新刊「医者が教える正しい病院のかかり方」11月28日発売

ドクターX 5期 第9話解説|鬼門となった舟状骨骨折と新たな技術の導入

手と足は、小さな骨がたくさん集まってできているのが特徴である。

手の骨は手首から先だけで27個、足の骨は足首から先だけで26個もある。

特にその根元に並んでいる小さな骨たちはそれぞれ、その特徴的な形を由来にした名前がついている。

これらの名前は国家試験に出題されるため、私たちは必死で語呂合わせを使って覚えるものだ

中でも、何年経っても忘れてはいけない骨が、「舟状骨(しゅうじょうこつ)」である。

まさに船のような形をした小さな骨。

なぜ忘れてはならないのか?

今回のあらすじを振り返ってじっくり解説してみたいと思う。

 

今回のあらすじ(ネタバレ)

麻酔科医、城之内(内田有紀)の娘が通うバレエ教室の仲間、九重遥は選考会を目前に控える中、足の痛みに悩んでいた。

祖父の節郎(大友康平)とともに東帝大病院に訪れた遥は幸い、余分な骨が炎症を起こす「有痛性外脛骨」と診断され、大事には至らないと説明される。

ところが大門(米倉涼子)は、痛みの原因は「舟状骨骨折」であり、整形外科医の診断の誤りを指摘する。

治療にはネジを挿入して固定する手術と、その後ネジを抜く手術の合計2回が必要。

治療には半年かかるため選考会は諦めざるを得ない。

だが何とか選考会に間に合わせたい大門は、患者自身の骨で作ったネジを使い、1回で手術を終えるという名案を思いつく。

遥の祖父、節郎が町工場を営んでいるところに大門は目をつけ、ネジの製造を依頼。

町工場にはもうしばらく動かしていない旧式の機械ばかり。

しかし節郎は、手術の日まで必死で骨ネジを作るための機械を作り上げ、手術室に持ち込むことに成功する。

結果として大門は節郎のおかげで、手術中に遥の脛骨を用いたネジを手に入れ、手術を成功させてしまう。

 

さながら池井戸作品を彷彿とさせるような、中小企業の親父のモノづくり精神

旧式の機械を使って大手メーカー以上のものを作り上げ、孫を救う。

ドラマには最適のテーマである。

 

実際外科領域は、こうした工学系の技術によって発展してきた。

20年前の外科医が今の時代にタイムスリップしたら腰を抜かすであろうほど、医療機器はものすごい速度で発達している。

その機器の発達が外科医の腕を磨いてきたといっても良いだろう。

今回の話も夢があって良い。

だが、今回のように大門が名案を思いついたとして実現まで何日かかるか?

ドラマの世界なら数日だったが、現実では、残念ながらおそらく半年以上はかかるだろう。

今回はこの舟状骨骨折と、新たな医療技術の導入がどれほど大変かについて解説してみたいと思う。

 

舟状骨骨折の怖さ

冒頭でも書いたように、舟状骨(手にも足にもある)だけはその名を整形外科医でなくとも忘れず覚えているものである。

なぜなら、その骨折の診断が難しいことで有名だからだ

レントゲンでも見つけにくい上、症状が軽いことも多く、今回のように骨の炎症と診断されることもある。

後遺症によって訴訟となった事例もあるため、ある意味「鬼門」の外傷といえるだろう。

 

また今回出てきた、自分の骨を削り取って別の部位に移植する「自家骨移植」というのも実際行われている。

今回のドラマで最初に大門が行なったように、腸骨(腰の骨)を使ったものが多いようである。

たとえば腕の骨折などで、何らかの理由で治りが悪くて自然にくっつかず、何ヶ月経ってもグラグラのままになってしまうことがある。

これを「偽関節(ぎかんせつ)」という。

本来関節ではない部分に曲げ伸ばしが可能な新たな「関節」が生まれるようなものだからである。

自家骨移植は、こうした偽関節の治療手段の一つである。

 

今回のように自家骨をネジにできれば、本来金属製のネジや針金で固定が必要な部位に応用できる。

実際こういう研究もされているようで、夢がある治療である。

ところが、これを臨床の現場で誰かが思いつき、それが理屈の上では実現可能で、かつ腕の優れた職人が現れたとしても、決してすぐには実現はできない

なぜだろうか?

これが新たな治療導入の難しさである。

広告

 

臨床の現場に新たな治療を導入すること

臨床の現場で新たな治療法を患者さんに受けてもらうのは、実はものすごく大変である。

手術に限らず、「新しい抗がん剤の組み合わせ」といった既存の薬を用いたものですら、そうである

 

まず、「臨床研究」という形で導入する必要があるため、研究プロトコールを作成し、これを病院内で倫理委員会の審査に通さなければならない

このプロトコール作成がかなり大変である。

数十枚に及ぶ膨大な書類を、日常診療の合間を縫って必死で作成することになる

誰がやるか?

一般的には、その新たな治療を提案した医師である(今回なら大門)。

 

プロトコールには、

既存の治療ではなぜダメなのか?

新たな治療を導入することにどういう意義があるのか?

動物実験等で、安全性は確認されているのか?

など様々な内容を記載する。

審査を公正に行うため、倫理委員会は外部の人を入れて構成する必要があり、弁護士や一般人なども含まれる。

当然ながら、他職種の人に専門的な治療導入の必要性を理解してもらうのは大変である

そして倫理委員会からの指摘に合わせてプロトコールを修正し、ブラッシュアップする。

この繰り返しで試験開始までに数ヶ月かかることもある。

 

さらに、患者さんからこの臨床試験に参加することの同意を得なければ、その新たな治療は導入できない。

これまで誰もやったことのない新たな治療で、安全性の証明もまだ不十分

これにあっさり同意してくれる患者さんは、決して多くはない

今回であれば、

「バレエの選考会は諦めるので、これまで安全にできている普通のやり方でやってください」

というのが最も予想される答えだろう。

 

ちなみに、整形外科領域の手術は、「超清潔」と言ってもいいくらいの高度な清潔さが要求される

特に人工関節などの治療では、わずかな細菌の混入によって術後感染を引きおこし、それが命に関わるリスクがあるからである。

よって整形外科医は実は、みなさんが想像するような外科医の姿で手術をすることはない

わかりやすいホームページを見つけたので、参照してみてほしい(飯塚病院整形外科のHP)

まさに「宇宙服」である。

これがオペ室でよく見る整形外科医の姿である。

町工場の地下に眠っていた旧式の機械は、清潔さからは程遠く部品を手術室に入れるのも断られそうな勢いである。

 

ちなみに手術では金属製の道具を使うことも多いが、これらは毎回オートクレーブ(高圧蒸気滅菌)というかなり特殊な滅菌を施してから使用している。

100℃を超える温度で数十分間加熱する作業である。

これは整形外科に関わらず全領域の外科手術で使う道具で同じように行う処置だ。

そのくらい、手術の「清潔さ」に求められるレベルは高いのである

 

というわけで来週はいよいよ最終回。

ぜひ最後までお楽しみください!