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大腸がん(直腸がん)の手術をわかりやすく解説|開腹・腹腔鏡手術の違い

このページを見られた方は、

「大腸癌になったらどんな手術をしなければいけないの?」

「腹腔鏡手術ってどんな手術?」

「開腹手術とどっちがいいの?どう違うの?」

という疑問をお持ちかと思います。

ところが手術について調べても、言葉が専門的で難しいと感じる方も多いでしょう。

 

心配はいりません。

手術は外科医である私の専門分野ですので、この記事でわかりやすく解説します。

 

大腸がんの手術方法は大きくわけて二つあります。

腹腔鏡手術開腹手術です。

ちなみに、初期の癌に対して用いられる内視鏡治療は、いわゆる「大腸カメラ」によるものですから、腹腔鏡とは全く別物です。

内視鏡治療について知りたい場合はこちら。

大腸がん内視鏡治療の全て|適応、利点・欠点や入院期間を徹底解説

腹腔鏡は手術の一つの術式で外科医が行う治療、内視鏡治療は内科医(消化器内科)が行う治療です。

腹腔鏡手術を「内視鏡手術」と呼ぶこともあり、患者さんに混乱を招く一因になっていますので、ここでは「腹腔鏡手術」で統一します

ここは混同しないよう注意しましょう。

 

どんな大腸がんに手術が必要?

まず大前提として、大腸がんは「がんそのものを切除すること」以外では治せません。

もちろん、抗がん剤(化学療法)によって進行を抑えたり、あるいは見えなくなるまで小さくできる方もいます。

しかし抗がん剤治療はあくまで、手術が受けられないくらい進行した人に「がんの進行をコントロールすること」を目的に行います

手術を受けられる段階の人は、手術でがんを切除してなくしてしまうのが基本です。

 

ただし、ごく早期のものであれば内視鏡治療を行うことができます。

内視鏡治療とは、いわゆる「大腸カメラ」でがんを削り取ることです。

肛門から大腸カメラを入れ、画面で病変を見ながらがんを切除します。

内視鏡治療は、ごく初期の段階の、かなり限られた大腸がんにしか行うことができません

ある一定以上進行していれば全て「手術」が必要です。

したがって、内視鏡治療の適応がないほとんどの大腸がんが、「手術」によって切除されることになります。

どういう大腸がんが内視鏡治療できるかについては以下の記事をご参照ください。

 

では、手術方法にはどういうものがあるのでしょうか?

大きく分けて2種類あります。

腹腔鏡手術と開腹手術です。

 

腹腔鏡手術と開腹手術の違い

大腸がんの手術には、腹腔鏡手術と開腹手術の2種類があります。

腹腔鏡手術とは、お腹の皮膚に小さな穴を開け、カメラをお腹に入れ、モニターに映し出されたお腹の中の映像を見ながら行う手術のことです。

かつては腹腔鏡の技術がなかったため、全員が開腹手術を受けていました

近年腹腔鏡の技術が普及し、かなり多くの大腸がんが腹腔鏡手術によって治療されています。

では、これらの手術はどう違うのでしょうか?

どのように使い分けているのでしょうか?

分かりやすく解説していきましょう。

 

腹腔鏡手術はどのくらい行われているか

「腹腔鏡手術は新しい先端治療」と考えている人は多いかもしれません。

現在、日本で大腸がんに対して行う手術は、学会の全国的なアンケート調査で、腹腔鏡手術が70%を超える程度です。

残りの約30% が開腹手術ということになります。

この割合は病院によって差があり、90%以上を腹腔鏡で行っている、という所もあります。

この割合を見れば、大腸がんに対してはすでにスタンダードな治療と言っても良いくらい、全国的に普及していると考えて良いでしょう。

逆に、「ではなぜ100%腹腔鏡じゃないの?」と考える方もおられるのではないでしょうか。

 

どのように使い分けているか

全ての大腸がん手術が腹腔鏡で行われていない理由は二つあります。

一つ目は、施設の人員と機器によるものです。

術式にもよりますが、開腹手術は最低2人の外科医がいればできるものが多いです(注1)。

一方、腹腔鏡手術は一般的には3人以上の人員が必要で、かつ腹腔鏡手術に長けた外科医が少なくとも一人は必要です。

さらに腹腔鏡には、特殊なカメラやモニター、手術機器が必要です。

これらの設備が施設内でどのくらいそろっているかで、どのくらい腹腔鏡手術を広く行えるかが決まります

 

二つ目は、癌の状態や進行度お腹の中の状態によるものです。

非常に大きな癌や、他の臓器に浸潤(しんじゅん)していて他の臓器も一緒に切除しなければならないような大きな手術は、開腹手術で行う病院がほとんどです。

また、お腹の手術をすでに何度か経験したことがある方の場合、お腹の中は広く癒着(ゆちゃく)を起こしています。

手術をする際は、まずこの癒着を剥がしてから目的の臓器に達しなければならず、この癒着を剥がすのに1時間以上かかることもあります

この作業は、開腹手術の方が容易にできることが多いです。

 

もちろん腹腔鏡手術の進歩によって、これらの手術も腹腔鏡で行う病院が増えていますが、まだそれほど多くはありません。

また、これからも癌が大きく進行してから見つかる方は必ずいますので、腹腔鏡手術が100%になることは今後もないと考えられます。

 

手術時間はどのくらい?

開腹手術より腹腔鏡手術の方がやや時間がかかりますが、それほど大きな差はありません。

ただ、大腸は以下の図のように長い管状の臓器です。

どの部分に癌ができているかで手術時間は大きくかわります

あくまで目安ですが、たとえば、盲腸S状結腸と呼ばれる部位にできた癌は、

腹腔鏡手術で2時間〜3時間以内

開腹手術なら1時間半〜2時間程度

短い時間で終わります。

一方、直腸の深い部分にできた直腸癌なら、腹腔鏡でも開腹でも、5時間以上、長い場合で8時間、9時間とかかることもあります。

 

また、大柄な体型の人、太っている人の手術は時間がかかります

骨盤内が狭く、内臓脂肪が多く、手術操作が難しくなるためです。

痩せている人と比べて、1〜2時間以上余分にかかることもあります。

もちろん癌の進行度にもよっても時間は変わります(一般に進行した癌の方が余分に時間はかかります)。

以上から、手術時間を術前に厳密に予測するのは難しいと言えます。

 

結局どっちがいいの?

癌の進行度にもよりますが、一般的には「どちらの方が良い」ということはありません。

我が国での大規模臨床試験で、大腸がんの腹腔鏡手術と開腹手術の予後(「術後どのくらい生きられるか」と「どのくらい再発を免れるか」)は変わらないことが示されています(注2)。

施設の慣れたやり方で行うのが一番良いかと思います。

 

ただ、もし「両方全く同じだ」と外科医全員が思っていたとしたら、腹腔鏡手術はここまで普及しなかったはずです。

私は個人的には、上述したように設備や進行度の観点で、

「腹腔鏡でも開腹でも受けていただける患者さん」

という条件のもとであれば、腹腔鏡手術をおすすめします

同じ意見の外科医は多くいます。

 

では開腹手術に勝る腹腔鏡手術のメリットとは何でしょうか。

あるいは腹腔鏡にデメリットはあるでしょうか。

これを次に説明したいと思います。

 

腹腔鏡手術のメリット

傷が小さい

以下の図をご覧ください。

癌の部位にもよりますが、腹腔鏡手術は開腹手術に比べ、傷がかなり小さくてすみます

腹腔鏡手術は、へそとその左右に約5カ所(病院の方針によります)の小さな穴をあけて行います。

穴の大きさは5ミリから1センチ程度と非常に小さく、一番大きいへその傷が3から4センチといったところです。

(腹腔鏡手術では、お腹の中で切除した臓器をどこかから出さないといけないため、多くはへそを数センチあけることになります)

開腹手術の場合は、体型にもよりますが、傷の大きさは15センチから20センチ、場合によってはもう少し大きくなることもあります。

 

傷が小さい手術には、術後の回復が早いことと、見た目に傷跡が残りにくいこと、という二つの利点があります。

腹腔鏡手術を受けた方は、傷の痛みが少ないため手術翌日から病棟を歩けるケースが多く、術後の回復は早い印象があります。

ただ開腹手術も、術後2、3日ほど経てば同じようにスムーズに歩けます。

1週間ほど経てば、お腹を見ない限りどちらの手術を受けたか見分けはつかなくなります

傷跡は、腹腔鏡手術の場合は小さくあまり目立ちませんが、開腹手術では通常お腹の真ん中に大きな傷跡が残ります

 

腹腔鏡の精彩な映像

腹腔鏡手術のもう一つのメリットは「人間の目を超える精彩な映像で手術ができること」です。

近年の腹腔鏡は非常に精彩な画像でお腹の中を映し出すことができます。

また、操作している部分にカメラがかなり近接できますので、細かい組織でも大きく映し出すことができます。

そのため、肉眼では見えにくい血管を見分けたり、膜を剥がしたり、という細かい操作が可能になります。

 

開腹手術では、臓器に顔を近づけるわけにはいきませんので、ルーペ(拡大鏡)をつけて手術を行うことがあります。

腹腔鏡ではこの「拡大視」が簡単に行えるのが大きな利点です。

また、骨盤の中の深いところまでカメラが入っていくことができます。

よって、角度的に見づらい位置も比較的容易に映し出せる、というメリットもあります。

 

腹腔鏡手術のデメリット

「デメリット」というより注意点と言った方が良いかもしれません。

 

開腹手術への移行の可能性

上述のように、大腸癌に対して開腹手術の方が望ましいと思われる場合があります。

癌が非常に大きく進行した場合や、お腹の中に癒着を広く起こしている場合です。

手術前にそれがわかっている場合は初めから開腹手術を選びますが、術前検査でそれを確実に予想することはできません。

手術中にお腹の中を見て初めて「予想以上に癌が進行している」とか「予想以上に癒着がひどい」とわかることがあるわけです。

そういう場合は、腹腔鏡で手術を始めても、途中で開腹手術に変更することがあります

 

また、血管が弱い方や出血しやすい方で、手術中に腹腔鏡では止血が難しい出血が起こることがあります。

多くは腹腔鏡で止血ができますが、場合によっては開腹手術に切り替えて止血をすることもあります。

これらの自由度の点で、腹腔鏡手術は開腹手術にやや劣ると言えるでしょう。

 

開腹手術も腹腔鏡手術も概ね成績が変わらないことと、「安全第一」が最重要な命題だということを考えると、安全性を損ねてまで腹腔鏡にこだわる意味はありません

また腹腔鏡手術のメリットを生かすことができるのは、腹腔鏡に長けたスタッフがいる、機器が充実した施設です。

これらの点をしっかり理解しておきましょう。

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手術方法と手順

開腹手術でも腹腔鏡手術でも、お腹の中で行うことは全く同じです。

がんのある部分を含む腸を切り取り、その上流と下流をつなぎ合わせます。

切り取るのは、がんから10センチ(直腸なら2〜3センチ)離れたところです。

それに加えて、周囲のリンパ節を一緒に切除するのが基本です。

 

がんはリンパ節に転移しやすい性質があります。

リンパ節は、大腸の周りに数え切れないくらいある小さな粒状の組織です。

そら豆のような大きさ、形で、内臓脂肪の中に埋まっています。

リンパ節は、見た目や手触りだけでは「転移しているか否か」の判断はできません

よって、「ここに癌があればここまでのリンパ節は転移しやすいので切除しましょう」というルールが決まっています。

全国共通のこのルールに従い、必要な分だけリンパ節を切除する、ということになります。

 

あとは、大腸の上流と下流を縫い合わせて手術が終わります。

かつては外科医が糸と針を使って縫うのが一般的でしたが、近年はステープラーと呼ばれる器械で自動的に吻合(ふんごう)できるようになっています。

まさに「ホチキス」の針のような金属製のステープルが、腸と腸を細かく縫い合わせてくれます。

操作するのは人間ですので、裁縫の時に手で縫うかミシンで縫うかの違いと考えれば分かりやすいでしょう。

 

大腸がんの術後の生活、食事や、入院期間、合併症や副作用にはどんなものがあるかについては、以下の記事で解説しています。

続けてお読みください。

注1) 大腸の開腹手術の中でも骨盤内臓全摘術などかなり広範囲な切除が必要なものは、2人どころか4人以上必要になるものもありますので、術式によります。

注2) 臨床試験では横行結腸癌と直腸癌は対象から除外されていますので、厳密にはこれらに関しては根拠のはっきりしたデータがありません。