外科治療に関わる外科医以外の職種には何があると思いますか?
麻酔科医や看護師は簡単に思いつきますね。
それ以外はどうでしょうか?
外科系の医療ドラマを見ていてよく思うのは、「治療に関わる職種が現実よりかなり少ない」ということです。
もちろんこれをリアルにすると登場人物が増えすぎて、筋書きが分かりにくくなるためでしょう。
しかし読者の皆さんには、「外科治療には多くの職種の人たちが関わっている」ということを是非知っておいていただきたいものです。
外科治療は、外科医や麻酔科医、看護師だけでは成立しません。
今回は医療ドラマではあまり描かれることのない、手術前後に関わる外科医以外の大切な職種を簡単に紹介してみます。
※私が専門とする消化器・一般外科を想定して書きます。「手術」は他にも様々な外科医が行うので、領域によっては他の職種が関わることもあります。
理学療法士(PT)
PTは、手術前後のリハビリにおいて極めて重要な存在です。
いくら手術がうまくいっても、最終的な目標は、術後にこれまで通り社会復帰していただくことです。
また消化器領域では、多くの患者さんは高齢者です(消化器癌は中年以上〜高齢者に多いため)。
少しでも油断すると、手術を契機に寝たきりになって生活力を失ったり、認知症が進んだりするリスクもあります。
術後は早い段階でベッドから起きて、積極的にリハビリしていただくことが肝要です。
術後の歩行訓練は看護師が部分的に付き添って行うこともありますが、看護師はリハビリの専門家ではなく、多数の受け持ち患者のケアを同時にこなす必要もあります。
リハビリに注力することはできません。
そこで、リスクに応じてPTにリハビリを依頼することが大切になってきます。
外科医はPTと密に連絡を取り、リハビリが順調に進んでいるか、本人の意欲はどうかなど、積極的に情報収集することが求められます。
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管理栄養士
手術がどれだけうまくいっても、術前、術後の栄養管理が不適切であれば、順調な術後経過は期待できません。
栄養の専門家である管理栄養士に助言を求め、必要に応じて治療に関わってもらうことが大切になります。
管理栄養士は、病状に合わせた栄養、食事形態を考慮し、栄養療法に介入してくれます。
手術を受ける患者さんの中には、肝機能や腎機能が悪い人、糖尿病や心疾患がある人など、様々な持病を持っている人がおり、固有の栄養管理が必要なのです。
また、術後に絶食期間が長くなる恐れがある患者さんに手術を行う時も、慎重な栄養管理が必要です。
薬剤師
比較的大きな病院では、病棟担当の薬剤師がいます。
投薬に関して医師に助言したり、患者さんに服薬指導をしたりします。
入院中に多くの薬を処方される患者さんにとっては、強い味方です。
また、処方した錠剤のサイズが大きく内服に苦労している患者さんがいる、といったケースでは、薬剤師の視点から細粒やOD錠(口の中で溶ける錠剤)への切り替えといった解決策を提案してくれることもあります。
また、鎮痛目的で医療用麻薬を外科医が処方することも多いのですが、この管理にも専門的知識が必要です。
患者さんに話を聞き、適切に痛みのコントロールができるよう、麻薬の量を調節する必要があります。
医師だけではこうした細かな管理に限界があることも多いため、麻薬の管理に薬剤師の専門的な介入は重要です。
言語聴覚士(ST)
私たちの手術前後には、嚥下(えんげ:ものを飲み込む機能)の分野でSTに濃厚に関わってもらうことが多くあります。
例えば食道の手術では、術後に嚥下機能が障害されます。
飲み込みがうまくいかず、唾液や食べたものが気管の方に入り、肺炎を起こすリスクもあります(「誤嚥:ごえん」と呼びます)。
誤嚥のリスクが高い場合は、STに評価を依頼し、ゴーサインが出るまで食事は開始しない、というケースもよくあります。
また、高齢者はもともと嚥下機能が落ちているため、どんな手術でも術後に誤嚥のリスクはあります。
手術がどれだけうまくいっても、術後に誤嚥性肺炎を起こして致命的になることがあるのです。
外科医は適切なタイミングでSTに介入を依頼し、定期的に治療方針についてディスカッションしています。
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臨床工学技士(ME)
医療機器のマネジメントに関わる職種です。
私たち消化器外科医で言えば、ロボット手術や腹腔鏡・胸腔鏡手術でMEの力を借りています。
心臓外科医であれば、人工心肺の管理において、なくてはならない存在です。
医療機器なしでは手術はできませんが、機器のマネジメントについて外科医や看護師は専門知識を持っていません。
私たち外科医にとっては、手術中に「MEさん呼んでー」は日常茶飯事ですが、ドラマで出てくることはあまりありません。
MEは手術以外でも、循環器領域でのカテーテル治療や、集中治療、救急領域での人工呼吸器の管理などにも関わっています。
皮膚・排泄ケア認定看護師
最後に、術後に外科医がお世話になることが多い、皮膚・排泄ケア認定看護師(WOCナース)について書いておきましょう。
消化器・一般外科医は、人工肛門を作る手術をする機会が非常に多いです。
人工肛門の造設は技術的には難しいものではなく、外科医はビギナーの頃から関わることも多い手術手技です。
ところが、患者さんにとってはもちろん「おおごと」です。
排泄の方法が変わってしまうので、日常生活のスタイルは大きく変化します。
慣れない人工肛門を使って排泄物の管理をする必要があり、この手順を入院中に覚えなくてはなりません。
高齢者の場合は、目が見えにくかったり、細かな手先の動作が苦手であることも多いため、家族のサポートが欠かせません。
家族も一緒に練習に参加してもらう必要があり、入院期間はその分長引きます。
ここで排泄ケアの専門家であるWOCナースの介入を依頼することになります。
また、排泄ケアには人工肛門管理だけでなく、便失禁や尿失禁への対応も含まれます。
例えば私たちの領域では、直腸がんの術後に便失禁が問題となることがよくあります。
失禁のある患者さんに対して失禁装具を選択し、日常生活をサポートするのも仕事の一つです。
なお、WOCナースの仕事は排泄ケアだけではありません。
術創の創部感染で創傷治癒に難渋したり、褥瘡(じょくそう:「床ずれ」のこと)ができたりといった皮膚のトラブルにも専門的に介入します。
術後管理においてWOCナースは欠かせない存在ですが、意外と知られていません。
(病院の規模によってはWOCナースが不在のところもありますが)
術前、術後に関わる職種はこれら以外にも多数あります(ケースワーカーやソーシャルワーカー、病棟事務員、手術室の清掃、手術器具の滅菌を行う業者の方々など。消化器外科以外であれば他にも多数)。
外科医が主役の医療ドラマでは、あたかも外科医を頂点としたヒエラルキーが存在するかのように表現しますが、実際はそうではありません。
各々の専門職がそれぞれの知識を生かして手術に関わらなければ、患者さんにベストな治療は提供できないのです。
(※本記事のMEに関する情報は、臨床工学技士兼医療ライターのほっちさん(@m_3s24gk )にご協力いただきました)
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