グッドドクター第9話では、水頭症に対する困難な手術と、短腸症候群に対する小腸移植がテーマとして選ばれました。
手術シーンのメインとなったのは、水頭症に対する「脳室腹腔短絡術(VPシャント)」と呼ばれる手術です。
そしてこの手術が困難だった理由は、虫垂炎による腹膜炎を過去に起こしていたこと。
そして、手術中に急変した理由は、肺塞栓症。
いわゆるエコノミークラス症候群でした。
これだけ厄介な疾患が組み合わさり、それをあっさり乗り越えてすぐに元気になっている、というのはドラマの世界の特徴ではありますが、病態自体は現実的です。
流れが速く、どんな治療が行われたのか分かりにくかった、という方も多いかもしれませんが、実は全く難しくありません。
今回も分かりやすく図解付きで解説してみたいと思います。
今回のあらすじ
脳外科から小児外科に、ある患者の相談が入ります。
滝川亮平という高校生、バスケの練習中に頭を打撲したことが原因で水頭症を起こしていました。
状態は徐々に悪化しており、意識障害が生じるリスクもある状態。
通常なら脳内に過剰に溜まった脳脊髄液をお腹の中(腹腔内)に流す手術を行う必要があります。
ところが、亮平は過去に腹膜炎を起こしたことがあり、腹腔内に強い癒着が予想され、この方法が難しいと判断されていました。
治療法を探す小児外科チームでしたが、残念ながら亮平は意識障害を起こして倒れ、緊急手術が必要となってしまいます。
事前に上腹部には癒着が少ない可能性に気づいた瀬戸(上野樹里)の判断で、肝臓の裏側から脳脊髄液を流すスペースを無事に見つけます。
しかし、手術中に突然亮平の呼吸状態が悪化。
肺塞栓症を起こしてしまったからでした。
結果的に手術中に血栓除去を行い、当初の予定通り手術を終えることに成功したのでした。
腹膜炎と腹腔内の癒着とは?
今回は、非常に重要な疾患がたくさん登場しました。
流れを改めて振り返ってみましょう。
まず、かつて亮平は虫垂炎による腹膜炎を起こした経験があります。
虫垂炎は、大腸の一部である盲腸にくっついた虫垂に炎症を起こす病気です。
虫垂炎を「盲腸」と呼ぶこともありますが、これは誤りです。
「盲腸」は大腸の部位の名前、「虫垂炎」は病名です。
虫垂炎は、初期の段階であれば虫垂を手術で切除することで治癒します(軽いものは抗菌薬(抗生物質)で治療することもあります)。
ところが、治療が遅れると虫垂に穴が空き、内部の細菌が腹腔内に広がることで腹膜炎を起こしてしまいます。
ひどい場合は、腹腔内の広い範囲に炎症を起こし、大きな手術が必要となることもあります。
亮平はかつてこの「穿孔性虫垂炎」を起こしていた、という設定だったということです。
問題はそれだけではありません。
腹腔内に広い範囲で炎症を起こすと、腸管同士や腸管とお腹の壁が広くくっついてしまいます。
これを「癒着(ゆちゃく)」と呼びます。
これは、傷が治る過程でどうしても起こってしまう現象です。
腹膜炎でなくても、一度でも開腹手術を受けた人は、必ずお腹の中で癒着を起こします。
分かりやすい例で言えば、すり傷にガーゼを貼っていると治る過程で浸出液がたくさん出て、ガーゼと傷がくっつくようなイメージです(あくまでたとえです)。
私たちも手術をするときは、二度目、三度目の開腹手術となるケースでは、お腹の中のひどい癒着を剥がすところから始めなくてはなりません。
初めてお腹の手術をする人と比べ、数時間余計に時間がかかることもあります。
通常ウナギのように自由に動き回れるはずの小腸が、全てべったりくっつき、大きな団子のようになっていることもあります。
まさに亮平のお腹の中はそうなっていたのですが、虫垂炎による腹膜炎であれば、下腹部の癒着のみであることが普通です。
今回も、瀬戸がその可能性に気づき、上腹部にスペースを見つけることができたのですね。
むろん、虫垂炎しか既往がない以上これは当たり前のことで、治療法を懸命に探していた割には解決策はあまりにシンプルすぎるものでしたが…。
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水頭症とその治療、シャント術
水頭症とは、脳をひたしている「脳脊髄液」という液体が、頭蓋内に過剰にたまってしまう病気です。
脳脊髄液は、1日に約500ml作られますが、一度に貯められる容量は150ml。
なぜ、あふれないのでしょう?
例えば温泉に行って、お湯につかるときを想像してみてください。
必ず湯船の端っこには送水口があり、お湯が絶えず注がれていますね。
しかし何時間浸かっていてもお湯があふれることはありません。
排水溝から同じ量だけお湯が出て、循環しているからです。
脳脊髄液も絶えず循環しており、1日に3-4回は入れ替わっていることになります。
この脳脊髄液にとっての送水口にあたる部分、つまり脳脊髄液を産生している場所が脳室(側脳室)です。
以下の図のように、脳の内側には脳室と呼ばれる空間があり、ここの内部で作られた脳脊髄液が、脳のすきまをくぐって頭蓋内を広がります。
(正確には脊髄も満たすので、頭蓋内と、背骨と並行してお尻まで至る脊髄を包む空間)。
さて、湯船の排水溝をふさいだらお湯があふれてしまうのと同じように、脳脊髄液も出口をふさぐと頭蓋内であふれかえってしまいます。
出口だけでなく、脳脊髄液が脳室から出ていく道の途中のどこかで事故がおこれば、その上流は交通渋滞を起こして液が過剰に溜まり、内側から脳を圧迫して意識障害を起こします。
今回のケースでは、この「事故」がバスケ中の頭部外傷だったのですね。
途中で通り道がふさがっていても、脳脊髄液は常に産生され続けるからです。
ドラマ上であった、「脳室が拡大している」という説明の意味はもう分かりますね。
そこで、たまった脳脊髄液をどこかに逃がしてあげる必要があります。
よく用いられるのが、「脳室腹腔短絡術(VPシャント)」。
脳室からお腹の中まで細いチューブを通し、脳脊髄液をお腹(腹腔内)に流す治療のことです。
手術中に「シャント」という言葉が出てきましたが、これは「VPシャント」のことですね。
瀬戸の案で無事にこの手術が行われ、脳室ドレナージ(脳脊髄液の除去)が行われたのでした。
ところが、ここで再び大きな問題が発生します。
肺塞栓症です。
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肺塞栓症(エコノミークラス症候群)とは?
長い時間足を動かさず同じ姿勢でいると、足の血流が悪くなり、静脈内に血栓ができてしまいます。
足を動かしたり、立ち上がったりして圧迫が解除されると、血栓が血流に乗り肺の血管に詰まってしまう。
これが肺塞栓症です。
時に突然死することもある危険な疾患です。
飛行機のエコノミークラスで足を動かさずじっと座って移動し、目的地に到着して立ち上がった瞬間に意識を失う、という典型的な経過から「エコノミークラス症候群」という「あだ名」で呼ばれることもあります。
亮平は、バスケ中の転倒で腰を打撲し、脊髄損傷(腰髄の損傷)によって両足が麻痺した状態でした。
まさに、両足を全く動かせない状態、つまりエコノミークラス症候群のハイリスクだったのですね。
他にも、寝たきりの方や、全身麻酔手術後に横になっている時間が長い方、足の手術を受けて長期間足が動かせなくなった方などに起こるリスクがあります。
病院では、こうしたリスクの高い方には血が固まりにくくする薬を投与したり、足に専用のマッサージ器をつけたりしてもらいます。
これだけ行っても完全に防止することはできず、常に身近で気をつけなくてはならない疾患です。
なお、現実的には、手術中にこうした致死的な病気が起こればまず間違いなく手術中止です。
今回ならすぐに閉腹し、脳室から脳脊髄液をひとまず緊急でドレナージ(除去)して時間をかせぎ、一旦手術を終えて肺塞栓症の治療に専念するのが良いでしょう。
当然、患者の命が優先です。
ドラマのように、一か八かで迷う余地はない、というのが現実でしょう。
というわけで、今回は長々と治療の経過を解説してみましたが、ご理解いただけたでしょうか。
ラストでは、亮平に恋心を抱いていた、湊(山崎賢人)の担当患者である短腸症候群の伊代が、肝硬変であるという衝撃の事実が発覚します。
実は、短腸症候群と肝障害は密接に結びついた疾患です。
その理由は、次回、最終回の解説で分かりやすく説明しましょう。
(参考文献)
イヤーノート2016/MEDIC MEDIA
最終話の解説はこちら!