大腸がんの多くは手術によって治療します。
しかし、一部の初期の段階の大腸がんは、手術をせずに内視鏡で癌を削り取って治すことができます。
ポリペクトミーや内視鏡下粘膜切除術(EMR)、内視鏡下粘膜下層剥離術(ESD)と呼ばれています。
全身麻酔で行う手術とは違い、大腸内視鏡(いわゆる大腸カメラ)で癌を切除する治療です。
つまりお尻から大腸カメラを入れ、画面を見ながら腫瘍を切除します。
ではどんな大腸がんなら内視鏡で治療できるのでしょうか?
内視鏡治療のデメリットはあるのでしょうか?
今回は、大腸がんの内視鏡治療について簡単にわかりやすく説明します。
なお、「内視鏡手術」と「内視鏡治療」は全く別物です。
内視鏡手術は「腹腔鏡手術」と呼ぶことの方が一般的で、こちらはあくまでカメラを用いて行う「手術」です。
内視鏡治療は、手術ではありませんので注意しましょう。
目次
どんながんなら内視鏡治療できる?
「内視鏡で治療できる癌かどうか(内視鏡治療の適応)」
はどのようにして決まるのでしょうか。
ポイントは、
「その癌がどのくらい進行しているか」
です。
下のイラストをご覧ください。
大腸の壁は、粘膜層、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜という順に地層のようになっています。
癌は必ず一番表面の粘膜層から現れ、徐々に深く浸潤(しんじゅん)していきます。
内視鏡治療をしても良いのは、
「粘膜下層の浅いところにとどまっている非常に初期の癌だけ」
と「大腸癌治療ガイドライン」で定められています。
ある程度深くまで癌が入っていても技術的には内視鏡でとることはできますが、
「とってはいけない」
ということになっています。
なぜでしょうか?
その理由が、次に説明するリンパ節への転移です。
リンパ節転移とは?
リンパ節は全身のいたるところにある、小さな粒のような組織です。
大腸の周りにも数え切れないくらいたくさんのリンパ節があります。
大腸がんは、粘膜下層の深いところに入った時点でリンパ節転移が約10%に起こるとされています。
リンパ節に転移のある大腸がんを治療するには、癌そのものだけではなく、その周囲にあるリンパ節も一緒に切除(リンパ節郭清)しなければなりません。
これができるのは手術だけです。
内視鏡治療は癌だけをとる治療であるのに対し、手術は癌のある大腸とその周囲のリンパ節を全て切除する治療だということですね。
リンパ節転移を起こすような深い癌に、内視鏡治療だけで治療を終了するとどうなるでしょうか?
少なくとも10%の確率でお腹の中に癌が残っている、ということになります。
これでは治療したことになりません。
「じゃあ治療前にリンパ節転移があるかどうかを調べて、なかったら内視鏡治療をすれば良いのでは?」
と思う方がいるでしょう。
残念ながら、リンパ節に転移があるかどうかを事前に知る方法はありません。
リンパ節転移の有無は、手術してそれをとってみて、顕微鏡で見ない限りわかりません。
治療前には必ずCT検査をして、癌の広がりを確認します。
このときに、明らかに大きく腫れたリンパ節が癌の近くにあれば、「転移の可能性が高い」と判断できます。
ところが、転移したばかりのリンパ節にはまだ大きさに変化が現れていません。
CTの画像で見ただけでは、正常のリンパ節なのか、癌が転移したリンパ節なのか見分けがつかないのです。
そのため内視鏡治療は、
「リンパ節転移の確率がほぼゼロと予想される、非常に浅い癌にしか許されない」
という厳しい条件があるのです。
以上のことから、
「リンパ節への転移がほぼない」と判断できる浅い癌の場合のみ、手術をせず内視鏡治療とする
少しでもリンパ節転移の可能性がある深さの場合は通常の手術をする
というのが一般的な大腸がんの治療です。
進行度で言えば、内視鏡治療の適応は「ステージ0とステージ1の一部」です。
ちなみに患者さんの中には、浅い癌でも最初から手術を選びたい、という方もおられます。
もちろんそういう場合、ご希望に従うのが普通です。
癌がどのくらい深いか?
ここで勘の良い方は、
「浅い癌なら良いと言うけれど、癌がどのくらい深いかを事前に正確に知ることはできるの?」
と疑問に思うのではないでしょうか?
実は、これも非常に難しい問題です。
確実に深さ(深達度)を判定する方法はないからです。
癌の表面の形態(肉眼型)と周囲の粘膜の状態などの所見を見て「癌の深さを予想する」しかありません。
「浅い癌だ」と予想して内視鏡治療をして、とったものを顕微鏡で調べたら、予想に反して深い癌だった、ということが少なからずあります。
そういうときはどうするか?
追加治療として手術を行います。
つまり、
初期の大腸がんと診断されて内視鏡で切除をされたが、顕微鏡の検査(病理検査)で予想以上に深いことがわかり、リンパ節転移の可能性を考えて追加治療として手術もする
という2段階を経る人が必ず一部にいるわけです。
そしてその中に、
「手術をしたけれど、とったものを顕微鏡で調べたら結局リンパ節転移はなかった」
と診断される方がいることになります(転移の確率が低い以上、こういう方が大多数です)。
このとき「やっぱり手術をしなくても良かったんじゃないか!?」と思うのは間違いです。
もし手術をしなければ「癌がお腹の中に残っているかもしれない」という不安を永久に抱えることになります。
「手術をしてリンパ節転移がないことが確認できてよかった」と思うのが正解でしょう。
癌を見て、その癌がどのくらい深いか、リンパ節転移がどのくらいの確率であるか、ということが正確にわからない以上は、あくまで予測で治療方針をたてるしかないのですね。
もちろん、内視鏡の画質は時代とともに良くなり、拡大内視鏡などで観察技術は向上しています。
CTの精度も上がっていますから、事前にかなり正確に進行度を知ることができるようになっています。
正確性を100%にはできない、というだけです。
さて、内視鏡治療についての概要を説明したところで、改めて内視鏡治療の利点と欠点を説明していきます。
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内視鏡治療のメリット
初期の癌のほとんどが治療できる
前述の通り、浅い癌でリンパ節への転移がないものであれば、内視鏡で切除すれば治癒が見込めます。
もちろん癌である以上、治療後も定期的な通院は必要ですが、手術をせずにこのような効果が得られるのは最大のメリットです。
体の負担が少ない
手術の場合、全身麻酔が必要で、お腹に傷がつきます。
手術室で麻酔薬を使って眠ってもらい、気管に管を入れて人工呼吸器で呼吸をサポートしながら麻酔科医の管理のもとで外科医が手術をします。
全身麻酔特有の合併症や、人工呼吸に関連する術後の肺炎、手術による合併症など、それなりにリスクが伴います。
特に直腸がんの手術では、術後に排尿障害(尿が出にくい)や排便障害(便漏れ、頻便)、性機能障害(勃起障害、射精障害など)が現れることがあります。
一方、内視鏡治療は全身麻酔が不要で、かつお腹に傷が全くつきません。
手術に比べて体への負担が非常に少ない治療と言えます。
内視鏡治療は「大腸カメラ」を使って癌を削り取る治療ですから、大腸カメラの延長で受けることができます。
ちなみに、大腸がんの手術を行うのは消化器外科医ですが、内視鏡治療を行うのは消化器内科医です。
つまり内視鏡治療は「内科的治療」です。
人工肛門を免れることがある
肛門に近い直腸がんの場合、手術を選べば永久的な人工肛門になることが多くあります。
手術では、癌の部分を含む一定の長さの大腸を切除する必要があり、低い位置の直腸がんでは肛門も一緒に切除してしまうことになるからです。
一方、内視鏡治療は癌そのものだけを局所的に切除する治療です。
肛門に近い直腸がんでも、肛門を残すことが可能になります。
かつては人工肛門造設が必要だった低い位置の直腸がんでも、現在は人工肛門を免れるようになった、というのは大きな進歩です。
人工肛門について詳しく知りたい方はこちら
内視鏡治療のデメリット
時間がかかることがある
癌の大きさや<部位によっては手術と同じくらい、あるいはそれ以上に時間がかかることがあります。
短いものでは1時間以内に治療が終わりますが、長いものでは3〜4時間以上かかることもあります。
この場合、部位によってはむしろ手術の方が早く終わります。
「手術の方が何倍も時間がかかる」と思っている方が多いかもしれませんが、一概にはそうも言えません。
時間がかかるときは、ご本人の苦痛を考慮して鎮静を行い、眠った状態で受けてもらうこともあります(全身麻酔ではありません)。
場合によっては鎮痛剤(痛み止め)を点滴で投与しながら治療することもあります。
これは通常の大腸カメラでも同じです。
こちらの記事を参照
追加治療が必要となる場合がある
前述した通りです。
内視鏡で切除後、結局手術もしなければならなくなる人が必ず一定数います。
患者さんの中には「最初から手術をしておけば一度で治療が済んだのに」と感じる方は必ずいます。
内視鏡治療を選ぶ場合は、この可能性を必ず念頭に置いておく必要があります。
内視鏡治療特有の合併症がある
内視鏡治療によって癌を切除した時に起こる問題、いわゆる合併症・偶発症が一定の確率であります。
治療を要する大きな合併症は出血と穿孔です。
出血
癌を削り取った際、その近くにある血管から必ず出血を起こします。
この出血を、道具をつかって焼いたり、クリップで留めたりして止血しながら治療を行い、最後に確実に血が止まっていることを確認して治療を終了します。
しかし治療が終わって病室に帰った後、しばらくしてから再度出血し始めるケースがあります。
血管が弱い方や、血をサラサラにする薬(アスピリンやワルファリンなどのような抗血小板剤や抗凝固薬)を飲んでいる方は、特にそのリスクが高くなります。
このときは、再度内視鏡を入れて止血する治療をしなければなりません。
場合によっては大量に出血して輸血が必要になることもあります。
穿孔
癌を削り取ったあと、その部分に穴が開いてしまうことがあります。
これを穿孔(せんこう)と呼びます。
治療をしてから数日たったのちに穴があく人もいます(遅発性の穿孔)。
大腸に穴があくと、大腸の中の便がお腹の中に漏れ出し、重症の腹膜炎を起こします。
多くの場合手術が必要になり、穴が空いた場所によっては人工肛門が必要になることもあります。
手術を回避するために内視鏡治療を選んだのに、結果として腹膜炎の手術をしなければならなくなる人がいるわけです。
可能性は低いものの、一定の割合でこういった合併症が起こるリスクがある治療だということを認識しておくことは大切です。
内視鏡治療の種類
ポリペクトミー、EMR、ESDという3種類の方法を、がんの形によって使い分けます。
ポリペクトミー
茎があるきのこ状のポリープに行います。
スネアと呼ばれる輪っかを首の部分にかけて通電して切り取る治療です。
内視鏡的粘膜切除術(EMR)
茎のない平らな腫瘍に行います。
腫瘍の下側に生理食塩水を注入し、盛り上がった状態にしてから輪っかをかけて切り取ります。
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)
腫瘍の周囲を電気メスで薄く切り、剥ぎ取るようにして切除します。
ポリペクトミーやEMRでは切除できない広い病変に行います。
入院期間はどのくらい?
大腸がんの内視鏡治療は入院で行うことが一般的です。
治療の前日に入院、前日と当日朝に下剤を飲んで排便し、大腸を空っぽにします。
当日は食事ができません。
治療後に問題がないことを確認して退院です。
入院期間は2〜3日です。
ただし、ESDでは上述の治療後のリスクが他の治療より大きいため、入院期間は1週間程度が一般的です。
ちなみに大腸の表面には痛みを感じる神経はありませんので、表面を削り取っても治療後に痛みが出ることはありません。
退院後の注意点
退院後1週間は食物繊維がなるべく少ない食事を心がけてください。
また、お酒や激しい運動も退院後1週間は控えましょう。
それ以後は、自由にこれまでの食生活に戻して構いません。
繰り返しますが、内視鏡治療が適応になるのはごく一部の早期癌だけです。
深く浸潤したがんや、リンパ節転移が明らかながんは最初から手術を行います。
他の臓器に転移していれば、手術を行わないこともあります。
以下の記事もご参照ください。
(参考文献)
専門医のための消化器病学 第2版/医学書院