もし、あなたの周りに胃癌の手術を受けたことがある人がいたら、どんな手術を受けたか尋ねてみてください。
「胃を全部とった(全摘した)」
「胃を3分の2ほど取った」
のどちらかではないでしょうか?
胃癌は小さなものから大きなものまで様々にあるのに、「胃を少しだけ切り取った」という人はいないはずです。
なぜでしょうか?
今回は胃癌の手術について解説したいと思います。
胃癌は、日本や韓国、中国などアジアに多く、欧米には非常に少ない病気です。
特に日本は「胃がん大国」と言われるくらい胃癌患者が多い国です。
理由はピロリ菌の感染率が高いことだと言われています。
ピロリ菌について知りたい場合はこちら
こうした歴史から、胃癌の手術は日本や韓国が世界をリードしており、海外から日本の病院に手術を勉強しに来る医師も多くいます。
胃癌は、ごく初期の段階で見つかれば手術をせずに内視鏡で治療することができますが、ある程度進行すれば手術が必要で、胃癌治療の中心はやはり手術です。
どんな手術をするのでしょうか?
これから順に解説していきましょう。
難しい話はありませんので安心してください。
胃癌の手術
胃癌の手術方法は大きく分けて二つあります。
腹腔鏡手術と開腹手術です。
手術時間はやや腹腔鏡の方が長くかかる傾向がありますが、体型や癌の進行度によって大きく差があるため一概には言えません。
おおむね、ですが腹腔鏡手術で4〜5時間、開腹手術で3〜4時間が目安です。
次に手術の傷についてですが、以下の図をご覧ください。
開腹手術ではお腹の真ん中に20cmほどの大きな傷が縦に入ります。
一方腹腔鏡手術では、5mmから1cmの小さな穴が5箇所ほど空きます(病院により様々です)。
切除した胃を取り出すため、通常はへそを3〜4cmほど広げますが、それでも小さな傷で済みます。
腹腔鏡手術の利点は、小さな傷で手術ができるため、術後の痛みが軽く、体の回復も早いということです。
腹腔鏡手術を受けた方は、手術翌日から病棟内を歩いておられるケースが多いですが、開腹手術の場合は、スムーズに歩けるのは2、3日経ってからという印象です。
しかしいずれも1週間ほど経てば同じように回復しますので、この段階では服を着ていればどちらの手術を受けたかわからないほどです。
「痛みが楽で回復が早いのなら、全員腹腔鏡でやればいいのでは?」と思いませんか?
しかし実際には、胃癌に対しては腹腔鏡手術がおよそ3割程度、残りの約7割は開腹手術です(閲覧可能なNCDデータに基づく)。
ではこの二つの手術をどのように使い分けているのでしょうか?
どんなときに腹腔鏡手術を行うか
先ほど書いたように、腹腔鏡手術の割合は全国的には3割程度ですが、病院によってその割合は様々です。
病院によっては9割以上を腹腔鏡で行う、というところもあります。
腹腔鏡手術をどのくらい行うかは、以下の二つの要素によって決まります。
一つは、病院の人員と機器、もう一つは癌の進行度です。
病院の人員と機器
胃癌に対する腹腔鏡手術は、2006年に王貞治氏が受けたことで世間に広く知られました。
その頃は先端治療と考えられ、まだ導入していない病院も多くありました(ほかの病気に対しては腹腔鏡手術を行っていても胃癌に対しては行っていない、という意味です)。
最近は、腹腔鏡を専門的に行う技術を持つ外科医が増えたこと、腹腔鏡手術に必要な機器が揃ってきたことで、徐々に適用する病院が増えています。
病院にこれらの条件がどのくらい整っているかで、どのくらい腹腔鏡手術を適用できるかが決まります。
癌の進行度
腹腔鏡手術を胃癌に対して行う場合は、早期胃癌が主な対象です。
進行癌に対する安全性も、経験上ほぼ証明されていると考えても良いのですが、まだデータは不十分という認識が主流です。
腹腔鏡手術に卓越したエキスパートがいる施設では、進行癌に対しても開腹手術と同じか、それ以上の質の高い手術を行っていますが、そうでない施設では腹腔鏡手術の適応は慎重に決めよう、というのが現在の考え方です。
手術の目的はあくまで「小さな傷で手術をすること」ではなく、「癌をきっちり治すこと」です。
それぞれの病院が「癌をきっちり治す」のに適した方法を選べば良く、受診した病院の方針に任せるのが良いでしょう。
もちろん、腹腔鏡手術で始めたもののお腹の中を見てみたら「予想より癌が進んでいた」という場合や、「やっぱり開腹手術の方が安全だ」と考えられる場合は、途中で開腹手術に切り替えることもあります。
「癌を治すこと」「安全に手術を行うこと」が大前提ですから、こういう柔軟性は大切です。
では次に手術の具体的な内容を説明しましょう。
胃をどのくらい切除するの?
胃癌の手術では主に、「胃を全部摘出する」か「胃を2/3ほど切除する」のどちらかです(もちろん例外もありますが)。
「小さな癌なら、その部分だけ胃を切り取ればいいのではないか」と不思議に思う人がいるのではないでしょうか?
実際には癌の大きさに関わらず、広い範囲を切除しなければなりません。
どうしてでしょうか?
理由は二つあります。
一つは、胃を小さな形で切り取ると胃が変形して動きが悪くなり、食べた物をうまく貯留したり十二指腸へ送り出したりすることができなくなることです。
そしてもう一つ。これがもっと重要な理由です。
胃癌の手術では、癌そのものだけでなく、胃の周囲にあるリンパ節を根こそぎ取らなければならないことです。
胃とリンパ節を一緒にとる必要がある
胃の周囲にはリンパ節と呼ばれる小さな粒のような組織があります。
胃癌はある程度進行すると、癌細胞がリンパの流れに乗って周囲のリンパ節に転移します。
したがって、胃癌を治療するためには、癌がある胃だけでなくその周りのリンパ節を一緒に切除する必要があります。
リンパ節は全身に数え切れないほどありますが、もちろんその全てをとるわけではありません。
癌の位置によって、どの部分のリンパ節に転移しやすいかがわかっていますので、「ここまでのリンパ節はとりましょう」というルールがあるわけです。
胃の周囲には、胃に栄養を送る血管が何本かありますが、リンパ節はそれぞれの血管にまとわりつくように存在しています。
リンパ節を摘出するためには、そのリンパ節がまとわりつく血管も切除する必要があります。
血管がなくなるとその血管が支配していた胃の領域への血流がなくなりますので、その部分の胃も切除しなくてはなりません(置いておくと腐ってしまいます)。
そのため、癌がある部分よりも広い範囲で胃を切除しなくてはならなくなるのです。
ここで勘の良い方は、こう思うのではないでしょうか。
「事前にリンパ節の転移があるかどうかを調べて、転移があるものだけを選んで摘出すれば、胃を十分に残せるのではないか?」
残念ながらそれはできません。
リンパ節に癌がいるかどうかは、見ても触ってもわからないからです。
とってみて顕微鏡で観察する(病理検査をする)しか、確実なリンパ節転移の診断はできないのです。
ですから、これまで蓄積したデータから、癌の位置によって「ここまでのリンパ節は転移する可能性があるのでとりましょう」というルールが決まっています。
そのルールに従い、「転移が疑わしいものも、そうでないものも、決まった範囲は全部取る」が基本になります。
一つも癌を残すわけにはいかないからです。
胃を全部とるか、あるいはどこから3分の2をとるかといった、胃のどの部分を切除するかは、「癌の位置によってどこまでのリンパ節を摘出する必要があり、そのためにどこまで血管を切らなくてはならないか」によって決まるというわけです。
重要なのは「癌の位置」ですので、重症だから胃を全部とる、というわけではありません(具体的には、胃の入り口付近にできたものは、早期癌であっても胃全摘になることが多いです)。
さて、胃を切除して、そのまま手術を終わってしまったら食事ができません。
したがって切った残りをつなぎ合わせる必要があります。
これを再建と呼びます。
胃癌の手術は、「切除」と「再建」の2段階で成り立っていることになります。
胃の再建とは?
胃の再建方法にはいろいろな種類があります。
たとえば、胃の出口を3分の2切り取る「幽門側胃切除術」の再建方法だけでも大きく分けて3種類(ビルロート1法、2法、ルーワイ法)、さらに細かくわけるともっとたくさんあります。
どれが確実に一番良い、というのはありません(あればそれに統一されているはずです)。
それぞれに利点、欠点がありますが、病院によって得意としている再建方法がありますので、病院の方針に任せるのが良いでしょう。
それぞれの術式の再建方法は非常に多くあり、少し専門的な話になりますのでここでは詳しくは述べません。
病院では必ず、その病院で行っている再建方法をイラストを提示して説明されますので、それを見るのが最もわかりやすいでしょう。
胃を切ると食べたものを貯めておく袋がなくなるか、小さくなります。
当然これまでと食事習慣を変えなくてはなりません。
どのようなことに注意すれば良いのでしょうか?
胃癌の術後の注意点については、こちらをご覧ください。
(参考文献)
消化器外科専門医へのminimal requirements/MEDICAL VIEW