ニュースなどで一般的にはよく使われるけれど、医療現場では決して使わない言葉、というものがあります。
たとえば、「意識不明」がそうです。
新聞でも出てくる正しい日本語なので、医療現場でも使うと思っている方が多く、
「まだ意識不明ですか?」
のような質問を受けることもよくあります。
実際には「意識不明」という医学用語は存在しませんので、私たちが医療現場で使うことは決してありません。
では何が正しい用語なのでしょうか?
今回は、報道でよく聞く医学用語の正誤についてわかりやすく解説します。
意識不明の重体
ニュースでよく「意識不明の重体」という言葉を聞きますね。
この「意識不明」も「重体」も私たちが医療現場では決して使うことのない言葉です。
なぜ使わないのでしょうか?
意識不明
「意識不明」は、手元の辞書(大辞林)では「意識がなくなった状態」と説明されています。
しかし医療現場では、意識がない状態の患者さんがいても、この言葉は決して使いません。
意識に異常がある状態を表す正しい医学用語は「意識障害」です。
重要なポイントは、医療現場では、
「意識があるかないか」
の二択ではなく、
「意識がどのくらい障害されているか」
を段階的に評価する必要がある、ということです。
「意識が全くなく、受け答えにも反応しないし、痛みの刺激を与えてもピクリともしない」
「何となくぼーっとして受け答えが怪しい、名前は言えるが、場所や日付が言えない」
というのはいずれも意識障害で、「程度に差がある」ことが大事です。
そこで、医療現場では「意識レベル」という言葉を使って意識障害を数字で段階的に評価します。
これについては「医療ドラマに学ぶ意識障害の原因、意識レベルの意味、JCS、GCSの違い」で詳しく解説しています。
たとえば、Japan Coma Scale(ジャパン・コーマ・スケール:JCS)という基準では、意識障害を全部で10段階に分けることができます。
意識障害の、どの段階にいるのか
治療によってその段階がどう改善したのか、あるいは悪化したのか
をきっちり調べることが大切です。
よって私たちが誰かから、
「意識不明です」
と言われても、
「意識レベルはどのくらいですか?」
と必ず聞き返すことになります。
ドラマでは時々、救急隊の方が「意識不明です」という言葉を使っている姿を見ますが、もちろん実際には救命士が患者さんを運び込んだ時は必ず、
「意識レベルはJCS 200です」
のような適切な言葉を使っており、「意識不明」という言葉を使うことはありません。
ちなみに前述の例だと、「痛み刺激でも反応しない」はJCS 300、「場所や日付を言えない」はJCS 2です。
前者のように意識が完全に失われた状態を「昏睡(状態)」と呼ぶこともあります。
そもそも報道の世界では、「意識があるかないか」が、怪我や病気の重症度を分ける最も重要な指標と考えられている印象を持ちます。
ところが医療現場では、意識レベルは患者さんの状態を表すたくさんの指標の一つに過ぎません。
患者さんの命を左右する要素を私たちは「バイタルサイン」と呼びます。
「バイタル」と略すこともあります。
医療ドラマでも「バイタル」という言葉をよく聞きますね。
バイタルサインとは、意識レベル、呼吸状態(SpO2)、血圧、脈拍、体温を表しています。
バイタルサインはこちらで詳しく解説しています
これらはいずれも、大きく障害されると命に関わる危険がある因子です。
「呼吸状態が非常に悪く、血圧が下がっている」
という状況は極めて危険で重篤な状態と言えますが、この状態でも意識がはっきりしていて普通に話せることはよくあります。
意識レベルは、バイタルサインの一つに過ぎない、ということです。
よって私たちが、
「Aさんの意識レベル下がっています」
と言われたときは、まず、
「(他の)バイタルは?」
と聞き返すことになります。
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重体
毎日新聞のホームページを参照すると、「重体」は「重傷」より重く、
「ケガ、病気にかかわらず、その症状が重く、命の危険にさらされている状態」
「生命の危険を表す」
とされています。
また、「重症」は病気の程度が重い場合に使い、「重傷」は怪我(外傷)に対して使うそうです。
「重症」や「重傷」は、私たちもよく使う言葉です。
特に「重症」は、「重症膵炎」や「重症筋無力症」のように、正式な病名になっているものもあります。
一方、「重体」という医学用語はなく、医療現場では決して使われない単語です。
「どのくらい怪我や病気が重いか」をシンプルに比較することはできないため、傷病の重症度を「重傷と重体に二分する」という発想自体がありません。
また、病状は時間とともに刻一刻と変化するため、
さっきまで元気だった人が突然意識障害に陥った
ということもあります。
したがって、バイタルを含め、全身状態を細かく観察し、一つ一つを別個に表現する必要があります。
どこからが重体、と定義できる一本の評価軸はないということです。
「重体」は、ニュースを分かりやすく伝えるための特殊な用語と言って良いでしょう。
全治◯ヶ月
ニュースで「全治3ヶ月」のような言葉を聞くことが多いため、病院でも、
「全治何ヶ月ですか?」
と聞かれることが非常によくあります。
しかし私たちは、医療現場で「全治○ヶ月です」という言葉を使うことはまずありません。
手元の辞書を調べると、「全治」とは「病気や怪我などが完全に治ること」と書かれています。
では、骨折などの大怪我をして手術をし、退院して日常生活に戻れたら「全治」でしょうか?
そんなことはありません。
退院時、必ず次回の外来予約を取り、通院することが一般的です。
1ヶ月ごとに検査が必要かもしれません。
定期的に検査が必要ということは、検査に異常があれば追加で何らかの治療をする可能性があるということです。
この状況を「完全に治った」とは呼べません。
半年たって外来で医師から、
「では1年後にMRIの予約を取りますね」
と言われるかもしれません。
これから1年間通院しなくてよくなったら、もう「全治」でしょうか?
やはり、
「1年後に検査で異常があれば追加で治療が必要かもしれない」
という状況を、「全治」と呼べるでしょうか?
結局、「全治」を「完全に治る=全く治療が必要なくなる」と捉えた時、
「全治に至るのはいつか?」
という質問の答えは、「経過次第」です。
経過によって様々なので、外傷の治癒までの期間を正しく予想することなどできないということです。
一方、私たちは交通事故などで診断書を書く機会が多いのですが、ここには必ず、
「治療期間の目安は◯日」
のような記載をする必要があります。
治療期間を正確に予想することはできませんが、社会復帰までにかかる期間を便宜上数字で示すことを求められます。
そうしないと職場や役所、保険会社が困るためです。
私たちにとっては「不可能なことを無理強いされている」感覚なのですが、便宜上、これまでの経験から予測される数字を書くことになります。
報道される「全治○ヶ月」にはこういったあいまいな背景があります。
病院で医師に「全治何ヶ月ですか?」と尋ねても、決して「3ヶ月ですよ!」というようなシンプルな答えは返ってこないと思っておきましょう。
今回は、報道ではよく聞くけれど、現場では使わない言葉を紹介しました。
むろん「これらの言葉を使ってはいけない」という意味ではありません。
意味があいまいなので、「さらに詳しい状況を医療者は知りたいと考えている」ということを覚えておくと、医師から質問攻めにされても安心だという意味です。
ぜひ参考にしてみてほしいと思います。
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