私たちが患者さんに手術の説明をするとき、
「血液が足りなくなったら私の血液を使ってください」
と患者さんの家族から言われることがよくあります。
申し訳ありませんが、こういった依頼は全て「お断り」です。
なぜだか知っていますか?
また、医療ドラマでこんなセリフを聞いたことはないでしょうか?
「RCC10単位オーダーして!」
「緊急度1でお願い!」
「クロスマッチいらないから!」
どんなドラマでも、大量出血で「緊急輸血が必要!」というシーンはよくありますね。
とくに外科医が主人公のドラマなら手術中の大出血は定番。
コードブルーのように救急医療が舞台なら、外傷で大量出血も定番です。
しかしこの「超緊急」の場面で飛び交うセリフの意味が説明されることはありません。
今回はこういったことを踏まえ、輸血の仕組みについて分かりやすく説明します。
併せて意外に知られていない献血の仕組みにも触れます。
家族の血液はなぜ使えない?
「輸血」というと、血液をそのまま投与すると誤解している人がいます。
かつて「全血輸血」が行われていた時代は、確かに血液型が同じ人の血液をそのまま使う、といったことも行われていました。
しかし、現在はこうした輸血が行われることはほとんどありません。
近年の輸血は「成分輸血」です。
つまり、赤血球が足りなければ赤血球製剤を、血小板が足りなければ血小板製剤を、というように足りない成分だけ補います。
日本赤十字社のホームページに載っている写真を見ればイメージしやすいと思います。
まず集めた血液から白血球を除去し、赤血球と血小板と血漿(血球以外の液体成分)の各成分に分けます。
血液感染を起こすようなウイルス(HIVや肝炎ウイルスなど)や、細菌の混入がないかを確認します。
特にウイルスは本人が気づかないうちに持っていることがあります。
HIVやB型、C型肝炎など、感染していても全くの無症状であるウイルス感染は多くあるからです。
そして感染が疑われれば、血液製剤として使用できません。
また、製剤に放射線照射を行うことも大切です。
放射線照射は、血液製剤の中に残った白血球(リンパ球)の増殖する力を奪うために行います。
白血球は大部分は除去できるものの、ゼロにはできません。
血液中にあるリンパ球は、本来体外からやってきた細菌やウイルスなどの異物をやっつける免疫機能を担っています。
これを他人の体に入れてしまうと、体の中でリンパ球が増殖し、その体の成分を異物と認識して攻撃します。
こうして全身で起こる重篤な反応を、GVHD(移植片対宿主病)と呼びます。
放射線照射は、このGVHDをほぼ完全に防ぐことができるとされています。
臓器移植後の「拒絶反応」という言葉を聞いたことがありますね。
移植した臓器を体が異物とみなして攻撃してしまうことです。
一方GVHDは、投与した血液中のリンパ球が、投与された方を攻撃するため、拒絶反応とは「逆の反応」が起こっていることになります。
これだけ十分な処理を経てようやく患者さんに投与できることを考えると、
「家族の血液を使ってください」
がいかに危険なことか、よくわかるでしょう。
血液製剤の種類とは?
RCCとは「赤血球濃厚液」、つまり赤血球が足りないときに補う製剤です。
1パック2単位の製剤なので、4単位、6単位というように2の倍数でオーダー(注文)します。
一般的に貧血の患者さんに1回で投与するのは、2〜4単位程度です。
よって8単位や10単位まとめて投与、というドラマのシーンは、「大出血で超緊急事態」です。
一方、血漿成分を補うときに使うのがFFPです。
FFPとは、「新鮮凍結血漿製剤」。
血漿に含まれる凝固因子(血液を固める働きのある物質)を補うことが主な目的です。
FFPはタンパク質の機能を維持するために冷凍保存する必要があります。
そして使用直前に溶かして使うので、
「FFP溶かして!」
というセリフも医療ドラマではよく出てきますね。
さらに、血漿中に含まれる「アルブミン」というタンパク質を集めた「アルブミン製剤」と呼ばれる血液製剤もあります。
タンパク質を補うことで血液中の浸透圧を高め、より水を保持して循環(血圧)を維持するために使います。
医療ドラマでも、大量出血でショック状態の患者さんに使うシーンがありますね。
献血について知っておくべきこと
これらの元になる血液は、街中でよく行われている献血で集めたものです。
もちろん、HIVや肝炎など、ウイルス感染があることが分かっている人は絶対に献血に参加してはいけません。
製剤の製造過程でウイルス検査はされますが、この検査も100%正確ではありません。
特に感染したばかりの時期(「ウインドウ期」と呼びます)は、ウイルスが混入していても検査で検出できません。
よって、血液を採取する前の段階で「怪しい人」は除外しておくことが必須です。
事前に詳しい問診を行い、条件に合わない人は献血を受けることはできません。
ではもし、本人も気づかないうちにウイルスに感染していて、献血をしてそれが判明したら本人に知る権利はあるでしょうか?
実は、仮に集めた血液にウイルス感染が見つかっても、HIVだけは本人に報告しないのがルールです。
告知を許可すると、HIV検査を目的に献血をする人が現れるからです。
HIV感染症は、性感染症です(精液や体液を介して感染します)。
つまり、検査を目的に献血に来るのは「身に覚えがある人」で、むしろ除外すべき「怪しい人」です。
献血がHIV検査の代わりにはならない、ということは覚えておきましょう。
ちなみに献血をすると、お礼として一般的な血液検査結果を教えてもらうことはできます。
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緊急度とは?
輸血をする際に「どれくらい急ぎか」を伝える数字を「緊急度」と呼びます。
施設によって定義は異なりますが、「1」から「4」の4段階に分け、数字が小さいほど緊急性が高いとしているのが一般的です。
緊急度をあえて分ける理由は、緊急度に応じて輸血の仕方を変えるからです。
時間的余裕のある緊急性の低い輸血の場合は、まず患者さんの血液型検査をします。
血液型(ABO式とRh式)が判明したら、それに一致した血液製剤を用意。
さらにこの血液製剤の一部と患者さんの血液を混ぜ、「相性が悪くないか」を確かめます。
この試験を「クロスマッチ試験」と呼びます。
日本語では「交差適合試験」です。
ABO式とRh式が一致していても、血液中に「不規則抗体」を持つまれな血液型の人がいるからです。
クロスマッチ試験で有害な反応が起こらないことを確認して初めて、患者さんに投与できます。
基本的に輸血という行為は、このくらい「石橋を叩いて渡る」のが普通です。
病院で行われるほとんどの輸血は、こうして行われます。
では、大出血を起こしてこういう検査を行う余裕がない場合はどうすれば良いでしょうか?
たとえば手術中の大出血です。
こういう時は、クロスマッチ試験を行う時間的余裕はありません。
そこで、最初はやむを得ずクロスマッチ試験なしで同じ血液型の(ABO式、Rh式が一致している)赤血球濃厚液を投与します。
ドラマでよく出てくる、
「クロスマッチいらないよ」
「ノンクロスでお願い」
といったセリフは、そういう意味です。
リスクはあるものの、すぐに輸血しないとそれ以前に死亡します。
輸血の副作用のリスクより救命を優先すべき場面だということです。
さらに厄介なケースもあります。
病院に初めて来た患者さんが大出血を起こしていたケースです。
たとえばドラマ「コードブルー」で出てくる患者さんのように、災害現場での外傷による大出血や、腹部大動脈瘤破裂で大出血を起こして救急搬送、といったケースです。
このケースが手術中の大出血と大きく異なるのは、
その人の血液型が何型かすら全くわからない
ということです(手術を行う予定の患者さんは、全員入院前にあらかじめ血液型検査を済ませています)。
血液型検査の結果が出るまでには速くても30分近くかかるので、大出血時は検査結果を待てません。
こういう場合どうするか?
というと、O型の赤血球濃厚液を輸血します。
理論上、O型赤血球はどんな血液型の人に投与しても有害な反応が起こらないからです。
もちろんかなりのリスクがあるため、これを行うのは本当の超緊急時のみです。
病院でも、こういうことはめったにありません。
ちなみに本人が、
「私はA型です」
と仮に教えてくれたらどうでしょうか?
実は、私たちがそれを信用してA型製剤を投与することも絶対にありません。
どれだけ本人が主張しても、検査で血液型が判明するまで、使うのはO型製剤です。
本人が主張する血液型が信用できない理由は以下の記事で解説しているので、読んでみてください。
今回は輸血について簡単にまとめました。
病院で輸血は頻繁に行われています。
私も含め、いつかは誰もが輸血を経験する可能性があります。
この記事に書かれてあることを知っておくと、より安心して輸血を受けられるでしょう。