ドクターXでは、地位や名声のある医師はいつも愚鈍であり、アウトローな反体制の実力主義者はいつも正しい。
これは最終回まで徹底されていた。
せいぜい3人いればできるようなオペに大勢で入ろうとした医師たちに、術後管理を怠るなと正論で注意した蛭間(西田敏行)が、
「クソジジイ」
と怒鳴りつけられるほどである。
これを見てファンはスッキリしているのかと思うと、相変わらず医療者を「微妙な気持ち」にさせてくれるドラマだ。
今回は、進行食道癌と後腹膜肉腫という、「まれではない」二つの病気が登場した。
いずれも同じ病気の人がたくさん我が国にはいると思われ、これを見てどんな気持ちになるのか、消化器を専門とする私は少し不安になる(いずれも消化器外科医の担当する病気)。
もちろん誰しもドラマと割り切って見ているのだとは思うが、一応いつもどおり、
実際はどうしているかは解説させていただきたいと思う。
つまり、
進行食道癌や後腹膜肉腫でも、腕の良い外科医なら手術で助かるのか?
進行した後腹膜肉腫は、海外でオペを受ければ助かる可能性があるのか?
といった疑問に真面目にお答えしてみようと思う。
今回のあらすじ(ネタバレ)
日本医師倶楽部会長の内神田(草刈正雄)は、ステージ4aの進行食道癌に侵されていた。
癌は大動脈に広く浸潤し、大門(米倉涼子)でなくては手術できない。
だが内神田はその立場上、東帝大病院と敵対関係にあるフリーランス外科医の手を借りるわけにはいかないと手術を拒んでいた。
そこで執刀を指名されたのは西山(永山絢斗)。
だが大門は内神田の病状を知り、自分しかオペできないと主張する。
内神田のオペを絶対に失敗させるわけにはいかないと考える蛭間は、西山が執刀したことにして大門がオペを行う手はずを整えたのだった。
ところが大門本人の身体にも重度の病気が潜んでいたことが発覚する。
大動脈に浸潤するほど進行した巨大な後腹膜肉腫であった。
すでに腹部に強い痛みを訴えるほどであり、師匠の神原(岸部一徳)からは、すぐにボストンに飛んで優秀な外科医たちの手術を受けるよう指南される。
しかし大門は患者ファーストの精神から、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)を使いながら手術を行うことを決意する。
そして手術当日、痛みを押して現れた大門は内神田のオペを見事成功させ、その直後に卒倒する。
これほどの苦境にも負けず、患者に全力を尽くした大門に感銘を受けた東帝大病院の外科医たちは、全力で大門を救うことを決意。
執刀に名乗りを上げたのは腹腔鏡の魔術師こと加地(勝村政信)だったが、大門が執刀を指名したのは西山だった。
大門を尊敬し、これまで間近で大門の腕を見てきた西山なら自分を救えると判断したからだ。
結局西山は大門さながらの見事な腕を見せ、大動脈合併切除、人工血管置換を行い、大門を救命したのだった。
進行食道癌は実際はどう治療するのか?
食道癌は、私たち消化器外科医にとっては極めて厳しい、予後の悪い癌の代表的存在である。
リスク因子はアルコールと喫煙。
すなわち食道癌は生活習慣に起因したものが多い。
内神田が患っていたステージ4の食道癌は、5年生存率が12.2%と、とにかく予後が悪い。
外科医の腕の良し悪し以前に、手術以外の治療でどこまで攻められるかを考えるべきステージである。
ステージ4の食道癌に対しては、どれほど腕の良い外科医が果敢に取り組み、仮に切除できたとしても、再発する可能性が極めて高い。
技術的に取り切れても、これほど進行していれば目に見えない癌細胞が胸の中に残る可能性が高いからである。
そこでまず、術前治療として化学療法と放射線治療を組み合わせ、腫瘍の縮小を目指す。
これが世界的な標準治療となっている。
もし腫瘍がうまく縮小し、手術で目に見えないレベルまで全て取り切れる、という勝算があれば初めて手術を行うことになる。
逆に術前治療を行っても手術の勝算がなければ、手術を行ってはいけない。
患者さんの身体にいたずらに傷をつけ、寿命をさらに短くするからである。
実際、技術的に切除できない癌はほとんどない。
今回の症例でも、大動脈に浸潤しているならそこを合併切除し、人工血管で繋ぎ合わせれば良い。
だが問題は、これが患者さんの寿命を延ばすことに繋がるかどうかだ。
今回のようなケースだと、いきなり手術を行っても癌を目に見えないレベルまでゼロにできる可能性は極めて低いため、高い確率で短期間で再発する。
一方で、このような食道癌の拡大手術は患者さんに与える体力的な負担が非常に大きい。
日常生活に復帰するのに月単位の時間がかかる。
もしこの体力の落ちた時期に再発しても手術は不可能、抗がん剤治療や放射線治療ももちろん不可能。
目の前の癌に対して治療の手立てを全く失うことになる。
患者さんが衰弱していくのを、指をくわえて見ているだけになる。
手術が患者さんの命をかえって縮めてしまうということだ。
これほどに外科医として歯がゆく、悔しいことはない。
癌を残さず確実に取り切れる、という状況でなければ手術に挑んではいけない理由は、以下の記事でも解説しているのでご覧いただきたい。
大門の後腹膜肉腫もまた、大動脈、腹腔動脈、上腸間膜動脈に浸潤する巨大な腫瘍だった。
腹腔動脈は、胃や肝臓に向かう太い血管。
上腸間膜動脈は、十二指腸や膵臓、小腸、大腸の一部などへ向かう血管である。
いずれも癌が浸潤すればほとんどのケースで「インオペ(手術不能)」。
さらに大動脈に浸潤すれば、外科医が決して手を出してはいけない段階だ。
理由は同じ。
やはり患者さんの命を逆に縮めてしまうからである。
よって同じく治療は、化学療法や放射線治療ということになる。
ただ後腹膜肉腫は、化学療法や放射線治療が効きにくい。
残念ながら治療をしても予後が厳しいのが現実だ。
いずれの腫瘍も、ドラマのように外科医が腕を磨いて治せるのならどれほど良いか、と思う。
現実は、患者さんにとっても外科医にとっても、はるかに厳しく、辛く、残酷だ。
ちなみに、欧米に行けば日本で切除できない癌を切ってもらえるか、というと全くそんなことはない。
消化器領域では日本人外科医は世界トップクラスである。
手術以外の悪性腫瘍の治療においても、日本は世界の最先端であり、欧米に行かずとも母国で最良の治療が受けられる。
この点には注意していただきたいと思う。
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私が共感した大門のセリフ
今回の大門のセリフで私が非常に共感したのは、
「どんな医者でも患者になってみるべきだね。患者になるって意外と怖い」
だった。
確かに、私自身が全身麻酔手術を受けて初めて気づいたことはたくさんあった。
まず全身麻酔の前はものすごく怖い。
薬で突然意識を失うわけだから怖いのは当たり前なのだが、実体験のなかった私はそれまで、ニコニコして患者さんに「大丈夫ですよ!」と言っていた。
そして、術後はしんどい。
全身麻酔手術の翌日など、身体は重いし歩くのも辛い。
私はそれまで患者さんには、
「どんどん歩いてください。リハビリが大切です!」
とややスパルタな声かけをしていたように思う。
さらに、ナースコールを押すのはかなり気を遣う。
看護師さんが忙しい中、こんな些細なことでコールして良いのだろうかと思ってしまう。
それまでは患者さんに、
「何かあったらナースコール押してくださいね!」
と軽い気持ちで言っていたのだが、そう簡単でもないことに気づいた。
そして最後に、患者は医師にあまり本当の気持ちを伝えない。
こんなことを言うと迷惑ではないか?
ある程度痛みは我慢した方が良いのではないか?
と気を遣うので、正直な気持ちは伝えにくい。
おまけに担当医師は忙しそうで、話したいことがたくさんあっても一部しか伝えられない。
よって術後は毎日不安である。
私はこの体験を経て、外科医として大切なことを知れたと感じている。
普段はやや傲慢な外科医である大門も、今回の入院、手術を経て、腕だけではない患者思いの外科医に変わっていくのではないかと勝手ながら想像している。
というわけでドクターX第5期の解説はこれにて終了。
これほど解説に苦心したドラマもなかったが、少しでも誰かの役に立てていれば幸いである。
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