ラジエーションハウス第2話では、遺伝性疾患である「リ・フラウメニ症候群」が描かれました。
この疾患の診断において、類まれなる力を発揮した放射線技師の五十嵐(窪田正孝)と、彼を支える放射線技師たち。
今回も彼らは、臨床現場を支える「縁の下の力持ち」として非常に魅力的に描かれました。
今回のテーマとなった遺伝性腫瘍については、日頃がんを診療し、かつ研究する医師の立場から、必ず知っておいてほしいことがあります。
ちょうど良い機会ですので、ドラマのシーンを振り返りながら解説してみましょう。
遺伝するがんとは?
私たちの体は、受精卵という一つの細胞が分裂して増えることで出来上がっています。
よって、受精卵の中にある遺伝子に異常があれば、全身の細胞にその異常は行き渡ることになります。
リ・フラウメニ症候群は、TP53と呼ばれる遺伝子に生まれつき異常(変異)をもつために、全身にがんができやすくなる極めてまれな疾患です。
なぜ、この遺伝子に異常があるとがんができやすいのでしょうか?
今回の重要なポイントですので、簡単に説明しておきます。
TP53は、「がん抑制遺伝子」と呼ばれる遺伝子です。
その名の通り、細胞ががん化するのを防ぐ役割を持つ、自転車のブレーキのような存在です。
がん抑制遺伝子には非常に多くの種類があり、TP53はその中の代表的な一つです。
ブレーキが壊れると、自転車は坂道を暴走してしまいますね。
がん抑制遺伝子の異常は、細胞を無秩序に増殖させてしまうのです。
これが、がん発生の大きな要因の一つになっています。
一般的ながん(遺伝性でないがん)は、細胞分裂の過程でこうした遺伝子異常が突然現れ、ブレーキが効かなくなった細胞がその場で無秩序に増殖して腫瘍を作ります。
例えば、大腸の粘膜表面を覆う細胞は、日々分裂を繰り返して入れ替わっていますが、この細胞に遺伝子異常が起きることで、粘膜表面に大腸がんができます(実際にはもう少し話は複雑ですが)。
みなさんが経験するほとんどのがんは、このタイプです(「散発性」と呼びます)。
ところが、遺伝性の悪性腫瘍は、受精卵の時点でこの遺伝子異常を親から引き継いでいます。
生まれつき全身の細胞でブレーキの不調が起こっている、というわけです。
そのため、さまざまな臓器にがんができやすくなっているのですね。
今回のドラマでは、血縁者に悪性腫瘍が多発していることに五十嵐が注目し、リ・フラウメニ症候群を見事に言い当てました。
ご家族の受け入れも良く、前向きに治療を行っていく意欲を見せ、みんなが安心する、というハッピーエンドでしたね。
ドラマでは時間的制約もあるため、こうしたクリアな展開が理想的でしょう。
一方、実際の臨床現場ではどうしているでしょうか?
実は、ここまでの病歴だけで患者さんに遺伝性腫瘍であるという情報を伝えることはありません。
その最大の理由は、「患者さんに遺伝性疾患であることを伝えることの難しさ」にあります。
遺伝性腫瘍の説明の難しさ
遺伝性腫瘍である、という診断は、患者さんの人生にとてつもなく大きな影響を与えます。
リ・フラウメニ症候群の患者さんの約半数は30歳までに悪性腫瘍が発生するとされ、その後も全身に様々ながんが発生するリスクがあります。
そして、この疾患は子供に一定の確率で遺伝します。
こうした疾患であるという事実は、患者さんにとって、結婚、出産、就職といったライフイベントに大きな影響を与える可能性があります。
血縁関係にある他のご家族も、「自分もいつかがんになるのだろうか」と不安になるかもしれず、家族関係にも大きな影響を与えます。
また、生命保険や医療保険に関わる問題もあります。
患者さんに関わる医療スタッフは、こうした事実を十分に理解しておく必要があります。
患者さんへの説明には、針に糸を通すような慎重さが求められるでしょう。
「誰にどのくらいの確率で影響を及ぼすのか?」
「他の家族は、いつどんな検査を受けるべきなのか?」
といった説明が同時に必要になりますし、このことを「誰に説明すべきか」ということも慎重に議論されなければなりません。
主治医一人ではこうした疾患のサポートは難しいため、遺伝性疾患のカウンセラーとともに、カウンセリングチームで対応するのが一般的です。
また、今は「二人に一人はがんになる」と言われるほどがんは頻度の高い疾患です。
血縁関係にがんの人が複数いる、というだけであれば、こうした極めてまれな遺伝性腫瘍を疑うことはありません。
「遺伝性腫瘍である」ということが患者さんに与えるインパクトを考えると、特定の遺伝子異常が確認されない限り、特定の疾患名を患者さんに伝えることはないのですね。
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現実とドラマの違い、主治医の責任
ラジエーションハウスの世界を現実と比べると、「放射線科医が主治医の役割も一部兼ねている」という印象を持ちます。
演出上、実際には各診療科の医師が担っている仕事を、部分的に放射線科医(あるいは放射線技師)が担っている、と考えると良いかもしれません。
今回の放送を例に挙げてみます。
冒頭で、少年の母親が腹痛で倒れて病院に搬送されましたね。
腹部レントゲン写真を撮影し、その後CT検査が必要と判断されます。
検査を受けずに帰ろうとする母親に、CT検査の必要性を説明し、説得したのは放射線科医の甘春(本田翼)でした。
こういう時、実際にはどうしているでしょうか?
実はこの説明を行うのは、患者さんを直接診察して検査をオーダーした外来医、すなわち、今回なら消化器内科医や消化器外科医(腹痛を診る科の医師)です。
あるいは、救急受診していることを考えれば、救急医がその役割を担うこともあると思います。
説明する場所は、外来診察室です。
逆に、主治医の立場からすると、毎日忙しく次々と画像を読影しなければならない放射線科の先生に、この仕事を頼むわけにはいきません。
では、放射線科医が画像を見て「この検査も追加した方がいい」と考えた場合はどうなるでしょうか?
こういうケースでは、放射線科医が主治医に連絡し、その必要性を伝えてくれます。
私自身も、よく放射線科医から電話を受け、助言をもらう立場です。
放射線科医が患者さんではなく主治医に考えを伝え、主治医は患者さんを診察して得た所見や他の検査結果と統合した上で検査の追加を検討する、という流れが一般的です。
こうした立ち位置から、一般的に放射線科医(画像診断医)が患者さんの「主治医」になることはありません(特別な場合を除いて)。
もちろんドラマでこれを再現すると、各科の主治医や救急医を多数登場させる必要があるため、さすがに煩雑です(整形外科医は登場しますが)。
そのためドラマでは、現実の放射線科医の仕事をやや拡大している、というわけですね。
放射線技師もそうですが、放射線科医もまた、患者さんと直接関わることが少ないものの臨床現場になくてはならない存在です。
ドラマをきっかけに、実際の姿を知っていただく機会になれば素晴らしいことですね。
次回も非常に楽しみです。
(参考)
国立がん研究センターがん情報サービス「遺伝性腫瘍・家族性腫瘍」
第1話の解説はこちら!
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