『すばらしい医学』シリーズ累計23万部

【徹底解説】人工肛門とは何か?仕事や入浴はできるのか?どんな手術が必要か?

大腸がんや、その他の大腸あるいは小腸の病気で人工肛門が必要になることがあります。

そもそも「人工肛門(じんこうこうもん)」と言われても全くなじみがないでしょうし、「一体どんなものなのか想像もつかない」という方が多いかもしれません。

「人工肛門があっても、いつも通り仕事ができるの?」

「入浴は?」

「旅行は行ける?」

「においは気にならない?」

といった様々な不安や疑問がわきおこるでしょう。

また、ご家族が人工肛門を作る手術を受けることになり、介護のことを心配されている方もいるかもしれません。

 

私が外科医として多くの人工肛門造設術(人工肛門を作る手術)を行ってきた経験から、これらの疑問に全てお答えしたいと思います。

(人工肛門と人工膀胱を併せてストーマと呼び、似た特徴を持っています。この記事では私の専門である人工肛門に関して詳しく述べます)

 

人工肛門ってなに?

「人工肛門」ときくと、人工関節や人工呼吸器のように、器械のようなものをつけると誤解している方が多いようです。

名前がよくないのですね。

英語では、「コロストーマ」(あるいは単に「ストーマ」)と呼びます。

ストーマとは穴や瘻孔(ろうこう)のことです。

 

胃の瘻孔は、英語で「ガストロストーマ」、日本語では「胃瘻(いろう)」です。

「胃ろう」なら聞いたことがある方が多いでしょう。

胃ろう=ガストロストーマは、胃と外界が皮膚を通して直接つながった状態ですから、人工肛門=コロストーマは、腸と外界が直接つながった状態です。

腸の切れ端がお腹の外に見えている状態で、そこから便が出る仕組みです。

 

腸が外に出ている部分にパウチをつけて、便をパウチの中に溜めます。

適宜、パウチの中身をトイレで捨てたり、パウチを交換したりして便を管理します。

本来肛門から出ていた便を、腸の途中でお腹の外に出すことになるわけです。

手術によって、大腸で作ることもあれば、小腸で作ることもあります。

 

人工肛門やパウチの具体的なイメージを知りたい方は、実際に人工肛門を持っている人向けのサイト(国立がん研究センター「大腸がん手術後のストーマケア」)のイラストをご参照ください。

 

人工肛門で普通の生活ができる?

人工肛門を持ちながら仕事をしている方は多くいます。

芸能人では、俳優の渡哲也さんが有名です。

アナウンサーの中井美穂さんも、以前人工肛門をお持ちであったことを公表しました。

人工肛門を持ちながら、世界陸上の取材で海外に行ったり、温泉レポートもされたりしていましたね。

(中井美穂さんは以前この経験を日本外科学会で講演されたことがあり、そこで事情をお聞きしました)

 

人工肛門を持っていても普通に仕事はできます。

人工肛門がある、というだけで仕事ができなくなることはあり得ません。

また、家事買い物運転などの日常生活も制限はありません

旅行も全く問題ありません。

 

ただ、人工肛門の場合は便意がありませんので、自然にパウチのなかに便がたまっていきます。

定期的にトイレに捨てに行かなければならないという手間があります。

またパウチをおおむね2、3日に1回交換する必要があります(装具の種類によって日数は異なります)。

肛門から便が出ていたときに比べると、この点は不便です。

 

外出中の処置は、オストメイト対応トイレが街中に多くあるため、それを利用できます。

オストメイトJPというホームページでオストメイト対応トイレの検索も可能です。

 

便捨てやパウチ交換の手順は、病院で数日トレーニングして習得します。

高齢の方、介護が必要な方は、ご家族の方にもこの手順を覚えていただことになります

 

入浴はできるの?

入浴も問題なくできます。

パウチの表面に防水テープを貼って入浴される、という方もいますが、パウチがきっちり装着できていれば、中身が漏れることはありません

温泉銭湯のような公衆浴場も全く問題なく利用できますが、人によっては周りの目を気にして遠慮している、という方もいらっしゃいます。

医学的には何の問題もありませんので、周囲の方には十分に理解していただきたいところです。

 

においは気にならないの?

パウチには防臭加工がされていますので、パウチがきっちり装着できていれば、においはありません。

少なくとも服を着ていれば、人工肛門があるかないかは、その人にどれだけ近づいてもわかりません

最初はパウチの装着に慣れず、便漏れなど失敗をすることが当然ありますが、慣れてくればそういうミスもなくなります。

 

ここからは、少し具体的な話をします。

 

人工肛門には2つの種類がある

人工肛門には大きく2つの種類に分けられます。

永久的な人工肛門と、一時的な人工肛門です。

 

永久的な人工肛門の場合は、手術で人工肛門を作った後は生涯、人工肛門で生活することになります。

この場合は身体障害者手帳の申請ができ、装具の購入費だけでなく、交通費など日常生活における金銭的なサポートを受けることができます(詳細は日本オストミー協会のホームページ参照)。

 

一方、一時的な人工肛門の場合は、数ヶ月、あるいは1年といった限られた期間だけ人工肛門で過ごし、適切な時期が来たら手術をもう一度受けて、人工肛門のない体に戻ります。

 

ちなみに渡哲也さんは直腸癌の手術による永久的な人工肛門です。

一方、中井美穂さんは腹膜炎の手術によって一時的な人工肛門となりましたが、現在人工肛門をなくされ、元の体に戻っています

 

では、この2つをどう使い分けているのでしょうか?

 

どんな時に人工肛門が必要か?

永久的な人工肛門

永久的人工肛門の多くは、がんの手術で必要になります。

代表的なのは、肛門に近い位置にできた直腸がん肛門管がんの手術です。

癌を残さず切除するためには、肛門も一緒に切り取ってしまわなければなりません。

このように、肛門がなくなる手術を受けた方は、永久的な人工肛門になります。

 

一時的な人工肛門

こちらは、一部の直腸癌や癌以外(良性の疾患)の大腸の病気、小腸の病気など、例を挙げればきりがないほどたくさんあります。

また、大腸で人工肛門を作ることもあれば、小腸で人工肛門を作ることもあります。

潰瘍性大腸炎クローン病腸閉塞痔ろうなどの肛門疾患も原因になりえます。

中でも頻度が高く、みなさんが遭遇する可能性の高い2つのケースを予備知識として紹介します。

 

一部の直腸癌

病院の方針にもよりますが、直腸癌のおよそ10〜30%で一時的な人工肛門が必要です。

そして、我が国の大腸がんの4割以上は直腸にできます

頻度が高いと書いたのはそれが理由です。

なぜ一時的な人工肛門が必要なのでしょうか?

 

前述の通り、肛門を切り取らなければならないような直腸癌であれば、永久的な人工肛門が必要です。

しかし、ある程度肛門から距離がとれる位置の直腸がんの場合、肛門を温存することが可能です。

 

通常、大腸がんの手術は、がんがある部分を含む10〜20cm程度の大腸を切除し、その上流と下流をつなぎ合わせる手術を行います。

直腸癌の場合は、このつなぎ合わせた位置(吻合した位置)が肛門に近くなり、排便時にもっとも圧がかかりやすい位置に縫い目が来ることになります。

縫ったばかりの時期に便が通って縫い目に圧がかかると、縫ったところは容易に破綻してしまいます。

 

例えば、皮膚の切り傷を縫い合わせると、完全に肉が盛ってくっつくのに数日はかかります。

治り切る前に、縫ったところを引っ張って圧をかけると傷が開いてしまう、と考えると理解しやすいでしょう。

 

そこで、この部分がきれいにくっついてしまうまでの間、縫い目の部分を便が通らないように(圧がかからないように)する、という処置が必要です。

その際に行うのが、上流の小腸で人工肛門を作る手術です。

 

小腸に人工肛門があれば、便は大腸に到達する前に小腸から体外に出るため、縫い合わせたところを安静に保つことができます。

通常、3〜6ヶ月後に人工肛門を閉鎖し、それ以後初めて便が大腸を通ることになります。

 

下部消化管穿孔(大腸穿孔)

何らかの理由で大腸に穴があく病気があります。

がんが原因のこともありますし、憩室(けいしつ)という大腸のくぼんだ部分に穴があく病気(憩室穿孔)もあります。

 

いずれにしても、大腸に穴があくと便がお腹の中に漏れ、重症の腹膜炎を起こします。

この場合、穴を縫い閉じたり、穴のあいた部分の大腸を切り取って縫い合わせてもうまく治りません。

すでにお腹の中が便で汚染されている状態で腸を縫い合わせても、うまく肉が盛って治らないのです。

 

皮膚の切り傷を縫い閉じて、バイキンだらけの水のなかにひたしておくようなものです。

すぐに傷口は開いてしまうでしょう。

 

そこで、大腸穿孔例では、多くの場合、穴があいた部分を切除するだけで、すぐには縫い合わせません。

切れ端を一時的な人工肛門にしておくのです。

お腹の中の炎症が治まったのちにもう一度手術をして、人工肛門を閉鎖し、改めてつなぎ合わせます。


もし、あなたが何らかの病気で「人工肛門が必要だ」と言われたら、思わず悲嘆してしまうかもしれません。

しかし、それは病気を治すために不可欠な治療であるはずです。

人工肛門の専門の認定看護師(WOCナース)は知識が豊富な心強い味方ですし、多くの社会的なサポートもあります。

医師と十分に相談し、前向きに受け入れていただければ幸いです。

 

以下の記事もどうぞ!

大腸がん(直腸がん)の手術をわかりやすく解説|開腹・腹腔鏡手術の違い