グッドドクター第2話では「新生児壊死性腸炎」が描かれました。
個々の治療に関してまで遵守すべき病院のガイドラインがあるなど若干違和感を覚える設定もありましたが、手術シーンはリアルで見応えがありました。
特に高山の手術中のセリフには専門用語が多かったのですが、外科医にとっては、
どんな病態だったか?
どんな手術が行われたか?
が非常に明快で分かりやすかったと言えます。
今回は、高山のセリフを解説するとともに、新堂湊が見抜いた病態についてわかりやすく解説してみます。
今回のあらすじ
16歳の高校生が学校で破水し、緊急出産。
25週で生まれた赤ちゃんは、壊死性腸炎を発症していました。
無理して手術をしても9割は死亡させてしまう、との予測から、保存治療(手術なしの内科的治療)が選択されます。
病院では、こうしたケースでは手術をしないことがガイドラインとして定められているから、でした。
ところが、湊(山崎賢人)は高校生に、
「高山先生なら助けられる」
と、手術を勧めるような発言をしてしまいました。
勝手な行動を高山(藤木直人)や瀬戸(上野樹里)から叱られた湊は、
「みんな病気の人を助けるためにお医者さんになったんじゃないんですか?なのにどうして助けちゃダメなんですか?」
と純粋な思いを告げます。
そんな中、赤ちゃんの腸管が蠕動している様子を湊が腹部エコー(超音波)で発見。
腸管が温存できる可能性を考慮し、NICUで手術が行われることになりました。
ここでも湊は、豊富な知識で手術方法について外から助言し、高山や瀬戸を助けます。
コミュニケーションは苦手でも、医学的知識が豊富な彼の能力が、今回も遺憾なく発揮されたのでした。
壊死性腸炎と手術の流れ
壊死性腸炎の手術に踏み切った理由
壊死性腸炎とは、腸への血流が障害され、それに細菌などの感染が加わることで腸が壊死する病気です。
妊娠32週以下の早産児や、出生時の体重が1,500グラム未満の赤ちゃんに起こりやすいとされています(注)。
病気の進行状況によっては手術が検討されることもあります。
今回の放送では「赤ちゃんの体力を考えるとオペは危険すぎる」と判断されていました。
健康な腸管は、エコーで見るとウナギのように常に動いています。
食事が通っていなくても、腸管は絶えず蠕動するからです。
ところが、腸管の血流が悪くなると蠕動が停止し、全く動かなくなってしまいます。
今回は、湊が腸の中のガスが動いていることから蠕動が回復していることを知り、救える腸管がある可能性を考慮して手術を提言したのでした。
腸管壊死から破裂へ
腸管壊死が起こると、腸管の壁は徐々に黒ずんできます。
そのうち腐った壁に穴が空いてしまいます。
湊が、
「小腸が破裂しています!早く手術しなければいけません!」
と言ったのはこのことを指しています。
腸管に穴が開くことを穿孔(せんこう)と呼びますが、これが起こると「穿孔性腹膜炎」と呼ばれる、命に関わる病態に発展します。
胃や小腸、大腸の中は細菌だらけなので、これが腹腔内に漏れ出すと、重篤な感染を起こしてしまうからです。
腹腔内は、以下の図のように「腸の壁」という薄い1枚を隔てて、「非常に不潔なエリア」と「無菌のエリア」が隣り合っているのです。
どんな手術が行われたか?
NICUで行われた手術は、高山のセリフから推測するに、
小腸部分切除、小腸人工肛門造設、小腸瘻造設、Tチューブ留置、バイローマのドレナージ
と思われます。
「???」で大丈夫です。
それだけグッドドクターの手術シーンがきっちり医学的に説明できる、と書きたいだけです。
ドラマを見て何となく「もやもや」した方がいらっしゃるはずなので、簡単に説明しておきましょう。
まず壊死してしまった腸は元には戻らないため、切除が必要になります。
小腸は栄養を吸収する大切な臓器なので、全て切除してしまうと人は生きていくことができません(厳密には高カロリー輸液という方法がありますが割愛します)。
よって、
「どのくらい小腸を残せるか?」
が、あの場での小児外科医たちの懸念材料だったわけです。
瀬戸が手術中に不安そうに言った、
「壊死範囲が広いですね」
のセリフの意味はこれで分かりますね。
手術の冒頭、高山が、
「トライツ靭帯の下方30センチ先からほぼ壊死!壊死部を切除する」
と言い、その後、瀬戸の、
「長く残せましたね」
という発言がありました。
トライツ靭帯は小腸の始まり(厳密には十二指腸と空腸の境目)なので、上流は30センチ残せたようです。
さて、消化管(食べ物の通り道)は口から肛門まで一本道です。
小腸を切除するだけで手術を終えると、胃液や腸液が腹腔内に「ダダ漏れ」状態になります。
そこで、上流と下流をつなぎ合わせたい(吻合)のですが、今回は腹膜炎を起こし、腹腔内が非常に不潔な状態になっています。
いくら洗っても一時的には元の無菌状態にはできず、小腸を丁寧につなぎ合わせてもくっつきません。
こういうケースでは、たとえ話として、
「指の切り傷を縫い合わせたあと泥水につけておくと傷が開いてしまうでしょう?それと同じです」
と私はよく患者さんに説明します。
よって、腹腔内の炎症が落ち着くまで吻合は保留です。
一旦、上流と下流を人工肛門として皮膚の外に出し、落ち着いてから吻合を試みるわけです。
高山が、
「ストマ造設に移る!」
と言いましたね。
「ストマ」とは「人工肛門」のことです。
(下流部分は肛門ではない(排泄される口ではない)ので、正確には「小腸瘻(ろう)」と呼びます)
さあ、いよいよマニアックになってきました。
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バイローマを見抜いた湊
さらにここから複雑な現象を湊が発見します。
「バイローマ」です。
bile(バイル)は胆汁(たんじゅう)。
oma(オーマ)は腫瘍や腫瘤(しゅりゅう=できもの)のこと。
つまり「バイローマ」は「胆汁の塊」です。
「ドクターX」でガーゼをお腹の中に残して腫瘍のような塊になったものを「ガーゼオーマ」と呼んでいましたね。
胆汁は脂肪の分解を助ける消化液で、肝臓で作られ、胆管を通って十二指腸に流出します。
細かくエコーを操作し、胆汁が漏れて腫瘍のような塊を形成しているのを湊は見抜いていたのです。
なぜ胆汁が漏れたのか?
その説明は詳細にされませんでしたが、
「胆管を縫合してチューブを挿入する」
という説明があったことから、胆管の壁が傷つき、そこから胆汁が腹腔内に漏れていたのでしょう。
胆汁は漏れて時間がたつと、このように丸いドロドロの塊を形成します。
気づかずに放置して閉腹してしまうと、あとで感染して腹膜炎を起こしてしまうため、湊は慌てて高山に伝えに走ったのです。
そして高山は、
「バイローマを切除する!」
と言って、これを除去したのですね。
手術の流れを簡単に説明してみましたが、やはりなかなか複雑でしたね。
レジデントにありがちなミス
グッドドクターでは、湊は自閉症でコミュニケーションが苦手、という設定です。
前回は患児に病状を包み隠さず伝えてしまったり、今回は赤ちゃんのお母さんに科の方針に反する治療を提案してしまったり、という行為が描かれました。
ただ、今の所こうしたミスは自閉症が原因というより、レジデントとして現場経験の浅い医師にはありがちな間違い、という印象を受けます。
(レジデントについては「若手医師の呼び方|フェローと研修医、レジデントの意味の違いとは?」参照)
例えば、今回の湊のセリフ、
「みんな病気の人を助けるためにお医者さんになったんじゃないんですか?なのにどうして助けちゃダメなんですか?」
というのは、純粋な正論に見えます。
こうした思いが先走って患者さんに情報の伝え方を誤り、かえって不安にさせてしまう。
ドラマほど大げさではないにしても、多かれ少なかれ医師はビギナーの頃に似た過ちをしばしば経験します。
湊にとっての「患者さんを助ける」は、「病気を治療する」という限定的な定義を持つ言葉です。
しかし私たちが「助ける」と言うときは、
「総合的に見て患者さんにとってプラスになる医療行為を行う」
という意味でなくてはなりません。
時に、治療しないことが患者さん(あるいはその家族)にとって最善の選択肢であることもあります。
10%の可能性にかけて手術をするより、保存的治療で守りに入った方が患者さんにとってベター、ということもあります。
私たちの感覚では、患者さんを「助ける」「救う」とはそういう広い意味を持っています。
湊は若きレジデントとして、これからこうした部分を徐々に学んでいくのでしょう。
ここは「自閉症かどうか」とは無関係に、外科医としての成長が描かれる、ということだと思います。
今後が非常に楽しみなドラマです。
引き続き、難しそうな部分はこのブログで解説していきます。
消化器領域になるとややマニアックになりがちですが、ご容赦ください。
(※私は小児外科医ではないため、成人に対する感覚で書いている部分があります。間違いがあればご指摘ください)
第3話の解説はこちら!
(注)日本小児外科学会HP「壊死性腸炎」