学生時代に法医学の講義を受けると「物言わぬご遺体からいかに多くの情報が得られるか」という事実に驚く。
試験問題では、首の傷あとの写真を提示して、
「これは絞殺(他殺)か首吊り(自殺)か」
を答えさせるものもある(「首吊りを、さらに自殺か他殺か区別させる」というものもある)。
死してもなお、人の体は多彩な情報を発するのだと感服したものである。
その点で法医学は、医療ドラマより「ミステリーもの」のテーマとしても最適だろう。
他にも興味深い死体の所見はたくさんあるからだ。
中でも体の表面の色調から死因を推測できるものは非常に多い。
一酸化炭素中毒と凍死による死体は、鮮紅色(サーモンピンク)と呼ばれる明るい赤色の皮膚であるのが特徴。
法医学では重要なポイントだ。
また一酸化炭素中毒は、亡くなった人だけでなく、救急外来で搬送されてきた患者さんの皮膚の所見からも見逃してはならない非常に重要な疾患だ。
今回はこれらを中心に、解説しよう。
今回のあらすじ(ネタバレ)
一家4人が練炭自殺した現場に、三澄ミコト(石原さとみ)、東海林夕子(市川実日子)らUDIのメンバーが出動する。
警察は一家無理心中で決着させたい様子。
だが4人は赤の他人であることが発覚し、事態は一転。
UDIで4人とも解剖を行うことになる。
うち3人は練炭による一酸化炭素中毒が死因と判明したが、残りの一人は血中一酸化炭素が全くの低濃度。
心臓内の血液の色からミコトは死因が凍死であると断定する。
また胃の中からダイイングメッセージと思われるメモが見つかったことから、この女性は他殺である可能性が高いと判断する。
残りの3人が練炭自殺を図ることを事前に知った犯人が、凍死させた女性を家に持ち込んだのだ。
一酸化炭素中毒と凍死は皮膚の表面が同じ、サーモンピンクになる。
練炭自殺の現場に紛れ込ませれば気づかれにくいことを犯人は知っていたのである。
ミコトはさらに、女性の髪の毛に付着していた塩の成分に近い温泉を割り出し、胃の内容物に含まれる鹿肉がその温泉地域の名産であることを突き止める。
記録員の久部(窪田正孝)とともに温泉に向かったミコトは、凍死させるために使われたと見られる冷凍トラックを発見。
トラック内にはダイイングメッセージの続きと見られるメモがあり、犯人はこのトラックを使ったとミコトは確信する。
ところが調査中に犯人と見られる男性に見つかり、二人はトラック内に閉じ込められてしまう。
犯人はそのままトラックを川に転落させ、本人は脱出し逃走。
トラック内に入ってくる川の水の成分をミコトから電話で伝えられた中堂(井浦新)は、川の位置を見事に割り出し、二人の救出に成功したのだった。
皮膚の色でわかること
皮膚の色が鮮紅色(サーモンピンク)になる疾患として一酸化炭素中毒と凍死は非常に大切だ。
なぜこれらによって皮膚が鮮紅色になるのか?
また、なぜ皮膚の色だけでなく、心臓内の血液の色を見てミコトは凍死を瞬時に見抜いたのか?
順に説明しよう。
一酸化炭素中毒とは
まず血液が赤いのは、ヘモグロビンの色が赤いからだ。
ヘモグロビンは赤血球の成分で、血液内で酸素を運搬する働きをしている。
口から吸い込んだ酸素を肺で積み込んで、それを他の臓器に運びおろす、というのがヘモグロビンの仕事である。
酸素を運び下ろしたあとのヘモグロビンは、空っぽの状態で再び心臓に戻ってきたのち、肺に出て新たに酸素を獲得する。
「ヘモグロビンが酸素と結合しているか、していないか」は、色を見るとすぐにわかる。
酸素が結合した酸化ヘモグロビンは明るい赤。
酸素が結合していない脱酸化ヘモグロビンは暗い赤。
そのため、酸素を多く含む動脈血は明るい真っ赤、酸素の少ない静脈血は暗い赤になる。
これが今回の最初のポイントだ。
さて、一酸化炭素は酸素の250倍もヘモグロビンに結合しやすい性質を持っている。
よって一酸化炭素を吸いこむと、血液中にあっという間に浸透してしまう。
ヘモグロビンは一酸化炭素とどんどん結合し、酸素を運搬することができなくなる。
血中の一酸化炭素濃度が10%になると頭痛が起り、50%で失神、70%になると死亡する。
やっかいなのは、一酸化炭素が結合した「一酸化炭素ヘモグロビン」は、非常に綺麗な赤色であることだ。
呼吸障害などで酸素が足りない時は、普通はチアノーゼ、つまり暗い赤から紫色の皮膚の色だ、というイメージを私たちは無意識的に持っている。
もちろんこれは脱酸化ヘモグロビン(酸素と結合していないヘモグロビン)が多くなるためだ。
ところが、一酸化炭素中毒の患者は、酸素が全く足りないのに妙に血色が良い。
「顔色が良い、元気そうだ」
と、無意識的に思ってしまうのである。
さらにやっかいなのは、血中酸素濃度を表す「SpO2」でも、一酸化炭素中毒は見抜けないということだ。
SpO2は指に青いキャップをつけて酸素濃度を簡易的に測定する機械。
医療ドラマでも「エスピーオーツー」や「サチュレーション」という言葉はよく出てくるだろう。
それが、この機械を使って測定した血中の酸素濃度である。
この機械は、指先の毛細血管内の血液の赤色の光を感知する。
したがって血液が綺麗な赤色になる一酸化炭素中毒の時は、酸素濃度が極めて低くても、100%近い正常値が表示されてしまうのである。
私も研修医時代、火災現場から搬送された患者を診る時は、SpO2によらず血中一酸化炭素濃度を必ず見るよう厳しく指導されたものである。
(実際には血液ガス分析で一酸化炭素ヘモグロビンの割合を見る)
特に「顔色が良すぎる」時は要注意だ。
今回のストーリーの冒頭、刑事の毛利(大倉孝二)が言った「綺麗なご遺体だ」というのはまさに、血色の良い一酸化炭素中毒患者の姿を指して言っている。
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凍死という不思議な死
凍死体も皮膚が赤みがかった色になるのが特徴だ。
低温で皮膚の色がサーモンピンク(鮮紅色)になるのは、低温下でヘモグロビンと酸素の結合が強くなるからである。
よって明るい赤である酸化ヘモグロビンが増えることになる。
さらに、低温だと身体活動が低下するため、酸素消費も減少する。
よって酸化ヘモグロビンが減りにくい。
また、右心房・右心室内の血液は暗い赤色になるが、左心房、左心室内は鮮紅色になることが多い。
死亡直前に吸引した冷たい空気が肺に入り、それを受け取った血液が最初にたどり着くのが左心房、左心室だからだ。
つまり、左心房・左心室内だけは酸化ヘモグロビンが特に多いのである。
ミコトが解剖時に言った、
「左心室が赤いのに右心室は暗い。左右の色調差が明瞭です」
というセリフの意味はもうわかるだろう。
もちろんこれはあくまで凍死の一つの所見に過ぎない。
もともと狭心症などの心疾患がある人の場合、寒冷の環境そのものが、疾患を悪化させた可能性もある。
本当に「死因」が凍死であるか、の診断は実際にはかなり難しい。
解剖の現場でも、今回のように、
「凍死です」
と真顔で言い切ることは実際にはできないはずである。
ちなみに凍死体は、服を脱いだ状態で発見されることもよくある。
幻覚によるものなのか、体温調節中枢の障害によるものなのか、原因ははっきりわかっていない。
だが少なくとも本人は最期、「暑い」と感じて死んでいったということだ。
死体の様子から死の瞬間何が起こっていたかを想像するというのは、実に興味深い作業である。
このドラマではミステリーとしての感想や解説を述べるべきなのかもしれないが、これまで通りこのブログでは医療に関することに絞って解説した。
私は法医学の専門家でも何でもないのだが、引き続き、法医学の面白さを伝えていきたいと思う。
第3話の解説はこちら!