コウノドリを見ていると、厚労省や日本産科婦人科学会の意向がそのまま乗り移ったようなセリフの数々に驚いてしまいます。
今回は特に、第2話の放送に合わせてコウノドリの公式サイトに子宮頸がんワクチンに関する厚労省のサイトのリンクが貼られています。
ドラマによってワクチン普及を啓蒙したい当局の意向の表れでしょう。
ドラマは影響力が非常に大きいものだと私も臨床現場で日々実感していますし、ドラマを通してこういう取り組みがなされるというのは良いことだと思います。
(おまけに次回のテーマは「無痛分娩」のようです)
さて今回のストーリーは非常にわかりやすかったので解説は不要かもしれませんね。
ただ、
子宮円錐切除の目的やリスクは?
なぜ子宮を全摘しなくてはいけなくなったの?
最後に夫婦が喜んだ理由は?
そしてワクチン接種の実際は?
と疑問に思われた方も多いのではないでしょうか?
これについて、いくつか解説を加えておきます。
今回のあらすじ
鴻鳥サクラ(綾野剛)の担当した妊娠19週の妊婦、久保佐和子さん(土村芳)は、妊婦検診時の子宮頸がん検診で子宮頸部腺がんと診断されます。
進行度を判断するために受けた子宮円錐切除の結果、広汎子宮全摘が必要なⅠb1期であることが判明。
癌の治療のためには妊娠を途中で終了しなくてはならなくなります。
夫婦は悩んだ結果、鴻鳥が提案した28週まで妊娠継続、帝王切開で出産と同時に子宮を摘出する治療を選びました。
出産後、赤ちゃんはNICUの手に渡り、治療を開始。
佐和子さんの切除した検体の病理検査の結果は術前の予想通りⅠb1期。
これに夫婦は喜びの表情を見せました。
子宮頸がんの原因とは?
子宮頸がんになりやすい人は、
初交経験が早い人
パートナーの数が多い人
出産回数が多い人
であることがわかっています。
子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)感染が原因で起こるからです。
ウイルス感染が原因である以上、感染の機会が多い人が子宮頸がんになりやすいわけです。
またウイルス感染であるがゆえに、感染する前、つまり初交前にワクチン接種すればこれを予防できます。
子宮頸がんワクチンは世界中で導入されており、日本では2013年に12-16歳の女性に公費の子宮頸がんワクチン定期接種が始まりました。
しかし現在、積極的勧奨が中断されています。
副作用を訴える声をメディアが広く報道したことがきっかけです。
ドラマ中で鴻鳥、四宮(星野源)、下屋(松岡茉優)らが、まるでパンフレットを読むかのようにこの事情を説明していたのでわかりやすかったですね。
この詳細については後述します。
子宮円錐切除術の目的と子宮広汎全摘術の意味は?
検診の細胞診で子宮頸がんが疑われると、子宮円錐切除を行います。
腰椎麻酔(下半身麻酔)で子宮頸部の一部を円錐状に切除することです。
表面(上皮内)にとどまる浅い初期の癌であればこれが「治療」になりますし、ある程度進行していれば、進行度や悪性度を知るための「検査」になります。
子宮の一部を切除することになるため、切迫流産などのリスクがあるとされていますが、子宮頸がんの検査としては非常に重要です。
佐和子さんは、円錐切除した組織の病理検査(顕微鏡で組織を観察)の結果、残念ながら円錐切除では取りきれないほど癌が大きかったことがわかります。
病理レポートには「断端陽性」の記載がありました。
これは、切除した断面に癌が露出している、という意味です。
こうなると、子宮と周囲のリンパ節を広く切除する広汎子宮全摘術でないと、癌をきっちり治療できないことになります。
癌の深さや悪性度が実際にどうだったかは、手術で切除したものを病理検査に出せば1週間ほどで結果が出ます。
術前の予想ではⅠb1期でも、術後の病理結果で予想以上に進行していたことがわかることも多くあります。
つまり切除した結果、術前に予想していたステージより進んだステージを術後に伝えられる可能性もあるということです。
この病理結果によって再発リスクが決まり、術後治療(抗がん剤や放射線治療など)の必要性も決まります。
最後に佐和子さん夫妻が喜んだのは、幸い術前の予想通り進行度1b1期であったことが病理レポートに記載されていたからですね(リンパ節の転移もなく、再発リスクは低いと判断されたものと思われます)。
一方赤ちゃんの方は、出産後すぐに気管挿管され、NICUで厳重に管理されます。
新生児科の白川(坂口健太郎)は赤ちゃんが生まれた時にすぐ、
「RDSだと思うんで挿管します」
と言いました。
RDSは呼吸窮迫症候群のことです。
肺の発達が未熟なまま出てきてしまったため、赤ちゃんは自分でうまく呼吸ができなかったのです。
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子宮頸がんワクチンの副反応と必要性
上述したように、子宮頸がんワクチン接種後の副反応(と証明されてはいませんが)で、けいれんや神経障害などの後遺症が出たことが報道され、ワクチン接種をやめるよう訴える声が高まりました。
その結果、我が国ではワクチン接種の積極的勧奨はすぐに中断され4年が経ちます。
「積極的勧奨」とは、ポスターやインターネットなどで接種を勧めたり、接種を促すハガキを各家庭に送ることなどの取り組みを指します。
積極的勧奨はなくても子宮頸がんワクチンは定期接種の対象ですので接種は可能です。
しかしこうした取り組みがなければ接種率は上がりません。
ドラマ中で説明があったように我が国でのワクチン接種率は著しく落ちています。
2000~2003年度生まれの13~16歳の女子が20歳になった時、ウイルス感染リスクが2倍以上に高まるという研究結果も出ています。
WHO(世界保健機関)は、
「HPVワクチンと様々な症状との関連を示す根拠は得られない」
と結論づけ、日本政府の対応を強く非難する声明を出しています。
みなさんの中にも子宮頸がんワクチンの副反応の報道を見て
「子宮頸がんワクチンは危険だ」
と思っている人がいるかもしれません。
「安全でないなら受けたくない」
と思う人もいるでしょう。
ただ、そういう方に気をつけていただきたいことがあります。
ある医療行為を受けるかどうかを決める判断基準が、
「安全か安全でないか」
であってはいけません。
100%安全な医療行為などありませんから、
「安全でない医療は一切受けません」
と言う人は、あらゆる医療行為を受けることができません。
これはかえって自らの安全を損ねることになります。
私が医師としておすすめすべき判断基準は、
「リスクと得られる利益を天秤にかけて、利益の方が上回る場合は受ける」
です。
わかりやすい例を挙げます。
たとえば胃カメラは、穿孔や出血などの偶発症が2万分の1の確率で起こります。
これらはいずれも命に関わる偶発症です。
実際、胃カメラや大腸カメラなど内視鏡検査による偶発症で、2003年から2007年の5年間に35人が死亡しています。
5年間で35人も亡くなる検査は危険だからやめるべきでしょうか?
そんなことはありません。
それどころか、胃カメラは各自治体の胃がん検診で推奨され、毎年大勢の方が受けています。
理由は簡単です。
偶発症が起こるリスクより、胃カメラによって胃がんが早期発見できることの利益の方が遥かに大きいと思われるからです。
上記の5年間に行われた内視鏡検査は1000万件以上。
つまり死亡例の割合は100万人のうち3.5人ということです。
胃がんの発見により救われる命の方が遥かに多い、という考えはおそらく間違いないはずです。
しかし、内視鏡検査によって命を奪われた35人もの人たちのご家族は、きっと悔やんでも悔やみきれなかったでしょう。
特に病気もなく健康で、検診のつもりで受けた方も多くいたはずです。
残されたご家族にとってみれば、
「こんな危険な検査は受けたくない、周りにも受けて欲しくない」
と思ったに違いありません。
メディアはこれを報道しませんが、もしこのことが広く報道されたら、同じ思いを抱く人が増え、検診で内視鏡検査を選ぶ人は減るだろうと予想します。
ワクチンも同じです。
ワクチン接種後に重篤な症状が出た方のご家族は、
「ワクチンさえなければこんなことにはならなかった」
と、ワクチンの存在に強い怒りを覚えたでしょう。
「周囲の人にワクチンの危険性を強く訴えたい」
という気持ちになったはずです。
私も自分の娘が同じような目に遭えば、きっとそう思うと思います。
しかしこれはあくまで「感情」です。
医療行為を受けるか受けないかは感情で決めるより、きっちり計算されたデータを見て判断した方があとで後悔がないと思います。
医療行為を受けるか受けないかは個人の自由ですから、そこに口を挟むつもりはありません。
しかしその判断基準を間違うと、安全を求めているつもりが、かえって自らを危険に晒すことがある、ということはわかっておく必要があるでしょう。
また、メディアによる「感情」に訴えかける報道は、人の行動を大きく左右します。
しかし医療行為の是非を「感情」で判断するとしばしば正しい答えは得られにくいことがあります。
ぜひこのことは分かっておいてほしいと思います。