第9話では、流産を繰り返す不育症の女性を担当した鴻鳥と、肺がんで倒れた父親のピンチヒッターとして緊急帝王切開を行い、父親にその腕を認めさせた四宮が印象的でした。
特に四宮のシーンは何から何までリアルで、本当によくできた脚本だと感じました。
どのあたりがリアルだったか?
臨床の現場から感じたことを書いてみたいと思います。
今回のあらすじ(ネタバレ)
鴻鳥が担当している妊婦の篠原沙月さんは、これまでに2度の流産を経験していました。
そして3度目の赤ちゃんもエコー検査で心拍が確認できません。
不育症ではないかと疑って検査を希望しましたが、結果的に原因はわかりませんでした。
原因を突き止めたいと強く言う沙月さんに鴻鳥(綾野剛)は、原因がわかって治療した人も、わからなくて治療しなかった人も、出産できる確率は同じ85%だと伝えます。
最終的に4度目の妊娠でついに胎児に心拍が確認され、鴻鳥は涙を浮かべながら沙月さんに朗報を伝えました。
一方、四宮(星野源)の父、晃志郎(塩見三省)は肺がんで体の状態が悪く、入院治療していました。
能登の病院で唯一の産婦人科医であるため、自分が一線を退くわけにはいかないと入院中でも気を張っています。
四宮が帰省した際、晃志郎の担当していた妊婦が早剥(常位胎盤早期剥離)で緊急帝王切開が必要になります。
やむをえず四宮が手術に入ることとなり、ベテラン整形外科医を前立ち(第一助手)にして見事に帝王切開を行いました。
不育症とは?
不育症の定義を、私の手元にある産科の教科書から引用します。
妊娠は成立するものの、それを継続することができず、「流産」や「早産」を繰り返す状態
です。
ちなみに、3回以上「流産」を繰り返すことを「習慣流産」といいます。
妊娠22週以降は「流産」ではなく「早産」です。
ですから不育症は、習慣流産を含む概念ということになります(早産を繰り返す例はまれですが)。
1回の流産の確率は15%、習慣流産は1〜2%、不育症は5%とされています。
偶然でも起こりうる数字ですが、何らかの病気が背景にある可能性もあるため、別の名前をつけているというわけですね。
女性の加齢によって流産の確率はこれより上がるとされています。
ちなみに2回連続の流産にも「反復流産」という名前が付いています。
不育症の原因として考えられているのは、
・夫婦どちらかの染色体異常
・抗リン脂質抗体症候群(自己免疫疾患の一種)
・子宮の奇形
・胎児の染色体異常
などです。
したがってこれらの病気を想定した検査を行うことになります。
しかしいまだに原因不明のものが半数あり、標準的な検査や治療法がないのが現状です。
ドラマではハッピーエンドでしたが、現実にはそうでない体験をされた方も少なくはないだろうとは思います。
それをわかった上で、また冗長になるのを覚悟で、あえて確率をきっちり数値で示して登場人物に語らせた脚本はすばらしいと思いました。
ドラマを通じて有益な情報を共有する。
医療ドラマの理想的な姿ではないかと感じます。
医師は信頼が全て、父の鶴の一声
私が今回の放送で印象的だったのは、四宮が患者さんに緊急帝王切開の説明をするシーンでした。
四宮の父に担当してもらっていた妊婦の夫は、突然現れた四宮に不信感をあらわにします。
「あなたは?ていうか四宮先生は?四宮先生が手術してくれるんじゃないんですか!?この先生は誰ですか!?」
と、四宮の父が手術しないことに憤慨し、このままでは手術ができないという危機的状況に陥ります。
ところが、そこへ四宮の父が四宮の妹に支えられながらやって来ます。
「うちの息子を信じてやってください」
「東京で立派に産婦人科の医者やってます。だから大丈夫です」
と淡々と語ります。
すると夫は突然態度を軟化させ、
「先生、妻と赤ん坊のこと、宜しくお願いします」
と頭を下げました。
最後に父は四宮に、
「春樹、頼むな」
と言います。
私は「すごくリアルなやりとりだ」と感じました。
最初の夫の態度は、まさにリアルな患者さん(またはその家族)の反応だと思います。
突然現れた医者がキリッと「俺に任せてください!」とか「私、失敗しませんので」と言ったところで、これに「お願いします!」と患者さんが言うことは絶対にありません。
ドラマのような反応が普通で、大激怒する人が多いと思います。
ところが、信頼する医師からの、
「大丈夫です」
は、これほどまでに有効です。
私たちの臨床の現場は、まさに「こんな感じ」です。
医師は信頼が全て。
信頼を失った瞬間、どんな治療も前に進まなくなります。
信頼してもらうことができれば、治療はスムーズに進みます。
そして、患者さんに信頼されている先輩医師は、患者さんから信頼を失われかけた後輩医師をこのようにして守るべきです。
ある意味、今回夫の前で四宮の父は、
「春樹、頼むな」
と言うだけで十分だったかもしれません。
信頼する四宮先生が「頼むな」と言った、というだけで患者さんからの印象は大きく変わるからです。
こういう場面で「仕方ねぇなあ、俺がやるしかないか」とばかりに、
「じゃあ私がやります」
と言うのはある意味気持ちの良いことです。
しかしこれでは、その患者さんから後輩医師が信頼を勝ち取るチャンスは永久に失われてしまいます。
もちろん後輩医師をフォローできるのは、本当にその後輩医師の腕が自分と同じくらい信頼できる場合だけです。
今回はまさにそういうケースでしたね。
いくら四宮の腕が確かでも信頼がなければ患者さんには何も手出しできない、ということです。
ちなみに部外者でしかない四宮がオペをする際に、
「医院長に許可とってくれ」
と言う細かいセリフもわざわざ入れられていましたね。
他の医療ドラマなら、外から来た腕の良い外科医があっさり手術に入りそうなものです。
一般に、他の病院の医師でも、トップの許可があって書類等での事務処理を通せば手術は可能です。
その日は非常勤医師扱いで、おそらく時給制です(手術1回いくら、と設定している病院もありますが)。
またその後に出てきた整形外科のベテラン医師の雰囲気や、四宮とのやりとりも妙にリアルで感服しました。
あんな感じのベテラン医師、本当にいそうです。
コウノドリは、デリケートな話題を扱うだけに細かなセリフまで丁寧な配慮を感じます。
次回のテーマは「出生前診断」ということで、さらにデリケートな話題にどう切り込むのか、楽しみに待ちたいと思います。
(参考文献)
STEP「産婦人科」
「不育症の診断と治療」日産婦誌59巻9号