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コウノドリ2 第10話感想|なぜ21トリソミーだけが多いのか?生まれるという奇跡

コウノドリは毎回、非常に難解でデリケートな問題に挑み、登場人物に様々な答えを語らせています。

今回は出生前診断によって21トリソミー、すなわち「ダウン症候群」であることがわかった夫婦の葛藤を描くストーリーでした。

同じ境遇の人が多く見ている中、細かいところまで丁寧に、慎重に作られているのがわかります。

こういうタイプのドラマ製作は本当に大変だろうと思います。

もはや完成度が高すぎて私に語ることなどありませんが、医療者の立場からドラマで語られなかった部分を少し解説してみたいと思います。

 

今回のあらすじ(ネタバレ)

クリニックで出生前診断を受け、21トリソミー(ダウン症候群)との結果を得た妊婦の透子。

ペルソナを受診し、羊水検査で確定診断を得ます。

育てていく自信を持てない透子は、何度も鴻鳥(綾野剛)や今橋(大森南朋)と相談を繰り返し、中絶を選びました。

しかし、

ダウン症のある子供達自身は悩まず、幸福を感じて生きていける

という今橋の言葉を受け、ダウン症の子供のこと、育てる親のことを知り、徐々に気持ちが変わります。

そして最終的には「自分の子を産みたい」という気持ちが勝り、中絶を取りやめることになりました

 

一方、出生前診断を受けたもう一人の妊婦、明代(りょう)は羊水検査で同じく21トリソミーの診断を受け、中絶を決めました。

出生前診断を受けると決めた時から、何らかの疾患が判明した場合中絶すると決めていたからでした。

小さな弁当屋を営み、ぎりぎりの生活をしている夫婦にとって病気を持つ子供を育てることは大きな負担。

こうした家庭の事情から、最後まで気持ちを変えることはありませんでした。

 

出生前診断については、登場人物が様々な角度から考えを語りました。

「親になる前に我が子の情報を集めるのは悪いことではない」

という倉崎(松本若菜)。

「その情報を知った後でどうするかを決めずに出生前診断を受けるのは無責任だ」

と否定的な四宮(星野源)。

そしてカンファレンスの場で鴻鳥が、

「平等であるはずの命を選別してはいけない」

「だが命の選別という言葉にみんなが囚われ、家庭の事情に目を向けられていない」

「赤ちゃんに関して家族がどんな選択をしても間違いではないし、間違っていなかったと思えるように家族の悩みや葛藤に寄り添うのことが自分たちにできること」

と産婦人科医の立ち位置を語りました。

 

21トリソミーとはどういう意味か?

人の染色体は全部で46本あります。

1番から23番まで番号がついており、それぞれ2本ずつセットになっているので、46本です

2本ずつセットになっているのは、父親(精子)から23本、母親(卵子)から23本、半分ずつ染色体を受け継ぐことで、お互いの遺伝情報を均等に引き継ぐからです。

しかし、精子や卵子ができる細胞分裂の過程に異常が起こり、染色体の数が変化することがあります。

21トリソミーは21番染色体が3本に増える病気です(「トリ」は「トリプル」など「3」を意味する言葉)。

精子と卵子は本来、染色体を全種類1本ずつ持っていなくてはならないのに、どちらかが21番だけ2本持っていた、ということです。

21番だけが1本多いので全部で47本になっています。

ダウン症候群と呼ばれ、精神や運動の発達の遅れ、心臓や消化管の奇形などを合併します。

他にも13トリソミー18トリソミーもありますが、これら以外の染色体異常の疾患は非常にまれです。

 

この中でもダウン症が特に有名なのは、罹患数が圧倒的に多いからです。

毎年1000出生あたり1人生まれるとされています。

また、他の染色体異常に比べると平均寿命がはるかに長いのも特徴です。

かつては20歳前後で亡くなる人が多かったのですが、医療の発展により50歳以上まで生きられる人も増えています。

 

ここで一つ、以下の質問の答えを考えてみてください。

染色体数の異常は一定の確率で起こります。

1番から23番まで、3本に増えるという細胞分裂時の間違いが起こる確率は、どの染色体でも全く同じです。

それなのに、なぜ21トリソミーの出生だけがこんなに多いのでしょうか?

そしてなぜ、1トリソミーや2トリソミーといった他の病気がないのでしょうか?

 

答えは実は簡単です。

ほとんどの染色体異常がそもそも生まれることができないからです

つまり、ほとんどの染色体異常は、受精卵の段階、あるいは妊娠初期の段階で流産してしまいます

胎児として母体の中で成長することができないからです。

だからそういう「病気」が存在しないのです

人として生まれることができないものは「病気」として認識されません

 

人が人として「生まれることができる」ことは、当たり前のことではありません

受精卵から、この世に人として生まれ、生きていける、ということ自体が奇跡的なことなのです。

そのうえ何十年と生きられるのなら、どれほど尊いことでしょうか。

私は医学生としてこのことを学んだ時、この世に人として生まれることの尊さを痛感したのを覚えています。

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コウノドリで描かれる名医とは?

白川は小児循環器のトレーニングを積むために別の病院へ移籍を考えています。

赴任先の面接で、目標とする医師が今橋であることを語った白川は、相手の医師から、

「ずいぶん大きな目標だ」

と言われてしまいました。

 

私がコウノドリを違和感がなく見ることができる一つの理由は、医師の評価基準が適切であることです。

今橋は、白川にとって「大きな目標」とされています。

しかし、今橋の新生児科医としての知識や技術といった臨床能力の高さが描かれることはほとんどありません

描かれるのは、今橋の優れた人間性や、人格的に成熟した姿です。

これは今橋に限ったことではありません。

鴻鳥や四宮も、それぞれ大人で、成熟した考えの持ち主であるからこそ魅力的です。

四宮の父親もそうです。

彼らが産婦人科医としての敏腕さで魅せるシーンはほとんどありません

少なくとも、そうした技術面では優劣がないように見えます

そして下屋(松岡茉優)や研修医の吾郎くん(宮沢氷魚)が目指している地点も、やはり人間的な成熟にあるようです。

 

私はこういう医師の評価の仕方は適切だと思います。

技術や知識は、一定のレベルまでは誰でも身につきます。

結果に現れる差は、そこに人格的な成熟があるかどうか、によります

第4話の解説記事でも書いたように、コウノドリは、日本産科婦人科学会がバックアップして周産期に関わる医師を増やすことを目指しています。

周産期医療に関する患者さんへの啓蒙だけでなく、医師への啓蒙もその制作の意図として含まれていることを強く感じます。

改めて、素晴らしいドラマだと思います。

 

来週はいよいよ最終回。

次回の解説も、ぜひお楽しみにお待ちください。