グッドドクター第7話では、卵巣奇形腫と抗NMDA受容体脳炎という病気が登場しました。
あまり知られていない病気ですが、ドラマ中でも丁寧な説明があったため、理解はしやすかったかと思います。
今回、外科的な視点でキーとなったのは、卵巣奇形腫に対する「迅速病理診断」でした。
手術中に良性か悪性かを診断し、これによって卵巣を全摘出するかどうかを決める手立てとなった重要な検査方法です。
今回も病気の説明とともに、外科医から見た手術のリアリティについて解説しておきたいと思います。
卵巣嚢腫の捻転とは?
今回の患者さん、倉田菜々子(福田麻由子)は、かつて瀬戸(上野樹里)が担当した患者でした。
8センチを超える巨大な卵巣嚢腫の捻転により、卵巣摘出手術が小児外科で行われた経緯があります。
卵巣嚢腫は卵巣に袋状の塊ができる病気です。
小さいものは症状がないため、他の目的で行った腹部CT検査や手術で偶然見つかることもあります。
私たちのような腹部の手術を専門とする医師は、このように偶然小さな卵巣嚢腫に出くわすことは非常によくあります。
小さなものは特に治療は必要とされませんが、今回のように大きなものは捻転や破裂のリスクがあります。
「捻転(ねんてん)」とは、ねじれることを意味する言葉。
卵巣捻転とは、卵巣が根元でねじれて血流障害に陥り、卵巣が壊死してしまう病気です。
強い腹痛が生じ、手術によって卵巣摘出が必要となります。
菜々子はかつて、この卵巣捻転によって一方の卵巣を摘出された状態だったわけですが、今回もう一方の卵巣に奇形腫が見つかることになります。
そのきっかけとなったのが、抗NMDA受容体脳炎という病気でした。
抗NMDA受容体脳炎とは?
「脳炎」とは、読んで字のごとく、脳に炎症が起こる病気です。
一般的な脳炎の症状としては、頭痛や発熱、意識障害、けいれん発作などがあります。
炎症の原因は様々で、ウイルス感染もその一つです。
当初、瀬戸はこれを疑い、抗ウイルス薬を投与したが改善しなかった、という話がありましたね。
しかし実は今回は「自己免疫」が原因の脳炎でした。
本来「免疫」とは、体外から侵入してきた異物(細菌やウイルスなど)を排除するための機構です。
例えば、あるウイルスに感染すると、このウイルスを攻撃できる「抗体(こうたい)」と呼ばれる物質を作って二度と同じウイルスにかからない体を作ることができます。
このような異物から体を守る仕組みを総称して「免疫」と呼んでいます。
ところが、自分の臓器や組織を異物と「勘違い」して攻撃してしまう病気があります。
これらを総称して「自己免疫疾患」と呼びます。
例えば、自分の関節を構成する物質を攻撃してしまう「関節リウマチ」や、自分の膵臓を構成する部分を攻撃してしまう「1型糖尿病」など、例を挙げると数え切れないほどたくさんあります。
今回登場した抗NMDA受容体脳炎は、脳にある「NMDA 受容体」と呼ばれる部分に対する抗体ができてしまうもの。
これが抗NMDA受容体抗体で、今回髄液検査で検出された抗体ですね。
今回の放送でもあったように、抗NMDA受容体脳炎は、卵巣奇形腫を合併していることが多いとされます。
どうやら、卵巣奇形腫の神経組織に対して産生される抗体が脳内に侵入し、NMDA 受容体に結合、その機能を障害する、と考えられています。
(複雑な病気ですが、簡単に説明するとこのような形です)
卵巣奇形腫とは、卵巣腫瘍の一種。
多くは良性ですが、一部に悪性のものも含まれるため、手術によって切除が必要となります。
今回は、すでに一方の卵巣が摘出された患者さんだったため、可能なら卵巣を温存しよう、という意図で手術が計画されました。
ここで用いられたのが「術中迅速病理診断」でした。
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卵巣奇形腫と術中迅速病理診断
手術中に腫瘍の一部をとり、病理診断科が顕微鏡で検査、診断する方法を「術中迅速病理診断」と呼びます。
これに対し通常の病理診断は、外科医が摘出した腫瘍や臓器をホルマリンにつけて提出し、これに様々な処理をして詳細に検査され、数日〜1週間以上かけて診断をつける、というものです。
しかしこの方法だと、今回のように「良性か悪性かによって手術の方法を変える」ということができません。
そこで、手術中に良性か悪性かだけを「迅速」に判断する、という方法が別に必要になるわけです。
「迅速」とはいえ、検体に様々な処理をして慎重に診断する必要があるため、数十分はかかります。
これだけの時間、手術の手を止めてじっと待っている、ということはあまりなく、その時間でできる他の処置を行うのが一般的です。
私たちも通常、手術のどのタイミングで術中迅速病理に検体を提出すれば、待っている間に手持ち無沙汰にならないか、念入りに計画します。
なお、術中迅速病理診断は、この診断一つで術式が変わることもあるため、患者さんの運命を握っているとも言えます。
病理医は自分の診断にこれだけ重い責任を負うことになるため、実際には今回のドラマのように、
「悪性です」
というようなシンプルな報告で済まされることはありません。
細胞の見た目の様子や性質等も含め、「悪性と診断した根拠」をかなり丁寧に外科医に説明してくれるのが一般的なのです。
ちなみに、重箱の隅をつつくようですが、菜々子が手術室に運ばれる時、横で瀬戸たちが手洗いをしているシーンは、実は変です。
患者さんが手術室に入室してから全身麻酔がかかるまでには様々な準備が必要で、30分〜1時間はかかります。
入室のタイミングで手洗いをしてしまうと、それ以後手術の準備に参加できなくなります。
手術室の端で準備もせず30分以上突っ立っていることになり、麻酔科医の先生や看護師に叱られてしまうでしょう。
そこで普通は全身麻酔がかかってから、体位を調節するなど準備を整え、さらに体に消毒をして、それからようやく手洗いです。
私は患者さんに全身麻酔がかかるそのタイミングで、患者さんの横について手を握り、
「目が覚めた時には終わっていますからね。がんばりましょう」
と言うのが習慣です。
入室するタイミングで手洗いをしてしまうと、こんなこともできなくなってしまいますね。
というわけで今回は、少し難しかった病気の説明と、手術のリアルな部分とそうでなかった部分の解説をしてみました。
いよいよ残すところ3話。
引き続き、展開が楽しみです。
(参考文献)
日本小児外科学会HP「胚細胞性腫瘍・奇形腫群腫瘍」
「抗NMDA受容体抗体脳炎の臨床と病態」(臨床神経, 49:774-778, 2009)
第8話の解説はこちら!