ドラマ「アンナチュラル」は、医療ドラマというよりミステリーに近く、難しい臨床的な知識は出てこない。
ある意味ガリレオシリーズとよく似た科学ミステリー言って良いだろう。
だが、アンナチュラルが持つメッセージ性は実は結構大きい。
前半はまず、
なぜUDIラボという架空の組織が描かれるのか?
について解説する。
後半は、今回登場した非常に大切な「旅行者感染症」について解説する。
海外旅行は誰もが経験するはず。
必ず知っておかなくてはならないことが教訓的に描かれたので、ぜひ読んでいただきたいと思う。
今回のあらすじ(ネタバレ)
ドラマの舞台は、不自然死究明研究所(UDIラボ)という架空の組織。
主人公である三澄ミコト(石原さとみ)は、解剖件数1500例を誇る期待の若手法医解剖医である。
ある日、UDIラボに息子の死因に疑問を持った夫婦が訪れる。
遺体の解剖によって死因を究明してほしいと言う。
息子の死因は「心不全」とされているが、若くて健康だった男性が突然死した理由が他にあるのではないか。
さらに、男性の浮気相手とされた女性が同時期に死亡していたことも判明する。
三澄は臨床検査技師である東海林(市川実日子)、記録員の久部(窪田正孝)と共に調査を進めることになる。
男性の同僚で恋人だった女性が、怨恨目的で毒物を使用して2人を殺害したことを疑われるが、薬毒物検査で否定。
さらに調査を進めると、死亡前に男性がサウジアラビアに出張していたことが発覚する。
解剖結果から三澄らは、死因がMERSコロナウイルスであることを突き止める。
ところがさらに事態は急展開。
男性が帰国して3日後に検診を受けた大学病院で多数の原因不明の死亡例が出ていることが判明する。
これを突き止めたのは、葬儀屋にコネクションを持つ謎の法医解剖医・中堂(井浦新)。
UDIラボの同僚で、解剖3000例の経験を持つ超優秀な医師でありながら、常に上から目線で口の悪い男だ。
結局中堂が掴んだ証拠資料のおかげで、その病院の研究室から漏れたウイルスによる院内感染が、男性の感染経路であることが判明する。
大学病院が院内感染を隠蔽していたのであった。
死因究明という難しさ
全死亡は、以下の二つに分けることができる。
「病死・自然死」と「異状死」である。
私たち医師の日常業務として死亡診断書(死体検案書)の作成があるが、ここにはこの2つのいずれかに◯をする欄がある。
異状死とは、
「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」
のことだ。
簡単に言えば、
「病気で亡くなったと明らかに分かるもの以外の死亡は全部異状」
ということである。
この「異状」というのは法医学特有の言葉だ。
疾患や病態の「異常(=正常でない)」ではなく「異状」だ、というのは私たちが医学生の時に法医学の講義で口すっぱく指導される。
「異状」とは、病気としての(病理学的な)異常だけでなく、
死体に残された痕跡
死体が発見されるに至ったいきさつ
死体発見場所や状況
身許や性別など
の全てを含んだ「状況」が「普通ではない」ということを意味する。
法医学の世界がここにこだわるのはもちろん、
「一見病死に見える死亡の裏に隠された犯罪死を決して見逃してはならないから」
である。
今回のドラマ「アンナチュラル」では今後こうした方向性から死亡を語るシーンがおそらくあると思われるため、基礎知識として書いておこう。
さらに、
「医師は死体を検案して異状があれば、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」
と医師法で定められている。
これは院内での死亡でもそうだ。
一見病死に見えたせいで死因究明がなされずに犯罪が闇に葬られる可能性があるのは、病院内でも同じだからである。
異状死は、本来なら全て解剖(あるいは画像検査や薬物検査)をすることで正確な死因を究明すべきだが、日本の解剖率は約1割と諸外国に比べてはるかに低い。
つまり残りは全て、
「死体の外表面から死因を推測している」
ということだ。
表面の観察だけで確実に死因を究明することは難しい。
法医解剖が活躍すべき場面だが、マンパワーや資金の問題で難しい。
たとえ各大学の法医学教室が頑張っても、国として死因究明のシステムを構築しない限り、限界がある。
日本における死因の検証というのは、残念ながらこのくらい甘い。
今回のストーリーでも、自宅内で一人死亡していた若い健康な男性が、死因がはっきりしないにもかかわらず解剖されていなかった、という背景がある。
そこで、今回のUDIラボである。
このドラマの背景にはこういう現状があることを知っておくと、より楽しめるだろう。
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旅行者感染症の大切さ
今回は自宅内での突然死例であり、死因究明は確かに難しい。
特にMERSのように、日本での流行例が全くないウイルス感染だと、細かい検査をしない限り死因究明は不可能だろう。
しかしその前に患者さんが体調不良を訴えて病院を受診していたとしたら、話は別である。
患者さんが発熱などの風邪症状で受診した場合、必ず私たちが聞かなくてはならないのは、
「中東や東南アジア、アフリカなどの海外渡航歴がないか」
である。
国外でしか流行していないウイルス感染症を発症すれば、国内で蔓延する恐れがある。
まさに初診時こそが、これをブロックすべき最後の砦、ギリギリの水際である。
中東呼吸器症候群(MERS)は「MERSコロナウイルス」と呼ばれるウイルス感染によって起こる疾患。
MERSとは、Middle East(中東)Respiratory Syndrome(呼吸器症候群)の略である。
重症の呼吸器感染症を起こし、多臓器不全(特に腎不全)や敗血症性ショックで死亡することもある。
早期の診断と治療が必要だ。
他にも、デング熱、マラリア、エボラ出血熱、リケッチアなど、旅行者感染症は挙げればきりがない。
したがって、
「旅行者感染症は絶対に見逃してはならない」
という教育は、私たちが研修医時代に救急部で叩き込まれることの一つだ。
見逃しが社会に与える影響があまりにも大きいからである。
そして重要なことはもう一点ある。
流行地へ出向く人は、
「予防できる感染症は必ず全て予防すること」
である。
予防接種を含め、適切な予防対策をすることは病気の早期発見よりはるかに大切。
渡航先でどんな病気が流行しているのか、事前にチェックしておくことは何より重要である。
あまり知られていないのだが、厚労省の分かりやすいページがあるため、みなさんも必ず旅行前に参照するようにしてほしい。
法医学は当然専門性が高く、私などでは到底詳しい解説は困難だが、引きつづき教訓的な部分にクローズアップし、解説していきたいと思う。
第2話の解説はこちら!
(参考文献)
日本法医学会「異常死ガイドライン」
厚生労働省HP「中東呼吸器症候群(MERS)」について