ブラックペアンが放送されている時間帯に、このブログの中で必ずアクセスが集中する記事があります。
それが「コードブルー3の医療器具/用語を医師が全て解説|第6話までを振り返って」という記事です。
みなさん、ドラマ中で出てきた手術器具名や「医療器具 名前」などで検索されているようです。
しかしコードブルーは救急医療が舞台なので、残念ながら検索ニーズを満たしているとは言い難い記事になっていると思います。
たとえば今回の第2話で強調された「ドベーキー」という器具についても説明はありません。
そこで今回は、ブラックペアンで出てくる手術器具について簡単に説明しておこうと思います。
興味がある方は読んでみてください。
鑷子(せっし)=ピンセット
まず手術に欠かせい器具の代表として「鑷子(せっし)」があります。
難しい言葉ですが、要するに「ピンセット」のことです。
不思議と医療現場では「ピンセット」という言葉を一度も使うことはありません。
必ず「鑷子」と呼びます。
鑷子にはたくさんの種類があります。
たとえば先端に「鉤(こう)」と呼ばれる「カギ」が付いたものと付いていないものがあったり、溝があるもの、ないものがあったり、先がまっすぐのものや曲がったものがあったりします。
(左が鉤なし(無鉤)、右が鉤あり(有鉤))
長さや先端の細さも様々です。
また、消化器外科や心臓外科、形成外科など、それぞれでよく使う鑷子は違います。
たとえば「ドベーキー鑷子」は、先端がより細く、繊細な組織を傷つけずに掴むことができる鑷子です。
米国の心臓外科医の名前に由来しています(鑷子に限らず手術器具には、昔の外科医の人名がついているものが多い)。
心臓外科で使うことが多いようですが、私たちが消化器外科手術で使うこともあります。
第2話では、渡海が脱落した人工弁を直接ドベーキーで手探りでつまみ出し、周囲の度肝を抜いていましたね。
ちなみに、医療者か非医療者かを見分ける方法に、「ピンセットを持ってもらう」という方法があります。
普通は、上から手をかぶせるように持ちますね。
医療者は決してこの方法では持たず、下からすくい上げるようにして持ちます。
(左が間違い、右が正しい)
上から持つと自分の手が邪魔になって鑷子の手前の部分が見えにくくなるからです。
ビュッフェ会場で、サラダを取る人の手を一度見てみてください。
トングを下から持つようなイレギュラーな人がいたら、医療者である可能性が高いでしょう(トングくらいなら上から持つ人も多いですが)。
もう少し確実性が高いのは「ハサミを持ってもらう」ですが、これについては後述します。
(※医療者か否かを見抜く必要に迫られる場面は現実にはないですが)
鉗子(かんし)
鉗子(かんし)は、何かを把持したり(つかむ)、剥離したり(はがす)する道具です。
見た目がハサミに似ていて穴に指が入れられることと、ラチェットが付いているのが特徴です。
ラチェットとは、根元のギザギザのことです。
鉗子を閉じると、これが「カチカチカチ」と音を立てて閉まり、簡単には開かないようになっています。
糸やドレーン(管)をしっかり掴んだままにしたい時や、血管をはさんで遮断したい時に自然に開いてしまうと困るためですね。
鉗子にも、先端の形状や長さ、細さによって非常にたくさんの種類があります。
たとえば代表的なのが、ペアンとコッヘルです。
二つはよく似ていますが、ペアンは先に鉤(こう)がなく、コッヘルは鉤がある、という違いがあります。
(左がペアン、右がコッヘル)
写真は先端は曲がったものですが、まっすぐのものもあります。
ブラックペアンの佐伯教授のデスクの上にある黒いペアンは先がまっすぐですね。
原作の小説「ブラックペアン1988」の表紙にあるペアンのイラストは先が曲がったものが使われています。
また、先が細くて小ぶりなものは、「モスキートペアン」や「モスキート」と呼ぶこともあります(モスキートコッヘルもあります)。
(写真の上がモスキート。一回り小さい)
モスキートはその名の通り「蚊」のことです。
小さなペアンやコッヘルを上から見ると蚊に見えるからです。
コードブルーでよく出てくる、太い血管を遮断するサテンスキー
小さな血管を遮断するブルドック
腸管をつかむアリス
組織を剥離するときに使うケリー
など種類は数え切れません。
組織の状態や目的に応じて、これらを使い分けています。
器械出しナースは、これらの道具名を全て覚えているだけでなく、器械が置かれた台(メイヨー台)のどこに何があるかを常に把握している必要があります。
外科医から道具名が飛んできた時に、大量の器具の中から即座に必要なものを手渡さなくてはならないからです。
リズムよく外科医の手に渡らないと、「遅い!」などと声を荒げる短気な外科医もいます。
よって器械出しナースは、術野を見ながら「次は何が必要か」を考え、予想できるものを手渡しやすい状態にしておきます。
道具名を言われてから探したのでは間に合わないからですね。
慣れた器械出しと一緒に手術に入ると、定型的な手術なら、ほとんど何も言わなくても手を差し出すだけで欲しいものが手のひらに乗ります。
この辺りは、コードブルーの冴島看護師がリアルですね(冴島は元オペ室勤務経験のある救急ナースという設定)。
こちらでも解説しています。
外科医も、できるだけリズムよく道具をもらうため、必要になる2、3秒くらい前に道具の名前を発しておくのが大切です。
私は、たとえば、
「ペアン。次、メッツェンね」
「ケリー、クリップ、クリップ、ハーモニックの順ね」
というように、2手先、3手先までわかっている時は必ず道具名を前もって言っておきます。
スムーズな手術には、外科医とナースの協調運動が大切です。
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剪刀(せんとう)=ハサミ
手術で使うハサミのことを「剪刀(せんとう)」と呼びます。
剪刀にも、とにかくたくさんの種類があります。
ブラックペアンでよく出てくるのは、先端が細くて、細かい組織を繊細に切ることができる「メッツェン」です。
正式名称は「メッツェンバウム剪刀」です。
剪刀にも、長さや先の細さ、形状などに様々な種類があります。
先端が丸くて太く、繊細な動きを必要としない時に使うハサミには、クーパーやメイヨーがあります。
(上の写真はクーパー)
コードブルーの超緊急手術では、電気メスで丁寧に皮下組織を切る時間がないためメイヨーでザクザク切る、というシーンがあります。
傷の大きさや綺麗さより、目の前の命を救うのが優先だからですね。
このシーンはこちらで解説しています。
一方、一般的な手術では、組織の硬さや目的、部位によってハサミを様々に使い分けています。
ちなみに、ハサミの持ち方でも、医療者と非医療者を見分けることができます。
剪刀の正しい持ち方は、下の写真のように親指と薬指を穴に入れ、人差し指を沿わせて安定させます。
これは二つ穴があいた道具は全て同じで、鉗子も同じ持ち方です。
普通は、薬指を一本だけ穴に入れることはしませんよね。
医師として働くようになってからは、普通のハサミも全てこの持ち方でないと使えなくなりました。
おそらく医療者はみんな、そうではないかと思います。
医療ドラマでは、俳優さんたちのこれらの道具の持ち方はたいてい正確で、基本的な道具の持ち方が変、というドラマを見ることはほとんどありません。
せいぜい、ドクターXの大門未知子がハサミを一風変わった持ち方で持つくらいです。
<追記>
心臓外科、胸部外科の先生は大門持ちが多い、というコメントをいただきました。一般的な開腹手術ではやりませんが・・・。
糸の種類
最後は糸です。
糸にも、長さや太さ、素材で様々な種類があり、それぞれに名前が付いています。
「絹糸(けんし・シルク)」「PDS」「プロリーン」「バイクリル」などです。
体内に残しても溶けてしまう糸は吸収糸と呼びます。
裁縫であれば、毎回針に糸通しで糸を通しますが、手術で使う糸は、最初から糸の先端に針が付いているものが多いです。
糸の両側に針が付いている「両端針(りょうたんしん)」はコードブルーでよく出てきます。
この糸の名前の前に、太さを表す数字をつけるのが一般的です。
たとえば、「4-0(ヨンゼロ)プロリーン」といった具合です。
医師とナースがお互い糸の種類を承知しているときは「ヨンゼロ!」と太さだけを伝えるときもあります。
ブラックペアンではそうですね。
数字が大きいほど、糸が細くなります。
7-0(ナナゼロ)、8-0(ハチゼロ)くらいになると肉眼では見にくくなり、ルーペやマイクロ(顕微鏡)が必要になります。
髪の毛よりもはるかに細い糸です。
ちなみにこれは「2−0シルク(絹糸)」です。
吸引(おまけ)
ドラマの手術シーンでは外科医が「吸引!」というシーンもよくありますね。
大出血が起こればもちろんのこと、わずかな血液でも術野はすぐに見えなくなるので、常に助手が吸引できれいにしておかなくてはなりません。
ただ、実は大して出血しなくても吸引は必要です。
手術中は、組織を剥がしたり切ったりしていると、じわっと必ず透明の浸出液やリンパ液がわいて来ます。
これを定期的に吸引しないと手術が続けられません。
「吸引!」としばしば言われていても、たくさん出血している、という意味では決してないのですね。
というわけで、今回は手術で使う道具について簡単に解説してみました。
特に誰の役に立つ知識でもないと思いますが、知っていると医療ドラマがちょっと楽しくなるかもしれません。
これで、ドラマを見たみなさんの疑問が解決できたらと思います。
(※写真は全て私自身の私物です)
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