コードブルーやドクターXは、いずれも救急や外科といった私の専門に近い分野なので、解説記事を難なく書いています。
一方コウノドリは、産科・新生児科が関わる周産期のドラマで、専門外ということもあって当初解説は見送ろうかと思っていました。
しかし今回第1話を見て、
妊娠高血圧症候群やHELLP(ヘルプ)症候群って何?
子癇(しかん)発作中の処置、つまりジアゼパム投与や子宮を左に寄せるといった行為の意味は?
胎盤早期剥離とは?
心室中隔欠損とはどんな病気?
こういった疑問が生じたのではないか?と思いました。
特に出産の可能性がある女性の方や、出産を控えた家族がいるような方は、きっとこういう疑問を解消しておきたいと思うはずです。
そしてこの程度であれば、科を問わずどの医師でもある程度は解説できることです。
というわけで、やはり誰かの役に立つかもしれないと思い直し、解説記事を書くことにしました。
私は周産期医療の現場経験がないため、これまでのように実体験に基づく話は難しいですが、「基本用語解説」ということでお付き合いいただければと思います。
妊娠高血圧症候群とヘルプ症候群とは?
主人公である産婦人科医、鴻鳥(綾野剛)は、先輩医師である荻島(佐々木蔵之介)の手伝いのため、離島の病院へ行きます。
そこで出会ったのが、妊娠高血圧症候群の女性でした。
リスクの高い分娩は本土でしか行えないとの荻島の判断で、ドクターヘリを手配しますが、女性はHELLP(ヘルプ)症候群から、子癇発作(しかんほっさ)を起こしてしまいます。
妊娠高血圧症候群とは、以前「妊娠中毒症」と呼ばれていました。
異常な高血圧、タンパク尿、浮腫(むくみ)などの症状が妊娠20週以降に出る病気ですが、原因は不明です。
全妊婦の5〜10%に起こり、初産、肥満、高齢や、もともと高血圧や糖尿病がある人などがリスクとされています。
妊娠高血圧症候群の問題は、以下のようなリスクがあることです。
胎児が発育不全を起こす
胎盤早期剥離を起こす
HELLP(ヘルプ)症候群を起こす
子癇(しかん)発作を起こす
「胎盤早期剥離」とは、胎盤が早い時期に剥離してしまう状態のことで、大量出血を起こし、母子ともに命に関わる代表的な産科救急疾患です。
略して「早剥(そうはく)」と呼びます。
胎盤早期剥離のうち、3分の1が妊娠高血圧症候群を合併しています。
HELLP症候群とは、溶血(hemolysis)、肝障害(elevated liver enzyme)、血小板減少(low platelet count)の頭文字をとったものです。
今回、鴻鳥と荻島が緊急カイザー(帝王切開のこと)を行なった女性は、このHELLP(ヘルプ)症候群を起こしていましたね。
溶血とは、赤血球が壊れて貧血を起こすことです。
血小板は血を固める働きのある、血液に含まれる成分ですから、これが減ると血が固まらなくなります。
大量に出血してもすぐには止まりません。
つまり貧血があるのに、さらに貧血が進みやすい状況にあるわけです。
さらに胎盤早期剥離は、胎盤が剥がれることで大量に出血しやすい病気です。
これが起こりやすいとなると、あまりにも危険な条件が揃っていることがよく分かるでしょう。
ここまで読んで、鴻鳥と萩島のセリフを思い出してください。
鴻鳥は、手術に消極的な萩島に対して、カイザー(帝王切開)を勧めた上で、
「もしもいま早剥でも起これば赤ちゃんは助からないかもしれません!」
「血小板がこれ以上下がれば、手術そのものが(不可能になる)!」
と言います。
それに対して萩島は、
「ここで手術はできない。十分な血液製剤なしに、大量出血の可能性のあるユリちゃんを手術するのは危険だ」
と答えました。
もうこのやりとりの意味はわかりますね。
ここで萩島が言った血液製剤とは、輸血すべき赤血球製剤や血小板製剤などのことを指します。
子癇発作(しかんほっさ)とは何か?
この女性は、子癇発作(しかんほっさ)を起こしました。
妊娠高血圧症候群が原因でけいれん発作が起こることがあり、これを「子癇(しかん)発作」と呼びます。
けいれん時は呼吸が止まってしまうため、気道を確保して酸素を投与することが大切です。
そしてけいれんを止める薬(ジアゼパム)を投与します。
今回は、鴻鳥が頭側に回って気道を確保したのち酸素マスクをかぶせます。
そして荻島が、
「ジアゼパム5ミリ!」
と指示しましたね。
さらにここで鴻鳥は、
「子宮を左側に押し上げて!」
と指示しました。
これはどういう目的で行うのでしょうか?
妊婦が真上に寝ると、大きな子宮が下大静脈を圧迫します。
大静脈は、体の中心を通る、全身の血液を集める最も太い静脈ですが、心臓より上を上大静脈、下を下大静脈と呼びます。
下大静脈が子宮に圧迫されて押しつぶされると、心臓に戻る血液が減り、全身への血液の巡りが悪くなります。
妊婦が真上に寝たときに突然血圧が下がってしまうことを「仰臥位低血圧症候群」と呼びますが、これは子宮による下大静脈の圧迫が原因です。
妊婦は普段からこういうリスクがあるということです。
これを防止する方法として、体の左側を下に傾けて横になる、というものがあります。
下大静脈は体の中心よりやや右寄りにあり、体を傾けることで下大静脈の圧迫が解除されるからです。
さて今回の女性はけいれん発作を起こし、前述の通りそれだけでも酸素が不足している状態です。
そこで少しでも全身への血流を保つため、子宮を左に寄せ、下大静脈が圧迫されないようにする必要があるわけですね。
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心室中隔欠損(VSD)とはどんな病気か?
一方ペルソナでは、クールな産婦人科医、四宮(星野源)が診察した胎児が、「心室中隔欠損」という病気にかかっている事が分かります。
心室中隔欠損(VSD)は、心臓の右心室と左心室の間の壁「心室中隔」に生まれつき穴が開いている病気です。
先天性心疾患の中では最も多いですが、30〜50%は自然に閉鎖します。
大多数は2歳までに閉鎖するとされていますが、閉鎖しない場合や穴が大きい場合は手術が必要です。
ではなぜ、心室に穴が空いている状態を放置してはいけないのでしょうか?
以下の図をご覧ください(上の図が正常)。
全身から戻ってきた血液の一部がそのまま穴を通って左心室に流れ込むため、左心室に大きな負担がかかります。
心筋に不自然な負担をかけすぎることにより、そのうち心臓のポンプ機能が限界を迎え、心不全に至ります。
また左心室に血液が充満していると、肺から血液が戻りにくくなり、肺高血圧を生じます。
肺高血圧によって肺の機能が落ち、いずれ呼吸不全につながっていきます。
この状態を放置して生きて行くことはできません。
ちなみに心房中隔に穴が開く病気もあり、これを「心房中隔欠損(ASD)」と呼びます。
VSDに次いで2番目に多い先天性心疾患ですが、成人においては最多です。
なぜなら、ASDはVSDと違って自然に閉鎖する頻度が低く、かつ、軽症なら無治療で良いから(放置しても良い)です。
というわけで、第1話の解説はここまで。
今後も引き続き、用語の解説を中心にコウノドリの解説をしていきましょう。