第6話解説記事第2弾&みなさんのご質問にお答えするコーナー。
今回の放送に関して、さっそく複数の方から以下のようなコメントをいただいた。
「現場で藍沢医師が頭にどういう治療をしていたのかわからない」
「頭が腫れていたのはなぜ?」
「頭から出てきた透明の液体は一体なに?」
確かにあの場面では、治療のメインは冷凍庫内の灰谷と横峯であったため、藍沢の処置についてあまり詳しい説明はなかった。
冴島の機転の効いた看護(膝でバッグを踏んで換気したり、小児用気管チューブで排液を出すというアイデアを思いついたり)を見て雪村が学ぶ、という点に主眼が置かれていたため、ということもあろう。
そこで今回は、まずあのシーンで患者さんに何が起こっていたのかを説明する。
次に、藍沢がどういう思考過程で治療を行なったのかを、順番にわかりやすく解説する。
最後に、毎度恒例の、厳しいツッコミを書いてみる。
難しい話では全くないので、安心して読んでいただきたい。
男性患者の頭に何が起こっていたか
まず、あの透明な液体は何?という話から。
あれは「脳脊髄液」である。
頭蓋骨の中には脳がそのまま入っていると思っている人が多いかもしれない。
だが実は、頭蓋内にはたっぷりと「脳脊髄液」という透明の液体が入っている。
脳はこの脳脊髄液の中にひたされている状態だ。
たとえば温泉に行って、お湯につかるときを想像してほしい。
必ず湯船の端っこには送水口があり、お湯が絶えず注がれているはずだ。
しかし何時間浸かっていてもお湯があふれることはない。
排水溝から同じ量だけお湯が出て、循環しているからである。
これと同じように、脳をひたしている脳脊髄液も循環している。
脳脊髄液の容量は150ml程度だが、1日に作られる量は約500ml。
つまり、1日に3-4回は入れ替わっていることになる。
この脳脊髄液にとっての送水口にあたる部分、つまり脳脊髄液を産生している場所が脳室(側脳室)である。
以下の図のように、脳の内側には脳室と呼ばれる空間があり、ここの内部で作られた脳脊髄液が、脳のすきまをくぐって頭蓋骨内を広がる。
(正確には脊髄も満たすので、頭蓋内と、背骨と並行してお尻まで至る脊髄を包む空間)。
さて、温泉の湯船で排水溝をふさいだらお湯があふれてしまうのと同じように、脳脊髄液も出口をふさぐと頭蓋内であふれかえってしまう。
出口だけでなく、脳脊髄液が脳室から出ていく道の途中のどこかで事故がおこれば、その上流は交通渋滞を起こして液が過剰に溜まり、内側から脳を圧迫することになる。
途中で通り道がふさがっていても、脳脊髄液は常に産生され続けるからだ。
以下の図はそのイメージ図。
このとき頭の写真(頭部CT)を撮影すると、脳室が内圧で広く拡大し、脳全体が腫れている様子が観察できる。
これを「水頭症」と呼ぶ。
頭部打撲などの外傷でもこれは起こりうる。
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藍沢はどういう思考過程で治療したか
前置きが長くなったが、あの場面で藍沢はどういう風に考えたか。
まず、突然意識がなくなった男性の瞳孔不同(瞳孔の大きさが左右で異なる)と意識障害の悪化を見て、まず脳の外側に血液が溜まって脳圧が上がっている可能性を考えた。
つまり、脳を取り巻く細い血管が破れて出血し、硬膜外血腫や硬膜下血腫と呼ばれる病態が起こったと予想したのだ。
いずれも以下の図のように脳の外側にある空間に血液がたまる病態である。
硬膜外血腫と硬膜下血腫は、硬膜を隔てて内側にたまるか外側にたまるかの違いがある。
つまり、硬膜下腔は、硬膜という膜をへだてて硬膜外腔の一枚内側にある。
いずれも血液が外側から強く脳を圧迫することで脳圧が上昇する。
頻度的にこの可能性が高いと藍沢は考え、まず頭蓋骨に穴を開けて硬膜外の空間を観察し、たまった血液を外に追い出すことを考えた(図の①)。
ただし、上の図では向かって左側(患者さんの右側)に血がたまっているが、実際の現場では外から見てもどちらにたまっているかは見分けられない。
そのため、一発目は当てずっぽうに穴を開けるしかない。
そこでまず右に開けて血がたまっていないとなると、次は「左か?」となる。
これによって穴が何個も開くことになる。
ここで硬膜外に血液がないことを確認すると、次は「硬膜下か?」となる。
硬膜を破って硬膜下を観察するが、それでも血液は溜まっていない(図の②)。
しかも脳全体が腫れている。
それを見た藍沢はこう考えた。
「脳圧上昇の原因が外からの圧迫でないなら、内側からの圧迫ではないか?それなら脳が腫れているのも説明がつく」
そこで水頭症の可能性を考え、外からチューブを脳室に通し、脳室内でパンパンにたまった脳脊髄液を外に追い出す。
すると脳圧が下がり、患者さんの意識が戻ってきた、というわけだ。
これだけ複雑な過程をあの短時間で理解できる人はいない。
視聴者の気持ちは、ちゃんと隣で騒いでいたオッサンが代弁してくれていた。
おそらく製作者側も、冴島の機転、藍沢との息の合った処置、それを見て成長する雪村、という構図が伝われば、細かいことはわからなくて良いと割り切っているように思う。
ここまではあの場面の解説。
そして、ここからは恒例のツッコミに入る。
現場での処置にこだわる必要があったのか
何度も頭蓋骨に穴を開けて、それでも無効に終わり、治療に難渋した末にようやく脳室ドレナージ(脳室内の液体を出す)ができた、という流れは、決してスマートな治療過程とは言えない。
なぜなら、どこに血液がたまっているのか、それは硬膜外なのか、硬膜下なのか、水頭症なのか、というのは頭部CT写真1枚あれば一目瞭然だからだ。
つまり、あの場面では現場での処置にこだわらず、即座に搬送を優先すべきだったのではないだろうか。
患者さんは移送可能な状態だったし、藍沢も冴島も現場を離れることができる状況だった。
挿管や脳室ドレナージは搬送中の救急車内でもできる。
これらの処置を行いながら病院に到着するのがベストだったのではないかと思う。
なぜこういうツッコミを入れるかというと、あの場面でもし「水頭症でもない」となったら、完全に手詰まりに陥るからである。
ドラマなら、最大のピンチが訪れても最後は必ず解決の糸口が見つかるが、現実はそうではない。
医療現場では退路を絶ってはいけない。
必ず、最後の最後まで切れるカードを残しておかなくてはならない。
搬送中に処置を行えば、万一途中で手詰まりに陥ったとしても、そのころには病院に到着→精密検査→適切な処置、という流れにスムーズに入ることができる。
以前の記事にも書いたが、現場で処置を行うことはメリットも大きいが、以下のような多くのデメリットもある。
・感染のリスク(今回も全員マスクなしだったが・・・)
・道具がない
・マンパワーが足りない
・画像検査ができない
このうち、最後の画像検査は診断において非常に重要なポイントで、どんな名医の診察よりたった1枚の頭部CTが何百倍もの威力を発揮することがある。
あの場面では、現場での処置にこだわって手詰まりになってから搬送したのでは手遅れ、というリスクがあった。
やはり「移動しながら処置」がベストだったと私は感じた。
移動中も治療ができることこそが、まさに現場に医師が出向くメリットだからだ。
ただ、もちろんドラマとしての魅力を考えると、現場で藍沢先生が処置をする方がよほどかっこいいのはよく分かる。
脳室ドレナージを思いつくまでの藍沢の苦悩する姿もまた視聴者を魅了するし、最後にドレナージが成功して現場で他の職員も安堵して喜ぶ、というシーンも感動的なドラマには必須だ(かく言う私も密かに感動していた)。
ドラマという世界を十分理解した上で、一応現役の立場から、現実的なツッコミを入れてみただけである。
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