今月5日に高校野球部の女子マネージャーが練習直後に死亡したニュースの続報があった。
最初の報道に対して私は以下のような記事を書いた。
今回はその続報であるが、その記事に書かれていた文言をそのまま書く。
家族によると、生徒は倒れた時に心室細動を発症していた。
自動体外式除細動器(AED)を使えば、救える可能性がある症状だ。
(中略)
野球部の監督は「呼吸はある」と判断し、AEDを使わずに救急車の到着を待った。
しかし、その呼吸は、「死戦期呼吸」というものだった可能性がある。
心停止の状態になっても、下あごだけが動いたり、しゃくり上げるようなしぐさをしたりして、呼吸をしているように見えることがある。
生徒が搬送された新潟市内の病院の医師は「心室細動が起きていた」と生徒の家族に説明したという。
こちらのニュース記事より引用
この報道は広く拡散され、心室細動はAEDで治療できる不整脈であり、AEDを使用していれば生徒を救えた、という趣旨の記事が後を絶たない。
だが、この文章を読んで、医療者であれば全員が確実に違和感を抱くポイントが2ヶ所ある。
「生徒は倒れた時に心室細動を発症していた」
「医師は『心室細動が起きていた』と生徒の家族に説明した」
というところだ。
なぜ違和感があるか。
心電図モニターもないのに、倒れた瞬間の心電図波形が心室細動だったと分かるはずがないからだ。
AEDを使えば救えたかもしれない、という「可能性」について異論は全くない。
だが、AEDを使えば治療できる心室細動であったのか、それとも、AEDが無効な状態であったのかは誰にもわからない。
そもそも、この記事内には「心停止」と「心室細動」という言葉が出てくるが、これらがどう違うのか、疑問に思う人は多いのではないだろうか?
またAEDが有効な時と無効な時とは何なのか?
あまり説明されることがないが、難しいことではないため、ここで説明しておきたいと思う。
心停止は心室細動を含む総称
一般に「心停止」と聞くと、「心臓が完全に止まってしまった状態」と考える人が多いのではないだろうか。
実は、心臓が完全に止まった状態は「心静止」と言い、「心停止」とは「心静止」を含む以下の4つの状態の総称である。
・心室細動(Vf)
・無脈性心室頻拍(VT)
・無脈性電気活動(PEA)
・心静止
心室細動は、心臓が細かくけいれんするように震えるだけで機能はしない状態。
無脈性心室頻拍も同じく、心臓は細かく速く収縮しているが、ポンプとして機能していない状態。
無脈性電気活動は、心臓を動かすための電気信号が発生してはいるが、心臓は動いていない状態だ。
いずれも心臓がポンプ機能を失っているという点で「心停止」であるには違いないので、すぐに意識を失い、数分で死亡する。
だがこれらは心電図モニターを装着してその波形を見て初めてわかることで、どんな名医が聴診器を使ってもその区別はできない。
ここで重要なのは、AEDによる除細動で治療できるのは、上の2つ、つまり心室細動と無脈性心室頻拍だけだということだ。
心停止でも、下の2つ、つまり無脈性電気活動と心静止ならAEDは無効である。
AEDを装着すると、AEDは自動で心電図波形を解析する。
そして、AEDが有効と判断されれば「ショックが必要です」と音声で指示を出してくれる。
その指示に従い、手動でショックボタンを押すと電気ショックが体に伝わる、という仕組みである。
一方、無効であれば「ショックは不要です」という音声指示が出るため、ショックボタンを押すことはない。
ショックは不要、というのは、回復したという意味ではない。
「電気ショックが有効ではない心停止だ」という意味で、意識がない以上は胸骨圧迫(心臓マッサージ)を続けなくてはならない。
繰り返すが、倒れた瞬間に心室細動が起こっていたのかどうか、後から知る手段はない。
AEDを使用すれば「助かったかもしれない」という推論は正しくても、「倒れた時に心室細動を発症していた」と事実として述べるのは不適切である。
心室細動だったとメディアが決めつければ、それはAEDを使用すれば「確実に」助かった、という誤った推論を生むからだ。
私は前回記事で、AEDだけでなく、一次救命処置(BLS)が適切に行われなかった可能性について書いた。
前回書いたように、意識を失って倒れた人が死戦期呼吸など呼吸の異常があれば迷わず胸骨圧迫(心臓マッサージ)を開始、AEDが到着次第すぐに使用する。
これはBLSの原則である(詳細は前回の記事を参照)。
よって今回のことからメディアが強調すべきなのは、「学校内で日頃からBLSのトレーニングをもう少し入念にやっておくべきだった」ということである。
教員は入職時にBLS講習を受けることが多いが、これだけでは現場で急な対応を求められた時に体が動くかどうかわからない。
また相手が女性であれば、服を脱がせるということにためらいを感じる男性がいても不思議ではない。
そういった点も含めて、今回は監督一人を責めるのではなく、学校内での啓蒙活動とより確実なシステム作りにつなげるべきだ。
今回のように、心臓に何らかの病的素因があり、激しい運動を契機に心停止に陥る生徒がいるかもしれない。
ボールが胸に当たって起こる心臓しんとうによって心室細動が起こることもある。
BLSは一般人でも身につけておくべきとされるが、この点では、学校教員、とくに運動部の顧問はもはや一般人ではないとも言える。
メディアはこの部分に重点をおいて報道すべきだと私は思う。
最後に私の個人的な推測を述べる。
医師が「心室細動が起きていた」と説明したのは事実ではないのではないか。
「心室細動が起きていた可能性がある」と言ったのを、ご家族が、確実に心室細動が起こっていたと理解したか、取材した記者がそう捉えたかではないだろうか。
もう一つ考えられるのは、救急隊接触後の救急車内での波形が心室細動であった可能性だ。
この場合医師は「救急車内では心室細動だった(倒れた瞬間は不明)」と説明しているはずである。
いずれにしても、一度情報が非専門家を介すると、その内容はどうしても不確実になりがちである。
これはもちろん医療に限った話ではない。
だが医療に関する情報は特に、人の生死が関わるデリケートなものであることが多い。
その特殊性を理解した上で、今後は十分な配慮をお願いしたいと思う。
あわせてお読みください。