グッドドクター最終回は、やや急ぎ足、かつ少し「盛り込みすぎ」な感は否めなかったものの、結末は感動的なものでした。
当初は、不適切な説明で患者さんを怒らせたり、コミュニケーションが苦手なせいで組織にうまく溶け込めなかった湊。
しかし最終的には、その素直な性格が病院の生き残りのきっかけまでも作ることになりました。
さて、最終回のメインは、脳死肝移植と生体小腸移植手術でした。
この描写がどのくらいリアルであるか、実際はどのようにしているのか、分かりやすく解説したのち、私の感想を書いてみたいと思います。
肝小腸同時移植はリアル?
短腸症候群で入院していた森下伊代(松風理咲)は、肝硬変を患っており、肝機能の悪化により肝移植が必要な状態でした。
しかし、それより前に小腸移植も必要とされていたため、肝臓と小腸の同時移植が必要となってしまいます。
当初、伊代の姉から小腸を移植する予定でしたが、加えて、肝臓を提供してくれる別のドナーを探すことになります。
結局、東郷記念病院に溺水で搬送され、脳死状態となった少女、吉本美咲(古川凛)が肝移植のドナーとなったのでした。
今回行われた「肝小腸同時移植」については、日本でもいくつか症例報告があり、十分ありえる展開です。
術後の記者会見はさすがにあり得ませんが、症例報告として論文発表をすれば、日本の雑誌には採用される、という程度でしょう。
肝移植は、普通は移植外科医(肝臓外科医)が行います(主に大学病院で、一部市中病院でも行われている)。
普段は小児外科医として腸閉塞(イレウス)などの一般的な腹部疾患の手術を行なっている外科医が、突然肝移植をやる、というのは難しいでしょう。
一般的には、かなり経験を積んだチームが、年間を通して定期的に行なっているケースがほとんどです。
外科医以外にも、麻酔科医や術後管理に参加する集中治療医、肝移植後の管理に慣れた病棟看護師の存在も欠かせません。
逆に言えば、これらの部署からストップがかかれば、仮に医師に良い腕があっても肝移植を行うことは決してできません。
なぜなら、肝移植は、手術も術後管理も極めて大変だからです。
手術も術後も大変!
今回ドラマでは、移植術後にあっさり一般病棟で会話できるようになっていましたが、実際には肝移植は術後こそ大変です。
必ず一定期間はICUに入室し、患者さんもすぐには元気に話せません。
担当する外科医にとっても、息の抜けない日々がしばらく続きます。
私が以前勤務していた病院でも肝移植を行っていたのですが、それほど件数は多くなく、手術日は必ず金曜日に設定されていました。
なぜなら、術直後に何か問題が起きても、土日なら手術室が空いていてすぐに対応でき、かつ外科医たちも外来や検査がなく手が空いているからです。
もはや休日など関係ない、どころか、「休日の有効活用」です。
緊急事態を想定して動いているということですね。
そのくらい術後は慎重な管理が必要です。
ちなみに、手術自体もかなり大変です。
今回ドラマでは、手術室の窓越しに病院のスタッフたちが神妙な面持ちで手術を見つめている、というシーンがありましたね。
東郷記念病院の行く末を占う大切な手術ですから、ある意味自然な描写ではあります。
しかし、手術は朝からその日の夜中まで、どころか、おそらく翌朝まで続く可能性があります。
症例にもよりますが、肝移植はかなり時間がかかる上、今回は小腸移植まで行なっているためです。
彼らは、ほんの冒頭だけ手術を見て去ることになってしまうでしょう。
以上から今回の放送は、例えるなら、
「エベレストに登頂するくらいの大変なプロセスを、京都の大文字山に登るくらいの雰囲気で描かれている」
というイメージだと考えると分かりやすいと思います。
むろんドラマですからあっさり描く方が良いのですが、実際の大変さもぜひ知っていてほしいと思います。
ちなみに、術後無事退院した伊代ちゃんが病院にやってきて検査を受けるシーンがありましたね。
実は彼女にとっても、外科医にとっても、ここからが大変です。
免疫抑制剤(拒絶反応を抑える)による治療を続けながら、肝臓の状態を慎重に管理する必要があるためです。
脳死肝移植を受けた患者さんの5年生存率は75%、10年生存率は68%です(※)。
手術がうまくいったからといって、それ以後は楽観視できるというものではない、ということもまた、知っておいていただきたいことです。
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脳死移植の実際
脳死移植は、コードブルー3rd SEASONでも描かれましたね。
今回もその時と同様、全国から各臓器を取りに医師が集まり、順に臓器を摘出するシーンが描かれました。
コードブルーでも説明されたように、脳死移植を希望する患者さんは、日本臓器移植ネットワーク(JOT)に登録する必要があります。
そして、ドナーの血液型や体格、組織適合性などにより、定められた基準によってレシピエント(臓器を移植される側)の順位(どのくらい早く希望が通るか)が決まります。
当然、たくさんの人たちが臓器提供してくれるドナーが現れるのを待っています。
よってこの順位は厳正に、公平に決められなくてはなりません。
臓器によって異なりますが、一定の基準によって条件が点数化され、コンピュータでレシピエントが選ばれることになっています。
今回の放送ではこれらの過程が全て省略されている、という事実には注意しておきましょう。
ちなみに脳死肝移植希望者の選択基準について、JOTのホームページで簡単に見ることができますが、条件は多岐にわたり非常に複雑です。
偶然自分の入院する病院で脳死患者が現れたとしても、その人がドナーになれる可能性は実際には低いでしょう。
この辺りも非常にデリケートな問題を含んでいるため、ぜひ知っておいてほしいポイントです。
さて、ではそもそも伊代ちゃんはなぜ肝硬変になってしまったのでしょうか?
実は、伊代ちゃんの病気、「短腸症候群」が原因です。
「短腸症候群」とは、小腸を広範囲に切除したせいで、十分な栄養吸収が得られなくなって起こる障害の総称です。
伊代ちゃんは、ドラマに登場した時からすでに短腸症候群とされており、どういう経緯で小腸を切除されたかまでは不明です。
短腸症候群などの栄養障害があると、それに伴って肝臓に障害が起きることが知られています。
これを「腸管不全合併肝障害」と呼びます。
伊代ちゃんは、長期にわたる栄養障害を背景として肝障害が起こり、これが肝硬変にまで発展していた、ということですね。
ちなみに肝移植が必要なほど重度の肝硬変であれば、腹水がたまってお腹が膨らんだり、黄疸が出たりしていることが多く、ドラマでの描写は少し「元気すぎる」印象を持ちます。
実際には、肝硬変とはそのくらい厳しい疾患です。
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湊が示した医師像
湊は自閉スペクトラム症を持ち、コミュニケーションが苦手な一方、類まれなる記憶力や知識を持つ医師、という設定でした。
しかし、最終的にはそのまっすぐな性格が多くの人たちの心を動かすことになります。
私はこれまでの解説記事で、「湊がやってしまう失敗は、医師がビギナーの頃にやりがちなものであり、グッドドクターはビギナーの成長物語だ」と書きました。
しかしその一方で、経験が浅いからこそ見えることもあります。
私たち医師は、数え切れないほどの患者さんと接し、毎日のように同じ病気を見て、似た説明を繰り返しています。
そうするうちに、徐々にその仕事がルーチンワークになりがちです。
そんな中で、まだ経験が豊富でない医師から学ぶことも、実は多いのです。
湊は、外科医として患者さんに治療を施すだけでなく、患者さんのそばに寄り添い、訴えに耳を傾け、治療への意欲を引き出すことのできる医師です。
どれだけ腕のいい医師でも、患者さんの協力と信頼なくして治療はうまくいきません。
グッドドクターは、こうした医師として最も大切な部分を改めて気づかせてくれるドラマだったと私は感じました。
というわけで、全話にわたってグッドドクターを解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
成人を主に診療する私にとっては、小児患者を対象とする医療現場に関して踏み込んだ解説は難しかったものの、手術のリアリティや外科に関する様々な知識を紹介できる良い題材だったと思います。
引き続き、ドラマというなじみやすいツールを使って、医療に関する知識を発信していきます。
ぜひ、これからもお付き合いください。
(参考文献)
日本臓器移植ネットワークHP
小腸移植希望者(レシピエント)選択基準(JOT)
IFALD(腸管不全合併肝障害)の病因と治療/静脈経腸栄養 Vol.27 No.5 2012
肝硬変ガイドブック/日本消化器病学会
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