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ドクターX 5期 第2話感想|胆のう癌肉腫、肝膵十二指腸同時切除はリアルか?

ドクターX第2話もまた、仰天のぶっ飛んだ展開であった。

基本的にドクターXの医療シーンは、

「3割くらいは本当、残りは全部嘘」

と思いながら見てもらうのが良い。

医療ドラマにしては「おふざけ」が過ぎるのだが、全体的に漂うコントっぽい雰囲気のおかげで何となく許せてしまうのがドクターXの特徴だ。

 

今回のストーリーではおそらく、

胆のう癌肉腫とはどういう病気なのか?

肝膵十二指腸同時切除は本当にあるのか?

ATPによる術中の心停止は本当に行うのか?

と疑問に思った方がいるのではないだろうか?

 

一体どこまでがリアルでどこからがフィクションなのか?

今回は消化器が専門の領域なので、ここでしっかり説明しておこう。

 

ゆとり系外科医の発案はすごいのか?

東帝大学病院総合外科の新人医師4人は、院長回診をすっぽかす、5時になったら帰る、など揃いも揃って「ゆとり系」

その中で最も秀才とされる伊東(野村周平)もまた、医療に対して熱意はないが知識だけは豊富で、先輩外科医に対しても尊大な態度を見せていた。

そんな折、息子のため、院長である蛭間(西田敏行)に実弾(菓子折りの底に札束)を持ち込んだ伊東の母、不二子が院内で吐血して卒倒してしまう。

検査の結果、胆のう癌肉腫という極めて珍しい病気であることが判明。

術前カンファレンスで、「肝外胆管切除を伴う拡大肝右葉切除」を行うことを提案する海老名(遠藤憲一)に真っ向から反対したのが何と伊東。

伊東は、癌が十二指腸に浸潤しているため肝膵十二指腸同時切除が必要と主張する。

これに対して大門(米倉涼子)も同意。

一同はどよめく。

 

胆のう癌肉腫に対する肝膵十二指腸同時切除は世界初。

これが成功すれば東帝大学病院の名が上がると喜ぶ蛭間は、大門に手術をさせないため執刀医に伊東を指名する

手術書を読み込んで手術に挑んだ伊東だったが、寝不足のせいか途中で大量出血を起こしてあえなく降板。

結局ATP投与によって1分半心停止させて止血し、リリーフで手術に入った大門はたった5時間でこの手術を終わらせる

 

さて、まず不二子の病気である胆のう癌肉腫は確かにまれな疾患である。

だが肝膵十二指腸同時切除は、大きな病院であれば年に1〜2回は行う、全くまれではない普通の手術

しかも胆のうの悪性腫瘍が原因で吐血している不二子を見た時点で、私がまず考えたのはこの術式だ。

そのくらい普通である

 

どういう意味か?

順に説明していこう。

 

胆のう癌肉腫とはどういう病気か?

胆嚢にできる悪性腫瘍は、普通は「胆のう癌」である。

だが体の中には悪性腫瘍ができても「癌」と呼ばない臓器がいくつかある

たとえば、骨にできた悪性腫瘍は「骨癌」ではなく「骨肉腫」という。

これは、悪性腫瘍が大きく「上皮系」と「非上皮系」に分けられ、「上皮系」の悪性腫瘍のみを「癌」と呼び、「非上皮系」を「肉腫」と呼ぶからである

上皮系、非上皮系の説明は本題から逸れるので割愛するが、本来「上皮系」の臓器である胆のうに、非上皮系の成分が混ざって悪性化したものを「胆のう癌肉腫」と呼ぶと考えれば良い。

「癌と肉腫が混在している」

という猪又(陣内孝則)の説明は、そういう意味だ。

そして胆のう癌肉腫は、確かに日本で40-50例程度しか報告のない、非常にまれな疾患である。

しかも治療は非常に難しく、予後も極めて悪いとされる疾患。

ここまでは全くドラマのストーリー通りである

 

一方、肝膵十二指腸同時切除は色々な病気で行う手術だ。

その理由をわかりやすく説明しよう。

 

十二指腸と膵臓の頭(膵頭部)はくっついていて容易に離れない

よって、

(膵頭部付近の)十二指腸に癌ができる

膵頭部に癌ができる

他の癌が十二指腸または膵頭部に浸潤する

といったケースでは、手術としては膵頭部と十二指腸を同時に切除する以外に方法はない

お互いくっついている臓器を、片方だけ取ることができないからだ

これを膵頭十二指腸切除術(PD)と呼ぶ。

 

昔は十二指腸につながる胃まで大きく切り取っていたが、近年では胃の機能を残すため、大部分の胃を温存する。

この術式を、

「亜全胃温存(あぜんいおんぞん)膵頭十二指腸切除」

と呼ぶ。

手術が始まってすぐに伊東が使った言葉である。

「亜全胃温存」とは、「ほぼ全ての胃を温存する」という意味だ。

 

さて、これに肝切除を追加すると「肝切除を伴う膵頭十二指腸切除術 (HPD)」となるが、これを今回の放送では「肝膵十二指腸同時切除」と呼んでいる。

どういう時に肝切除を追加する必要があるか?

考えれば簡単なこと。肝臓にも癌が及んでいる場合である。

 

以下の図を見て、

肝臓

胆のう

十二指腸

膵頭部

の位置関係を確認してみてほしい。

 

たとえば、

十二指腸の癌が肝臓にも浸潤する

膵頭部の癌が肝臓にも浸潤する

胆嚢や胆管の癌が肝臓と十二指腸に浸潤する

というケースが起こりやすいことは、よくわかるのではないだろうか?

それぞれが近い位置関係にあるからである。

今回のケースは、胆嚢の癌が十二指腸と肝臓に浸潤しているケースで、癌がある程度進行すれば十分起こりうる。

 

そもそも、胆嚢癌肉腫で不二子が吐血したのは、十二指腸に癌が及んでいたからだ。

十二指腸の表面が癌に侵されているからこそ、十二指腸内に出血し、それが胃へ逆流し、口から出てきたのである

吐血後の内視鏡検査で「十二指腸浸潤が疑わしい」となった時点で十二指腸の合併切除は避けられない。

したがってこの時点で「HPD」を考える

外科医なら当然の発想である。

術前カンファレンスでは、内視鏡画像やCTなど様々な検査所見を全医師が確認する。

これらの検査所見を見て、伊東と大門以外誰も適切な術式が分からないうえに、HPDが伊東の「発案」などと言われ、さらに成功すれば会見まで開く病院

もう私の方がテレビの前で卒倒しそうである

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ATPで心停止はアリなのか?

なしです。

以上。

 

で終わるとこのブログの意味もないので一応説明しておこう。

ATPは頻脈性不整脈を止めるために使う薬だが、これで一時的な心停止を引き起こすことは、大動脈瘤のステント治療等で行うことがある。

だが、出血時に心臓を止めるなどさすがにもってのほか

 

今回伊東が傷つけて出血させたのは下大静脈だった。

ちょうど先週のコウノドリの解説でも説明した、お腹を通る最も太い静脈だ。

大きな癌の手術中などで下大静脈から出血することはありうるが、普通はしっかり抑え込んで出血をある程度下火にした上で縫合閉鎖すればよろしい

それが難しいなら損傷部の上下で下大静脈をクランプ(遮断)するなど、他にも方法はいろいろある。

実際、下大静脈に傷がつくと大出血を起こすため、実際の現場では助手が二人で術野展開と血液の吸引術者が止血しやすい場を全力で作る、というのが普通。

さすがに全員がぼんやり見ているのは不思議すぎる光景である。

 

観音開き法とは?

原「君たちわかるよね?噴門側胃切除後の再建方法は?」

若手たち「普通ならダブルトラクト法」「ダブルトラクト法やな」

伊東「いや、この場合だと観音開き法という選択肢もある」

原「それはないない!」

大門「観音開き法でいくよ」

原「そのとおーり!伊東くん大せいかーい!」

さて最後に、冒頭で出てきた伊東の秀才っぷりを描くシーン。

観音開き法の手術は、大門のセリフも非常にリアルだったので簡単に説明しておこう。

大門が行なったのは噴門側胃切除(ふんもんそくいせつじょ)という、早期胃がんに対する手術

胃の入り口である噴門付近にできた癌を切除するために行う、胃の上半分を切除する手術だ。

 

普通に考えれば、切除したあと上にある食道と残った下半分の胃をつなぎ合わせれば良いということになる。

だがこれだと胃液が食道に逆流し、逆流性食道炎を起こすリスクがある

噴門は、胃と食道の間で胃液の逆流を防いでいる関所のようなものだ。

これを切除してしまうのだから、胃液の逆流は当然である。

 

そこでこの逆流を防ぐために、つなぎ目(吻合部)に噴門に代わりになるような「関所」を新たに作る必要がある。

これを「噴門形成」と呼び、噴門形成の一つの方法に「観音開き法」がある。

胃液の逆流防止のために、小腸を直接持ち上げて小腸と食道をつなぐダブルトラクト法でも良い

したがって、ダブルトラクト法ではなく観音開き法を選んだ根拠として、

「逆流性食道炎のリスクを考えてってことですよね?」

のセリフは誤りだ。

伊東が大門にずいぶんイキがって言っていたが、噴門側胃切除の再建法としてダブルトラクト法を選んでいる病院もあるので、誤解のないようにご注意を。