
この間、同窓会に出席したり、友人と食事に行ったり、親戚と会ったりしましたが、全ての人が目を丸くして驚き、ひどく私を心配しました。
外観がこれほど大きく変化していると、誰が見ても瞬時に病気(外傷)だと分かるからです。
しかし、たとえ大きな病気でも、外観から見て分からないものはたくさんあります。
進行がんで定期的に抗がん剤治療をしている方は大勢いますが、最近は通院治療が一般的です。
午前中に病院で抗がん剤の点滴を受け、その後仕事に行く人もいます。
通勤電車の隣に座っている人が、手術ができないほど進行したがんを患っているかもしれません。
がんの治療中であっても、一見するとそうだとは気づけない方は大勢いるということです。
腎不全で週に3回透析している人も、直腸がんの手術後で人工肛門がある人も、一見すると、病気をお持ちだとは気づけません。
病気の後遺症などで、外観では分かりにくい障害をお持ちの方もいます。
さらに、病気や障害を持つ方の中には、周囲の人に気を遣わせないように、むしろ努めて気づかれないようにしている、という方もいます。
病気について議論する時は、悪気なく人を傷つける事態を回避するためにも、この病気の性質を知っておく必要があると感じます。
医療ドラマなどでは、「病気の人」「闘病中の人」を描く時に外観を誇張する必要があるため、やむを得ず現実とはかけ離れた描写をすることがあります。
これは、「視聴者に分かりやすくするための気遣いである」ということに注意が必要でしょう。
ちなみに、進行がんの方が亡くなる直前の1ヶ月くらいまで、がんの治療中であることに周囲の人が気づいていないケースはよくあります。
医療の進歩によって、治療の副作用による症状や痛みなどをうまくコントロールできるようになったこともありますし、周囲に心配をかけまいとする、ご本人の努力によるものでもあります。
この点でも、病気の方に対する一般的なイメージと現実が少しずれている可能性がある、ということは知っておいたほうがよいだろうと思います。
こちらもご参照ください。
病気で困ったら友達に相談する前に気をつけるべきこと