今回の第4話は、TOLAC(トーラック=帝王切開後に経膣分娩を試みること)と、産科研修を通して成長していく研修医の姿が描かれました。
余談ですが、私の妻は二人の子供をいずれも帝王切開で出産しています。
看護師である妻は、
「子宮破裂のリスクを考えると二度目の出産も帝王切開しか考えなかった」
と言いますが、同僚の産婦人科医によると、ドラマのようにTOLACを希望する妊婦さんは「意外なほど多い」のだそうです。
というわけで今回も、全体のストーリーを振り返ったのち、少しだけ知識を整理しておきます。
また、今回描かれた研修医の姿について、私の研修医時代の経験を交えつつ解説してみます。
今回のあらすじ
ペルソナに紹介状を持ってやってきた妊婦の蓮(安めぐみ)は、子育てに悩みを抱えています。
毎日思い通りにいかず、時に我が子に声を荒げてしまう自分。
子供を愛せていないのではないかと不安になり、その理由がお腹を痛めず帝王切開で生んだことにあるのではないかと考えます。
帝王切開後の経膣分娩、TOLAC(トーラック)は子宮破裂のリスクが高いことを知りつつも、次の出産はどうしても産道を通して産みたいという思いは高まります。
人員不足のペルソナでハイリスクな出産は避けるべきだと主張する四宮(星野源)はTOLACに猛反対しますが、蓮の希望を受け入れた鴻鳥(綾野剛)。
しかしなかなか子宮口が開大せず分娩が進まない状況を見て、鴻鳥は帝王切開への切り替えを提案。
最後までTOLACにこだわった蓮でしたが、最終的には娘からの励ましの言葉で帝王切開を受けることを決めます。
帝王切開で無事に赤ちゃんが生まれ、喜ぶ家族。
当初は産科医療に全く興味を示さなかった研修医の赤西(宮沢氷魚)も、この出産に間近に携わったことで大きく成長していきます。
産科医療の素晴らしさ
これは私の勤務先に貼られてあるポスターです。
このポスターは病院の至るところに驚くほどたくさん貼られています(もちろん患者さんがよく目につくところにも)。
産婦人科医が足りない厳しい現状で、学会が全面的にコウノドリをバックアップし、若手医師らに周産期医療の魅力をドラマを通して伝えたい、という強いメッセージが伝わってきます。
今回の放送でも、NICUの今橋(大森南朋)が様々な病院へ人材確保に動きますが、どこも人不足という厳しい状況を知る場面がありましたね。
一方、研修医の赤西吾郎は産科医の息子でありながら、当初は周産期医療に全く興味を示しませんでした。
「産科医になるつもりは全くない」とスタッフたちの前で堂々と言い放つほどでしたね。
周産期医療に興味がないだけでなく、17時になったらあっさり帰るなど、医療者としてのモチベーションも低い研修医として描かれます。
しかし今回帝王切開の前立ち(第一助手)として初めて手術に入り、妊婦さんとその家族に間近で関わったことで大きく成長しました。
帝王切開が終わったあと、
「今日の赤ちゃんを初めて見たときの家族の幸せそうな顔は特別でした。だから疲れも吹っ飛びます」
と笑顔で語る吾郎くん。
実際には産科医療の現状はこんなに綺麗事ばかりではないのでしょうが、素直に産科医療は素晴らしい、と思えるワンシーンでした。
私も医学生の時と研修医の時に産婦人科を研修し、一時は志望先として考えたこともあります。
今回ラストシーンで鴻鳥が、
「医者の中でも産科医だけが(患者さんに)『おめでとう』って言えるからね。僕たちの特権だよ」
と言いましたね。
これは、実は産婦人科医が研修医を勧誘するときの「鉄板の殺し文句(?)」で、私も全く同じことを学生の時に言われました。
その通りだと思いつつも、「おめでとう」と言えないことが少なからずあり、それが病気でも何でもない人に起こることを知り、私の精神力でこの仕事は耐えられないだろうな、と思ったのを覚えています。
ちなみに、外科医を志望する人も減っています。
ぜひ外科医になりたくなるようなドラマも作ってほしいものです。
広告
TOLACのメリット、デメリット
TOLAC(トーラック)は、”Trial of labor after cesarean delivery”の略です。
そのまま和訳すると、「帝王切開後の経膣分娩の試み(トライアル)」です。
これが無事に行われたケースを、VBAC(Vaginal birth after cesarean delivery:帝王切開後経膣分娩)と呼びます。
VBAC(ブイバック)という言葉が使われることが多いので、こちらを使って解説します(あくまで専門外の私が伝えられる一般的な情報でご容赦ください)。
VBACの最大のデメリットは、子宮破裂のリスクです。
これは今回の放送で丁寧に説明された通りです。
帝王切開の時に一度メスを入れた子宮の壁が弱くなっているためです。
そこで「産婦人科診療ガイドライン」では、VBACに比較的厳しい条件が課せられています。
児頭骨盤不均衡がない
これまでに受けた帝王切開は1回だけである
その1回は子宮を横切開で行なっていて(一般的な方法)、かつ術後経過が良好だった
子宮体部筋層まで達する手術(たとえば一部の子宮筋腫の手術など)を受けたことはない(子宮破裂の既往ももちろんない)
緊急帝王切開、子宮破裂に対する緊急手術が可能
ここに書いた「児頭骨盤不均衡」とは、母体の骨盤と赤ちゃんの頭の大きさが釣り合っていないこと(骨盤の大きさの割に赤ちゃんの頭が大きい)です。
子宮収縮の際に子宮に負担がかかるため、破裂しやすくなるとされています。
これを含む上4つの項目は、子宮破裂のリスクがなるだけ高くない条件を集めたものです。
VBACをトライした際の子宮破裂率は0.4%〜0.5%、予定帝王切開の2倍であり、母体死亡に至る確率は0〜0.01%、赤ちゃんの死亡率は0.5〜0.6%です。
そこで、子宮破裂という緊急事態が起こった時に適切に対処できる体制が整っていることが必須の条件です。
それが5つ目の項目です。
つまり、産婦人科医、麻酔科医、看護師を含む手術室スタッフが、どの時間帯でも適切に配置されている必要があるということです。
では、VBACにはリスクしかないのか?というと、そうではありません。
帝王切開は、次の妊娠で前置胎盤や癒着胎盤の発生率を増加させます。
前置胎盤とは、子宮の壁に胎盤が付着する位置の異常、癒着胎盤とは、胎盤が子宮筋層に癒着して出産後にスムーズに剥がれないこと。
いずれも出血などのリスクが高い異常妊娠です。
つまり、VBACはこれらのリスクを増加させない、というメリットがあるということですね。
大事なのは、ここで言う「次の妊娠」とは「3回目の妊娠」のことです。
つまり「3人目を作るつもりがない」という人にとっては、上述のVBACのメリットはなくなります。
したがって子供を何人作るつもりなのかという家族計画が、分娩方針の決定を大きく左右すると言えるでしょう。
むろん「産道を通して産む喜び」というメリットは、医学的なリスクと単純に天秤にかけられるものではないというのが産科医療の難しいところだとは思います。
私の妻が二人目の出産で帝王切開以外を考えなかったのは、3人目を作る予定がなかったこともありますが、何より「産道を通して産むこと」へのこだわりがなかったことが最大の要因なのだと思います。
さて、それにしてもコウノドリでは、小さな子供がいる家庭が非常にリアルに描かれますね。
公園で遊びに熱中して「帰ろう」と言ってもなかなか納得せず、つい声を荒げたら大泣きして余計に状況が悪化する
寝る時間になっても遊びをやめず、「そろそろ寝よう」と言うと、片付けるどころか新たにおもちゃを持ち出してきてさらに広げる
おまけに頼りない夫が、
「毎朝幼稚園に行く前あんなにぐずるの?」
などと言う姿を見ると、
「あー、それ言っちゃうか・・・」
と思ってしまいます。
私も「今日はほんとワガママだなぁ」などと言うと、妻に「いや、これいつも通りだよ」と言われて「しまった」と思ったことなど何度もありますから。
というわけで第4話の解説(というか所感?)はこれにて終了。
来週もお楽しみに!