以前「病院に行く前に!注意すべき服装、受診時に必要なもの」の記事でも書きましたが、病院に行く時は服装に注意が必要です。
特に女性の場合、服装によっては聴診器を当てるのに非常に苦労することがあります。
女性の方々の中にも、
聴診される時はブラジャーをとった方がいいのか?
服は胸の上まで全てめくりあげた方がいいのか?
服の上から聴診器を当ててもちゃんと聴こえるのか?
といった疑問をお持ちの方はいらっしゃるのではないでしょうか?
今回は、こうした聴診にまつわる疑問について書いてみましょう。
聴診器を当てる場所、聴く音
私たち医師が聴診器を使って聞いているのは、主に肺の音と心臓の音です(肺音と心音)。
(腸の蠕動音を聞くためにお腹に聴診器を当てることもあります)
肺音を聞いて、肺炎や喘息など呼吸器の異常がないかどうかを確認したり、心音を聞いて心雑音がないかどうかを確認したりします。
聴診器を当てる場所を簡単に書くと、以下のようになります。
青が肺音、赤が心音を聴く場所です。
肺音は、このちょうど裏側(背中側)も聴く必要があります。
服の上や下着の上からはこれらの音は聴こえづらく、正確な診断は期待できません。
写真を見ればわかるように、特に心音を聴く場所はブラジャーと重なる部分が多いのですが、ブラジャーの上からでは心音はほとんど聞き取れません。
肺音も心音も、ブラジャーを外して直接聴診器を当てない限り診察の質は確実に落ちてしまうということです。
私たちが使う内科の教科書にも「下着の上から聴診してはいけない」と書いてあるものがあります。
上半身は服を全部抜いでもらって(あるいは胸を全て開いて)診察する、というのが正しい方法です。
では、すべての女性の患者さんにそうしてもらうべきでしょうか?
女性の聴診はどうしているか?
真に正確に診察するなら、診察前に、
「ブラジャーを取って上半身裸になってください」
と言わなければならないことになります。
しかし女性の場合、男性医師からこう言われると、かなり抵抗を感じる方が多いと思います。
「はいどうぞ」とあっさり裸になれる人の方が少ないでしょう。
私たちには全くそのつもりがなくても、患者さんによっては「セクハラ」と感じる可能性もあります。
実際、女性にブラジャーを外させて聴診した医師が、セクハラだと訴えられた事件もあるようです。
確かに、患者さんに強い精神的な負担を与える行為を楽々と行える医師がいるなら、それはそれで問題です。
医学的な正しさと、患者さんの心理面への配慮とのバランスを考える必要があります。
「この医者、なんか嫌な人だな」と思われた瞬間から治療は前進しなくなるからです。
そこで実際には、
「100点満点の聴診はできないが、80点の聴診でも許容されるかどうかを聴診以外の方法で知る」
という形が一般的だと思います。
「軽症なら、明らかに大きな問題があるかどうかだけを簡単に確認できれば良い」
というスタンスです。
一例を挙げると、たとえば外来に、
「昨日から微熱がある、喉が痛い、咳が出ている、風邪のような症状だ」
という若い女性が来たとします。
見た目はお元気で、食欲もあり水分も取れている。
こういう軽症のケースで、全員を上半身裸にして念入りに聴診するのはさすがに過剰です。
簡易的な聴診だけで許容される、と考えてよいケースでしょう。
一方、女性患者さんの側からすれば、服を全てめくりあげて容易に診察される男性に比べ、
「羞恥心や社会的な制限(セクハラと判断されるリスクを医師が恐れていること)のせいで、100点満点の聴診が受けられないリスク」に対し、対策を講じる必要があります。
そこで、服装面でこの「リスク」を最低限にする方法を提案します。
女性が服装で気をつけるべきこと
性別を問わずそうですが、できるだけ質の高い診察を医師が容易に行えるよう、病院に行く前に十分準備しておく方が安全です。
タイトなシャツは避ける
タイトなTシャツやインナーなどを来て病院に来る方は結構いますが、聴診はかなり大変です。
服の上からの聴診はなるべく避けたいので、下から手をもぐりこませて聴診器を当てようとしますが、服がタイトだとかなり不自由です。
上まで手が入りづらいだけでなく、聴診器がシャツと擦れる音が増幅されて耳に入ってきて、聴きたい音がかなり聴き取りづらくなります。
やむを得ず患者さんにシャツを抜いでもらう(少なくとも下着一枚になってもらう)必要があります。
診察室でブラジャーだけ1枚、というのも抵抗がある方は多いと思いますので、タイトなシャツは避けることをお勧めします。
ブラトップの難点
ブラトップ(カップ付きインナー・キャミソール)で来る方も多いですが、ブラトップも下から手を入れるのはかなり困難です。
比較的タイトなものが多く、乳房の下端くらいまでしか手は入らないため、十分な聴診は不可能です。
やむを得ず胸より上は服の上から聴診するか、ブラトップを脱いで裸になってもらうかのどちらかを選ばなくてはならなくなります。
後述しますが、きっちり聴診をしなくてはならない症状の時は、服の上からの聴診は許されませんので、ブラトップを脱いでもらうしかありません。
Tシャツなら、脱いでもらってブラジャーをずらす、というようなことが可能ですが、ブラトップは1枚脱げばもう裸ですから、心理的な抵抗はかなり大きいはずです。
ワンピースは避ける
これは前回の記事に書いた通りです。
スカートの下から手を入れるわけにはいきませんし、首の方からも手は入りません。
きっちり聴診するならワンピース自体を脱がなくてはならなくなり、そうすると患者さんは上半身も下半身のみも下着のみになってしまいます。
病院に行く際は、ワンピースは「絶対に避けるべき」と言っても過言ではないでしょう。
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おすすめの服装は?
おすすめできるのは、学校や職場の健康診断の時のように、ゆったりしたTシャツやインナーを着ていくことです。
下から手が簡単に入るなら、完全にめくりあげて胸をオープンにする必要はありません。
ブラジャーはきつすぎないものを着用し、求められたら少しずらすことのできるものが良いでしょう。
あまりタイトすぎないスポーツブラのような下着だと、ずらしやすく診察しやすいものもあります。
少しめくりあげてなるべくトップまでは見えないように、という配慮もできます。
当然ながら、100点満点の聴診を求められる時、つまり、私たちが肺音、心音を特に注意して聴かなければならないケースもあります。
例えば、肺炎のような呼吸器疾患や、不整脈や弁膜症のような心疾患が疑われる場合です。
こういう時に、「羞恥心に配慮して」質の低い聴診をすることは許容されません。
「ブラジャーを外してください」と言われるかもしれませんが、それには従う方が安全です。
私の場合、可能な限り女性看護師から指示してもらって脱衣を手伝ってもらうといった方法を使います。
医療者側としては、なるべく患者さんの心理的な負担にならないような方法を考えるべきかと思います。
私たち医師は患者さんの体を直接見る、という特殊な仕事です
手術の時、私の目の前に毎回患者さんが全裸の状態で寝ています。
当たり前ですが、その状況に特別な感情を抱くことは全くありません。
外来時も医師は聴診に集中していますし、聴診が終わった瞬間から、医学的な情報以外はすべて忘れています。
外来で聴診する際に体を見られても、それをことさらに意識する必要はない、ということも最後に申し添えておきます。
こちらもご参照ください。
病院に行く前に!注意すべき服装、受診時に必要なもの