経腸栄養は、医師や看護師が臨床の現場に出て最初に難しいと感じる分野の一つです。
どういう時に経腸栄養(経管栄養)が必要なのかわからない
なぜ点滴ではダメなのか分からない
という方は多いのではないでしょうか?
経腸栄養は奥が深く、この記事1本で説明できるようなシンプルなものではありません。
とはいえ、教科書を渡して「これを読めば分かりますよ」と言って疑問が解消するなら誰も苦労はしないでしょう。
そこで今回は、研修医や新人看護師向けに、栄養について必要な知識をごく簡単にまとめてみたいと思います。
これだけでは不十分ですが、ある程度の基礎知識や考え方は身につくと思います。
栄養の考え方
当たり前のことですが、病院では「口から水分や食事が摂れない人」が存在します。
経口摂取できない理由は、意識障害、挿管中、誤嚥のリスク、消化器疾患など、様々です。
こういう患者さんたちは、何らかの方法で治療介入しないと、脱水や栄養障害で命の危険にさらされます。
必要な量の水とエネルギーを口から摂れないのなら、別の方法で「無理やり」体へ注入するしかありません。
この時に考えるべきなのが、
その患者さんが生きていくためには、どのくらいの量の水やエネルギーが必要なのか?
それをどこから注入するのがベストなのか?
ということです。
必要な水とエネルギーの量
病気のない私たちは、喉が渇いた時に水を飲み、食欲がある時に食事を摂れます。
例えば、
「今日は水分があと200ml、エネルギーがあと300キロカロリー足りないから、牛乳を1杯飲んでパンを1つ食べて寝よう」
と考える日はないわけです。
ところが、経口摂取できない人は、そういうわけにはいきません。
医療者が、
「この患者さんには1日にどのくらいの水分とどのくらいのエネルギーが必要か」
を考えて、適切な量の水とエネルギーを投与しなくてはなりません。
では、水とエネルギーの必要量はどう計算すれば良いでしょうか?
これは、体重に合わせて計算式が決まっています。
1日水分必要量=尿量+不感蒸泄+糞便中の水分量−代謝水
1日必要エネルギー量=基礎エネルギー消費量×activity factor×stress factor
基礎エネルギー消費量:Harris-Benedictの式より算出
男性:66+(13.7×体重)+(5.0×身長)-(6.8×年齢)
女性:65.5+(9.6×体重)+(1.7×身長)-(4.7×年齢)
activity factor=1.0~1.8(安静:1.0、歩行可能:1.2、労働:1.4~1.8)
stress factor=1.0~2.0(重症度・術後病期・状態に応じて)
いきなりやる気をなくしましたね?
確かにこの計算をきっちりするのが理想ですが、臨床現場で看護師から、
「先生、栄養剤の投与量はどうしますか?」
と言われた時に、
「えーっと・・・」
と言ってこの計算式でいちいち計算していると、時間がかかって大変です。
そこで、アバウトな数字でさっと計算できる方法を覚えておきます。
水分=体重×約30 ml
エネルギー=体重×約30 kcal
簡単ですね?
もちろんこれで完璧ではないですが、ひとまず概算し、患者さんの尿量や体重の変化、栄養状態の変化、検査値の推移を見ながら微調整していくのが現実的です。
体重50キロの人なら、アバウトに計算して水分1500 ml、エネルギー1500 kcalが必要。
経口摂取が全くできないなら、これを全て輸液か経管栄養で補う
半分くらいは経口摂取できるなら、残りの半分を輸液か経管栄養で補う
という流れになります。
経腸栄養剤は、おおむね8割を水分として計算します(栄養剤によって多少の違いはあり)。
たとえばエンシュアリキッド1500mlなら、エネルギーは1500kcal、水分は1200mlです。
水分があと300ml足りないので、これを白湯(微温湯)で注入することを検討します。
たとえば、朝、昼、夕、100ml×3回などで考えるわけです。
仮に抗菌薬を1日3回投与する際に生食が計300ml投与されているなら、それで水分量はちょうど良いことになります。
また、栄養剤は最初はポンプで持続投与、下痢や嘔吐なく安定した時点でボーラス(1日3回投与など)に移行するのが一般的です。
エンシュア1500mlの24時間持続投与なら、24で割ると投与速度の目標は約63ml/時と分かります(もちろん最初はゆっくり始め、徐々に増やしていきます)。
ここまでの流れは大丈夫ですね?
では次に、もう少し細かく見てみます。
エネルギーの組成
エネルギーの組成には、タンパク、脂肪、糖質があります。
必要エネルギー量→タンパク質量→脂肪量→糖質量の順に算出することになっています。
タンパク質必要量は0.8~2.0g/kg/日
脂質必要量は、経管栄養・経口摂取では必要エネルギーの20~30%、静脈栄養の場合は10%程度
残りは糖質で摂取
このように設定するのが一般的です。
この幅の間で病態に合わせて必要量を決めることになります(今回は病態に応じた使い分けまでは説明しません)。
経腸栄養剤は、種類に応じて組成が異なります。
例を挙げると、以下のように製品による差があります(単位:g/100ml)。
エンシュアリキッド | ラコールNF | メディエフ | |
---|---|---|---|
タンパク | 3.5 | 4.4 | 4.5 |
脂肪 | 3.5 | 2.2 | 2.8 |
糖質 | 13.7 | 15.6 | 14.3 |
これらは1mlあたり1kcalですが、中には1mlあたり1.5kcalや2kcalのものもある(水分制限が必要な時などに使う)ので注意が必要です。
なお、自分の勤務先の病院で採用されていない製剤について詳細に把握しておく必要はありません。
まず病院でどんな種類のものが採用されているのか、確認しておきましょう。
採用された栄養剤の組成の一覧表が栄養部から手に入ることが多いです。
私はそれをノートに貼り付けて、いつもポケットに入れています。
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経管栄養の適応、中心静脈栄養との使い分け
先ほどの例に戻ります。
体重50キロの人に必要な水は約1500ml、エネルギーは約1500kcalでした。
経口摂取が全くできない人に対しては、これらを全て人工的に投与する必要があります。
その投与方法として、経管栄養以外にもう一つ別の方法があるのを知っていますね?
中心静脈栄養です。
例えば、エルネオパ2号(1500ml)+イントラリピッド20%(100ml)で合計1430kcalですから、ちょうど良い数字になります。
すると、
経管栄養と中心静脈栄養をどう使い分けるのか?
という疑問が出てきますね。
この答えは、実はシンプルです。
経管栄養が可能なら、経管栄養を優先する
経管栄養ができない場合のみ、中心静脈栄養を適用する
経管栄養は、経鼻胃管や胃ろう(または腸ろう)を使って、胃または十二指腸に、直接栄養剤を注入する方法です。
これはある意味、「食べ物を咀嚼(そしゃく)し嚥下する」というプロセスを、代わりに誰かがやってくれているのと同じです。
つまり、受け入れる体にとっては口から食べているのとあまり変わりません(違いは、摂取したものが唾液と混ざらないことと、本人が味を楽しめないことです)。
つまり、より生理的で、腸管を使えるため腸管機能が維持でき、中心静脈栄養では不可能な質の高い栄養療法が実現できます。
「If the gut works, use it(腸が使える場合は腸を使え)」というのは、栄養療法の有名な格言です。
逆に、経管栄養ができない時(経管栄養の禁忌)ももちろんあります。
腸が使えない時、つまり、消化管手術の術後や消化器疾患(腹膜炎やイレウスなど)、嘔吐や下痢がある場合などは、中心静脈栄養を選択することになります。
中心静脈栄養ではなく、普通の点滴(末梢輸液)ならなぜダメなのか?
と疑問に思った方がいるかもしれません。
1日に必要なエネルギーを、全て末梢ルートから投与するのは不可能です。
カロリーの高い輸液を末梢ルートから投与すると、静脈炎を起こしてしまうからです。
末梢ルート用の輸液製剤は、ビーフリードでもせいぜい500ml、210kcalです。
1日に必要な水分1500mlをビーフリードで投与するなら、エネルギーはたった630kcal。
全然足りませんよね?
そこで、こうした高いカロリーの末梢輸液製剤は、
経口摂取が再開できるようになる見込みの人に対して短期間だけ使う
経管栄養や経口摂取に加えて補助的に使う
のどちらかにするのが一般的です。
例えば、
腸管が使えるので経管栄養を選択したいが、下痢のリスクがあって全てを経腸栄養剤でカバーするのは難しい
そこで、
エンシュアリキッドを1日1000kcal、経管栄養で
追加でビーフリード2本/日を末梢輸液で
とすると、トータル1420kcal、水分量は1800mlとなって、許容範囲に持っていくことができます。
このように経管栄養では、静脈栄養を補助的に併用しながら目標量を目指すこともあります。
だいたいの流れはわかりましたでしょうか?
これが栄養療法の基礎の基礎ですので、ここからしっかり学習を深めていく必要があります。
例えば経腸栄養剤には、
医薬品か食品か
消化態か半消化態か成分栄養剤か
の区別があり、さらに肝疾患、心疾患、腎疾患など病態に応じて適切な栄養剤の種類があります。
ビタミンや微量元素の量、下痢や嘔吐などに対する対応など、他にも学ぶべきポイントはあります。
実際に現場で栄養療法を実践しながら、自分が担当した患者さんの病態に応じてその都度学習するのが良いでしょう。
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