10月12日から始まったドクターX第5期は、言わずと知れた超人気シリーズだ。
医療ドラマ解説と銘打っている以上、本サイトでこのシリーズを取り扱わないわけにはいかない。
ちなみに本年7〜9月に放送されたコードブルー3rd SEASONの解説記事は、ありがたいことに総アクセスが50万PVを超えるほどの人気であった。
製作段階からプロの救急医が携わるなど、リアルかつ真面目で硬派なドラマだったコードブルーに比べると、ドクターXはかなりエンターテイメント色が強い。
コードブルー解説記事では色々面白おかしくツッコミを入れてきたが、ツッコミが入れられるのは、それ以外のほぼ全てがリアルだったからだと痛感する。
ツッコミたさがあるレベルを超えてくると、もはやコントを見ている気分になる。
しかしこれを「ありえない」と切り捨ててしまうのは良くないだろう。
というのも、ドクターXはご存知の通り視聴率が軒並み20%を超えるほどの人気ドラマ。
橋田賞や向田邦子賞などの受賞歴もあり、作品としての評価も高い。
したがって世間への影響力も強く、
「どこまでが本当で、どこからがフィクションか」
を伝えることは、このサイトの重要な仕事である。
また、そもそもドクターXはエンターテイメント性が強いとはいえ、病気やそれに対する治療にはちゃんと一通りの整合性がある。
たとえば今回、
運転手の車田の心臓に何が起こったの?
心タンポナーデになったのはなぜ?
なぜ大門は2回手術をしたの?
という疑問を感じた方は多いのではないだろうか?
これらには、きっちり筋の通った答えがあるので、今回はまずこれについて解説しよう。
これを読んでもう一度見直せば、きっと話の流れがわかりやすくなるはずだ(以下ネタバレあり)。
冠動脈瘤、心筋梗塞、心タンポナーデはどうつながるか?
療養のため露天風呂に向かうバスに乗り込んだ天才外科医、大門未知子(米倉涼子)。
ところが、そのバスの運転手、車田(松澤一之)が運転途中に心停止で倒れてしまう。
とっさの判断で蘇生処置を行った大門のおかげで、車田は心停止から回復。
偶然にも通りがかりの女性が車で近くの病院に送ってくれ、そこで治療を行うことになる。
さらに偶然にも、その病院にいたのはかつて大門に憧れて外科修業をすべく海外へ留学後、地方に飛ばされていた森本(田中圭)。
心肺停止の原因が心タンポナーデだとなぜか確信している大門は、森本と二人で手術を行う。
しかし医療機器が足りず、完全なオペは不可能な状態。
応急処置にとどめ、近いうちにオペを行うと約束して大門はその場を去る。
さて、心臓は全身の臓器に血液を送り出すポンプである。
しかし、このポンプが動くためには心臓自体にも血液を送る必要がある。
この血液を送っている血管が、心臓をとりまく冠動脈である。
この冠動脈が狭くなるのが「狭心症」。
完全に詰まってしまい、血流がなくなった部分が壊死してしまうのが「心筋梗塞」だ。
この冠動脈が狭くなる、詰まってしまう原因のほとんどは「動脈硬化」である。
いわゆるメタボリックシンドローム(糖尿病、高コレステロール、肥満など)や喫煙がリスクだ。
ところが車田は、この原因が、非常に珍しい「冠動脈瘤」であった。
以下の図を見ていただきたい。
動脈硬化なら、冠動脈の内側にプラークが詰まることで血流が途絶えるが、冠動脈瘤の場合、動脈瘤内にできた血栓が冠動脈に詰まることで同じことが起こる。
しかも、この動脈瘤がリスクとなるのは心筋梗塞だけではない。
破裂することで心タンポナーデを起こしてしまうリスクもあるのだ。
心臓は「心膜」でできた「心のう」と呼ばれる袋に包まれている。
冠動脈瘤が破裂すると、この袋の中に大量に血液がたまるため、心臓が圧迫されてポンプ機能が失われてしまう。
これを「心タンポナーデ」という。
車田は、運転中にこの状態になり、心停止に陥ったということだ。
冠動脈瘤は、心筋梗塞と心タンポナーデの両方のリスクを備えた非常に危険な病気だということである。
術前カンファレンスの際に車田の病状について大門が、
「心筋梗塞を合併した冠動脈瘤」
と説明した理由がこれでわかるだろう。
冠動脈瘤に大門はなぜ2回オペをしたのか?
冠動脈瘤が破裂している以上、そこから下流へは血流がとどかない。
そこで、根治のためにはバイパス術(血流のある他の血管を冠動脈へつなぐ)が必要となる。
しかし、1回目の手術は僻地の病院で、この手術ができない。
そのため大門がとった作戦は、まず剣状突起下アプローチで心膜切開を行い、この心臓周囲に溜まった血液を除去する応急処置である。
これを「心のうドレナージ」と呼ぶ。
剣状突起とは、みぞおちにある小さな骨のこと。
つまりこの骨のすぐ下から皮膚切開し、心臓に到達したということだ。
通常心臓の手術は胸骨(胸の真ん中の骨)を真ん中で縦に割って開胸して行う。
今回は応急処置だけであるため、胸骨を切らずに剣状突起の下のスキマから心臓にアプローチしたわけである。
心膜を切開すると、心のう内から血液が噴出する。
これで心臓のポンプ機能は回復。
そして破裂した冠動脈を縫合するなりして一時的に止血し、1度目の手術を終えたわけだ。
このそれほど技術のいらない1回目の心のうドレナージを見て、マダムクリーンこと東帝大学病院新院長の志村は、
「(大門の)腕をこの目で見ました、実に見事なオペでした」
と大門をべた褒めしたのである。
この応急処置では、大門のすごさの1%もわからなかったはずだ。
何とも不思議なものである。
そして2回目の手術はもちろん、人工心肺を用いて体外循環を行った上でのバイパス手術。
大門のセリフ、
「内胸動脈を剥離、前下行枝にバイパス!」
は、胸の筋肉や骨に血液を送る内胸動脈を、冠動脈の一つである前下行枝につないだということ。
ちなみに冠動脈は、左回旋枝、前下行枝、右冠動脈の3本からなる。
車田の動脈瘤ができていたのは、このうちの「前下行枝」だったということである。
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ロボット手術を遠隔で行うことは可能なのか?
一方、志村の愛人であるジャーナリスト一色(升毅)がトンカツ店で倒れたところに、またしても大門が居合わせ、東帝大学病院に搬送。
原因は巨大な心臓腫瘍であった。
腫瘍が邪魔をして心臓に血液が戻りにくくなり、一時的に意識を失ったのである。
心臓に血液が戻りにくくなると、頸静脈が交通渋滞を起こして張ってくる。
これを「頸静脈怒張」という。
倒れた一色を見て、大門は即座にこれを見抜いたわけだ。
志村は、愛人である一色のオペを、アメリカの世界的権威ジャイケル・マクソン教授に依頼することに決める。
本人はアメリカにいた状態で、大陸を横断する遠隔操作でテレサージェリーを行うというのである。
手術は心臓腫瘍を切除するもので、それによって欠損した心臓の真ん中の仕切り(心室中隔)を人工的なパッチで塞ぐというもの。
腫瘍が大きすぎるため途中で志村は「インオペ」を宣言するが、大門が乱入、見事に完遂してしまう。
「インオペ」とは「inoperable(インオペラブル)=オペできない」という意味。
進行しすぎて手術で取りきれない癌に対して使う言葉だ。
そもそもこういうロボット手術は可能なのか?
と思った方が多いかもしれない。
これについて簡単に解説しておこう。
ロボット手術の現状
ドラマでは「コロンブス」という名前だったが、現実に使用している手術ロボットは「ダヴィンチ」である。
そもそもロボットでの遠隔手術は、安定した通信技術が確立していないため実用化は程遠い。
また、今回のように途中でロボット手術が続行できなくなった場合、開腹手術や開胸手術に切り替える必要があるため、常に執刀医が近くにいる必要がある。
何かあったときに遠く離れた場所から、
「グッドラック」
と言って済むのなら誰も苦労しない。
手術を行う医師には、それだけの責任が伴うということだ。
今後も、よほどのことがない限り遠隔手術が実用化することは難しいだろう。
それどころか、日本ではそもそも前立腺と腎臓の悪性腫瘍にしか保険が通っておらず、ロボット手術のほとんどは泌尿器科手術である。
(追記:2018年以後、他に12種類の手術が保険適用となった)
胃癌や大腸癌にロボット手術を行っている施設も一部にあるが、全て患者さんの自費であるため、数百万円の治療費を負担できる人だけが受けている。
心臓手術はさらにわずかである。
また、ロボット手術に参加する外科医は、数日間のトレーニングコースを受講しなければならない。
私も新幹線で2往復し受講したが、これだけのことができる施設は多くなく、まだロボット手術自体の普及は不十分である。
この点については、今回のドラマは全く非現実的であるということを覚えておこう。
さらにいえば、ジャイケル・マクソン教授が座っている操縦席の造形はもはやコントである。
確かにロボット手術は、患者さんから1、2メートルほど離れた場所にいる執刀医が操縦席に座って行う(もちろん同じオペ室で)。
だが、双眼鏡のような機械を覗き込んで、本人にしか見えない3Dモニターを使って行っている。
この奥行きのある視野が、通常の腹腔鏡や胸腔鏡では得られないロボット手術の利点なのだ。
モニターの前にドカッと座って、
「その位置から何が見えるの?」
というほど画面から遠いところで手術をし、ひとたび出血したら、
「オー、カモーン」
などと言われると、もはやギャグである。
ちなみにロボット手術で画面に血液がかかることはしょっちゅうあり、その都度助手がカメラを引き抜いて、拭いて綺麗にする。
これは通常の腹腔鏡手術や胸腔鏡手術でも同じことだ。
血液だけでなく、徐々に曇ってきたり脂肪が付いたりするので、カメラは手術中に何度も出し入れするのが普通である。
そういう意味でも「カモーンじゃなくてカメラ拭いてくださいだろ!」と強く言いたくなるほどテキトーすぎる手術である。
というわけで、結局最後は志村が不倫報道で失脚し、蛭間(西田敏行)が院長に復帰。
マダムクリーンによって一度は禁止された「御意」も使い放題ということで、今後の展開に期待である。
コードブルーと違ってどのくらいニーズがあるか分からないが、解説を続けていこう。
第2話の解説はこちら
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