ALS(筋萎縮性軸索硬化症)と戦っていた田沢がついに亡くなってしまう。
第5話は、ほぼ全て田沢への治療にスポットを当てて描かれている。
コードブルーでは当然救急疾患ばかりが登場するわけだが、田沢に関しては唯一の例外。
治療や処置にも初めて登場するものが多く、「なぜ?」と思う部分は多いのではないだろうか?
特に第5話では、
田沢の呼吸状態が悪いのに、酸素投与量をなぜ上げてはならないのか?
藍沢が田沢の家族に解剖を勧めるべきだと言ったのはなぜなのか?
と言った疑問に詳しい説明はないが、これらは田沢の病気を語る上で非常に重要なポイントである。
今回は、これらについて解説してみたいと思う。
田沢にはなぜ高濃度酸素が投与できないか?
冴島(比嘉愛未)の恋人、田沢はALSによって呼吸筋が麻痺し、呼吸がうまくできなくなっていた。
しかし田沢はかつて心臓外科医の若手エース。
逐一自分のSpO2(血中酸素濃度)を確認するなど最後の最後まで自分の病気と冷静に向き合っていた。
いよいよSpO2は80%まで下がり、橘(椎名桔平)は「意識障害が出始めるな」と呟くが、これ以上の処置はできない。
通常なら気管挿管、人工呼吸の適応だが、田沢はDNRを希望、すなわち心臓マッサージや人工呼吸を含むあらゆる延命処置を拒否しているからだ。
しかし家族から「何とか治療できないか、楽にさせてあげられないか」との訴えがあり橘は、
「酸素を増やせば本人は楽になります」
「しかし体内に溜まる二酸化炭素の量が増える、つまり早く死が訪れることになるかもしれません」
と酸素投与を上げることのリスクを説明した上で、様子を見ながら少しずつ酸素を増やしていく。
スタッフらが見守る中、「いよいよ危うい」となった場面で、冴島のPHSが鳴る。
無情にもドクターヘリの出動要請であった。
厳しい表情で田沢を見つめた冴島は、しかしフライトナースとしての務めを全うすることを選び、その場を立ち去る。
結果として冴島は、現場から病院に戻るヘリの中で田沢の訃報を聞くことになるのだった。
この場面、意外に説明が少ないため、田沢に対して行なった処置の目的が分からないと思った方がいるかもしれない。
わかりやすく説明しよう。
まず当たり前のことから。
呼吸とは、酸素を取り入れて、二酸化炭素を出す行為である。
人は生きている限り、生涯呼吸をし続けなければならない。
なぜなら、全身の臓器は酸素をエネルギーとして動き、代謝によって二酸化炭素が排出されるからである。
これは車のエンジンと同じだ。
取り込んだ酸素でガソリンを燃やし、老廃物として二酸化炭素が排出される。
よって呼吸が浅くなると、
酸素が足りなくなる
二酸化炭素が貯留する
という2つの現象が起こることになる。
この二酸化炭素の貯留は非常に厄介で、血中の二酸化炭素濃度が上がると意識障害が起こり、血液が酸性に傾き、全身で様々な不具合が起こって最終的には死亡する。
田沢の意識が朦朧としているのは、うまく呼吸ができないために二酸化炭素が常に貯留傾向にあるからである。
ここで、
なぜ、酸素投与量を上げることは死を早める行為だと橘が言ったのか?
と思った方が多いと思う。
私たちは、眠っている間も無意識に呼吸をしている。
これは、
血液中の酸素濃度が少しでも低くなる
血液中の二酸化炭素濃度が少しでも高くなる
という2つの刺激を脳が感知し、自動的に呼吸を調整しているからである。
ところが田沢のように、普段から二酸化炭素濃度が高い状態の人は、この刺激に対して徐々に脳が鈍感になっていく。
「おおかみ少年」ではないが、「二酸化炭素濃度が高い」という「異常事態」に対して「慣れっこ」になってしまうということだ。
こういう患者の場合、呼吸を調整する刺激は、
「酸素濃度が低いこと」
だけになっている。
よって田沢が呼吸を続けるためには、酸素濃度を低めに設定しておく必要があるというわけだ。
ここで酸素投与量を増やして血中の酸素濃度を上げると、呼吸を促す刺激がなくなって瞬時に呼吸は止まってしまう。
そして二酸化炭素が一気に貯留する。
これを「CO2ナルコーシス」と呼ぶ。
よって酸素投与が結果として死期を早める行為になってしまうのである。
今回田沢のSpO2、つまり血中の酸素濃度は冒頭のシーンで89%程度。
これが最終的には74%くらいまで下がってくる。
SpO2の正常値はほぼ100%、つまり健康な人がSpO2を測れば、多くは97%〜99%といったところだ。
しかし喫煙者や、慢性的な呼吸器疾患を持っている方は、普段から92〜93%という人もよくいる(本人は気づいていないが)。
こういう人は、普段から二酸化炭素も貯留気味である。
よって田沢と同じように、高濃度酸素を投与すると呼吸が浅くなり、二酸化炭素がさらに貯留して意識障害を引き起こす危険性がある。
よって私たちが呼吸器疾患を持つ患者さんを前にしたときは、
「酸素を投与しすぎない」
を常に意識しているのである。
SpO2についてはこちらの記事もご参照ください。
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病理解剖はなぜ必要だったのか?
田沢の死亡後、病理解剖に関する説明を家族に行うことを白石(新垣結衣)はためらっていた。
それに対して藍沢(山下智久)は、
「ALSは特定疾患だ。解剖を勧めるのが大学病院の義務だ」
と説得。
結果として田沢は病理解剖され、その結果を白石が家族に伝えることになる。
この病理解剖についてはあまり知られていないが、医療者以外にとっても非常に重要な医療行為であるため、説明しておこう。
病理解剖とは、亡くなった患者さんの体を病理医が解剖し、死亡の原因や臓器の状態などを詳しく観察することである。
観察した後は皮膚を縫合し、元の状態に戻して遺族の方にお返し、その結果は病理解剖診断書という形で主治医から家族に伝えられる。
今回藍沢は「特定疾患」ということを理由に挙げたが、もちろん特定疾患に限らずあらゆる疾患で対象となる。
死亡の原因がはっきりしない場合、予期せぬ死亡であった場合などは、特に病理解剖が勧められるケース。
病理解剖では、生前にはわかっていなかった新たな情報が得られることも多い。
病気によってどのように臓器が変化しているかを知ることは、医師教育や医療の質の向上のための貴重な情報源となる。
結果としてこれが、将来の多くの患者さんを救うことにつながる。
また遺族の方にとっても、亡くなった理由を客観的な情報として知ることで、死を冷静に受け入れることができるというメリットもある。
しかし実際には、遺族にとって亡くなったばかりの家族の体が解剖されることを受け容れるのは簡単ではない。
私も説明はするが、上記のような死亡原因が全く分からない場合を除けば、強く勧めることはできないのが現実だ。
そもそも病理解剖自体の存在もほとんど知られていない、ということも勧めにくい理由の一つである。
もしみなさんのご家族が亡くなって主治医から病理解剖を勧められた時は、この記事を参考にしていただければと思う。
第5話のラストでは、悲しみの底に沈む冴島を緋山(戸田恵梨香)が無理やりヘリに連れ込んで座らせ、
「あんたにここに座っててもらわないと困るの。私がフライトでいい成績を上げるためにも」
と緋山らしい方法で冴島にフライトナースを続けるよう激励し、それに白石も同調する。
「必要なの、あなたが」
1st SEASON冒頭ではギクシャクしていた女性3人が、このようにして絆を深めていったと思うと感慨深いものだ。
今後もこの3人に注目である。
第6話の解説はこちら