患者さんに病状について説明する際は、なるべく専門用語を使わず、わかりやすい言葉を使う必要があります。
しかし私たちは知らず知らずのうちに、医療者にしか分からない業界用語や専門用語を使ってしまうことがよくあります。
他の医師が病状説明しているのを横で聞いていて、
「その言葉では伝わらないのでは・・・?」
と思うことはよくあるし、私自身も無意識のうちに業界用語を使ってしまうことがあります。
今回は私が思う、「医療者がよく使うが患者さんには意味が伝わりにくい専門用語」を挙げてみたいと思います。
増悪(ぞうあく)
「増悪」は私たち医療者が非常によく使う言葉です。
しかし一般的にはほとんど使わない言葉で、医学部に入るまで私は聞いたこともありませんでした。
血液検査やCT検査を見せて患者さんに説明しながら、
「徐々に増悪しているようです」
と言っている後輩医師を見かけたことがありますが、なかなか理解しづらい言葉です。
「増悪(ぞうあく)」は広辞苑には載っていますが、一般にはあまり使われないかなり限定的な医療用語と言えるのではないでしょうか。
字面を見ると意味は分かりますが、話し言葉で「ぞうあく」と言われても相手はピンと来ません。
「悪化している」「悪くなっている」と言う方が良いと思います。
余談ですが、これを「ぞうお」と間違って覚えている人がいます。
「憎悪」は「憎しみ」、「増悪」は「増える」と漢字が違いますのでご注意ください。
認める・得る
「ここに腫瘍が認められます」
「改善が得られています」
のような説明を、医療者の間ではよくします。
しかし「得られる」も「認める」もかなり固い言葉で、一般的な会話では普通使いません。
先日電話で患者さんのご家族に、
「お母さんのレントゲン写真の結果なんですが、肺炎の改善が認められます」
と説明している人を見ましたが、「かいぜんがみとめられる」と聞いて、すぐに意味がわかるだろうか、と疑問に思ってしまいます。
そもそも電話の場合は、直接対面で話すよりさらに噛み砕いて話す必要があるのですが・・・。
指摘できない
画像レポートなどでよく見る「異常は指摘できません」は、非医療者から見ればかなり不思議な表現です。
一見すると、「異常があるのかないのかよく分からない」という印象を持たれます。
実は医療現場では、「異常がない」という限定的な言葉はあまり使いません。
医師は神ではないので、多くの場合、異常が本当に「ない」と証明することはできません。
あくまで、行った診察や検査で「異常が見当たらなかった」だけです。
将来、「もっと詳細に異常を検出できる検査機器が現れれば発見できたかもしれない異常」があるかもしれません。
本当は、検査では見つけられないようなわずかな異常は起きているかもしれず、数日後に同じ検査をすれば、初めてその異常が目に見える形となって現れているかもしれません。
この辺りの微妙な感覚を医療者はよく理解していますが、患者さんには「指摘できない」の一言では理解されません。
私も必要なら、
「今の時点では検査で異常は見当たりませんが、検査では分からないような異常が起きている可能性もあるため、症状が現れたらすぐにもう一度検査をしましょう」
というような説明をよくします。
こうした検査の限界については、時事メディカルの連載記事でも分かりやすく説明しています。
頻回(ひんかい)
「頻回」は、回数が多いことを表す言葉です。
「頻回に吸引する」
「ナースコールが頻回」
のような使い方をします。
最新の広辞苑には載っているのを確認しましたが、一般的にはあまり使われない言葉ではないかと思います。
少なくとも患者さんにはあまり理解されません。
「頻繁」は普通に使いますが、それともニュアンスは少し違い、ちょうど代用できる熟語はありません。
患者さんに説明するときは、「繰り返し」「何度も」のような言い換えが必要だと思います。
経時的(けいじてき)
「経時的」は「時間とともに」という意味ですが、これも分かりにくい言葉です。
「経時的に変化している」
は、「時間とともに徐々に変化している」という意味で、私たち医療者は毎日のように使います。
辞書的にも正しい表現のようですが、やはり患者さんは理解しづらい言葉だと思います。
医療者間の会話でしか使わない方が無難です。
所見
「画像所見は良くなっているんですが・・・」
「血液検査では貧血の所見があります」
のような使い方をします。
やや口頭では伝わりにくい言葉だという実感があります。
「所見(しょけん)」は、辞書的には「見た目での判断」や「意見」「考え」といった意味の言葉です。
「あなたの所見を聞かせてください」
のような使い方ですね。
「画像所見」「検査所見」のような医療現場で使う「所見」は、これとは少しニュアンスが異なります。
私たち医療者は「所見」を日頃から数え切れないほど使いすぎて、もう「一般的にどんな使われ方をする言葉か」が分からなくなっています。
私はなるべく、検査の「所見」は「検査結果」や「検査から分かること」、病状に関して「〜の所見」という時は「サイン」や「兆候」「きざし」のような表現に言い換えるようにしています。
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傾眠(けいみん)
「今朝から傾眠傾向です」
と看護師が患者さんのご家族に説明している姿を時々見ます。
「傾眠」とは、意識障害があって「ぼーっとした状態」「すぐ眠ってしまい、刺激しないと起きていられない状態」のことです。
便利な言葉なので、医療現場で私たちはよく使いますが、やはり一般には理解されない言葉です。
「意識がぼんやりしている」
「すぐに眠ってしまう」
のような言い換えが必要ではないかと思います。
発赤(ほっせき)
「発赤」も医療者は日常的に使いますが、なかなか難しい専門用語です。
皮膚や粘膜などが赤くなった状態を指して使います。
他にぴったり意味が一致する分かりやすい単語はないように思います。
文字で見ると意味は分かりますが、「ほっせき」と言葉で発すると全く理解されないことがあります。
一方、「発疹(ほっしん)」は「突発性発疹」など一般的に知られた病名に付いているため、音だけでも理解できることが多いようです。
ポジティブ・ネガティブ
「ポジティブ」「ネガティブ」は、一般的には「積極的」「消極的」という形容詞として使われることが最も多いと思います。
あるいは、「ポジティブな評価」「ネガティブな意見」というように、「肯定的」「否定的」という意味でも使いますね。
一方医療現場では、検査結果に関して、
「ポジティブ=陽性」
「ネガティブ=陰性」
という意味で使います。
「インフルエンザの迅速検査の結果はポジティブでした」
というような具合ですね。
患者さんにとってはこれが一般的な用法とは言い難いので、
「検査結果は陽性でした」
というように伝えますが、ご高齢の方などは、「陽性」「陰性」でも伝わりにくいことがあります。
とはいえ、「病院で行う検査に対して患者さんがよく誤解している3つのこと」で書いたように、「陽性です」を「インフルエンザです」と言い換えるのは誤りですので、少し説明に悩む場面でもあります。
偽陽性の可能性も十分に説明しつつ、検査結果の解釈を丁寧に伝えるのが望ましいと考えています。
今回は、医療者はよく使うけれど一般的には分かりにくい単語を挙げてみました。
以下の記事もどうぞ!
病院で行う検査に対して患者さんがよく誤解している3つのこと