グッドドクター第8話では、医師は患者さん自身だけでなく、その家族との関係まで踏み込んで治療を考えなくてはならない、という大切なテーマが描かれました。
グッドドクターの舞台である小児外科(あるいは小児科)では、患児の兄弟や両親との関係を常に意識しながら診療する必要があります。
しかし、家族を常に意識しなくてはならない、という点は、実は相手が成人であっても高齢者であっても同じです。
私たちは、患者さんが病気になったことがきっかけで家族関係が悪化するケースを非常にしばしば経験します。
今回はこうした観点から、私の考えを書いてみたいと思います。
また今回、悪性ラブドイド腫瘍という疾患と、肝腫瘍の破裂に対する緊急手術が描かれました。
こちらについてもいつも通り、リアルだった点とそうでなかった点を、外科医の視点から解説してみましょう。
今回のあらすじ
今回の患児、陽翔くんは、肝臓に発生した悪性ラブドイド腫瘍を患っていました。
抗がん剤治療を目的として入院していましたが、途中で腫瘍から出血。
吐血したことがきっかけでこのことに気づかれ、緊急手術となります。
陽翔くんの母親は陽翔くんの治療に専念するため、わざわざ病院の近くまで引っ越し、毎日のように病院に通いつめていました。
無理がたたって帰宅時に倒れ、頭部を打撲して大怪我を負うことも。
弟の治療で転校を余儀なくされ、母親のいない毎日を過ごさなくてはならなくなった兄の翔太くんは、生活の制限から精神的にストレスを感じていました。
弟が病気になったせいで、自分は毎日辛い思いをしている-
こうした背景から陽翔くんに声を荒げることもあり、家族に気を遣った陽翔くんが腹痛や吐血の自覚症状を隠していたため、腫瘍破裂に気づかれるのが遅れたのでした。
肝腫瘍が破裂し、出血していたため緊急手術を行うことになります。
しかし主治医の高山(藤木直人)は別の手術中。
ここで執刀医を務めたのが間宮(戸次重幸)でした。
肝臓手術の経験が豊富であることを知っていた湊(山崎賢人)が、間宮に執刀を強く依頼したからです。
手術は難渋したものの、間宮の適切な手術で陽翔くんは無事救われました。
ラブドイド腫瘍と、吐血が不自然な理由
成人にできる肝臓の腫瘍は、
肝臓自体から発生する肝細胞癌
と、
胃や大腸など他の部位にできた癌が転移して起こる転移性肝癌
が大半を占めます。
一方、今回のラブドイド腫瘍とは、多くは1歳未満の乳児期に発症する、小児慢性特定疾病の対象にも含まれる頻度の低い疾患です。
腎臓や肝臓、脳など、体のあらゆる部位に発生しますが、原因は明らかになっていません。
手術や抗がん剤などを組み合わせて治療を行いますが、腫瘍が完全に摘出できないケースでは予後が悪いとされています。
今回は、肝臓の端にできた腫瘍が破裂し、出血したことがきっかけで緊急手術が必要と判断されました。
肝細胞癌の破裂例も時に見られますが、大量に出血した場合は腫瘍の摘出が必要となるケースが多く、緊急手術を行うのが一般的です。
(時にカテーテルを用いた治療を行うケースもあります)
肝臓の腫瘍が破裂すると、通常出血するのは腹腔内、つまり「お腹の中のフリースペース」です。
よって腹痛や腹部膨満感といった症状や、貧血で気づかれるケースが普通で、吐血することは普通ありません。
医療ドラマでは、「吐血」すなわち「血を吐く」という描写が重症感が伝わりやすいためよく見られますが、あくまで吐血は消化管に出血しない限り起こりません。
つまり、食道や胃、十二指腸に大量出血したケースです。
今回は肝臓からの出血ですので、これが吐血につながるなら、肝臓から胆管を通って十二指腸に出血し、それが逆流した、という非常に不自然なケースを考えなくてはなりません。
ここは、医学的にはやや違和感を持ったポイントです。
間宮が行なった手術とは?
今回の肝腫瘍摘出を湊が間宮に依頼したのは、間宮が肝臓手術の経験が豊富であることを知っていたからでした。
それを示す湊のセリフとして、
「(かつて間宮は)プリングルの術式を用いて肝臓破裂の患者を救っています」
というものがありましたね。
肝臓は焼肉のいわゆる「レバー」ですが、まさに「血管の塊」とも言える臓器です。
スパッとメスを入れて切ってしまうと、大出血を起こして止血できなくなってしまいます。
そこで、様々な止血用の道具を用いて細かい血管を処理しながら、少しずつ少しずつ切り進めていくのが肝臓切除術です。
これをスムーズに行うため、肝臓に向かう太い血管を肝臓の入り口部分で遮断しておいて、出血を抑制しながら肝臓を切る、という手法がよく用いられます。
これを「プリングル法」と呼びます。
湊が言ったのはこのことですね。
肝臓に流入する血管は、肝臓の玄関である「肝門部」を通って肝臓に入るため、ここを遮断してしまえば肝臓を切る際の出血を最小限に抑えられる、というわけです。
これは、「間宮の技」という説明では少し違和感があるほど、ほぼ誰もが普通にやる手法で、至って簡単にできます。
むろん、手術中に説明されたように、小児の場合は大きな開腹がしにくい、という制限がありますから、成人に対するよりは遥かに難しいでしょう。
途中で腹腔鏡を使う、という間宮の柔軟な判断が光りましたね。
ちなみに緊急手術の場合は、今回のように主治医以外の医師が手術することもしばしばあります。
入院中の患者さんが急変し、予定外の手術が必要になる、というケースは私たちもよく経験します。
突然のことなので、主治医が外来中だったり、他の手術中だったり、休暇を取っていたりすることもあります。
主治医の手が空いていれば手術に入りますが、そうでない時は他のメンバーが手術に入ります。
基本的には、「この人にしかできない」という手術は限られているため、外科医が複数いれば大きな問題にはなりません。
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治療には家族の協力が必要
今回のストーリーを自分の話につなげると小児科の先生に叱られるかもしれません。
しかし家族のことを常に意識しなくてはならないのは、成人患者を対象とする私のような医師も同じです。
家族の一員が入院し、長期間治療を受けることになれば、家族全員が何かを我慢し、それぞれが自分の生活をある程度制限する必要が出てくるからです。
患者さんが急変したり、新たな薬を始めたり、リスクを伴う検査をしたり、といった際、ことあるごとに家族は病院に呼ばれます。
時間を調整し、医師から頻繁に説明を聞くことになります。
手術になれば、朝から晩まで病院に詰めることもあります。
入院中は、医師や看護師などの医療スタッフだけでは全ての患者さんの細かな日常生活をカバーできません。
やはり病状によっては、定期的に家族の来院が必要、と説明せざるを得ないケースもあります。
そして退院し、外来通院が必要となれば、そうした負担はもっと重く家族のメンバーにのしかかります。
入院をきっかけに、もともと生活が自立していた高齢者が介護が必要になるケースもしばしばあります。
そして残念ながら、家族が病気になったことが原因で、家族間がぎくしゃくし、関係が壊れることも非常によくあるのです。
今回の瀬戸のセリフにあった、
「病気は当事者の問題だけじゃない。その家族の人生も時に大きく変えてしまう」
というのはまさに、私たちが日々実感していることです。
こうした家族との関係や、家族の住む場所、家族構成などの因子が、どんな治療をどう行うべきか、といった方針を決める際に極めて重要になります。
治療方針は、患者さんが持つ病気そのものだけで決めることはできないのです。
これは、私たち医師が患者さんと関わる時に常に意識しておくべきポイントなのですね。
医療ドラマはフィクションではありますが、今回のように多くの情報を発信すべき良い題材になります。
次はどんなテーマが現れるか、非常に楽しみなところです。
(参考文献)
小児慢性特定疾病情報センターHP「悪性ラブドイド腫瘍」
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