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市販薬の宣伝表現自由化、医師が感じる危険性と注意すべきこと

市販薬の宣伝表現に関する規制が緩和された、というニュースがあった。

これまで特定の年齢層や性別をターゲットに宣伝することはできなかったが、今回の改正で「中高年向け」や「女性向け」といった表現での宣伝が可能になった

厚労省が37年ぶりに広告基準を見直したためだ。

また、これまで効能効果の表示は二つ以上の記載が必要だった。

一つだけだと、それだけに効くという誤解を消費者に与える可能性があるためだ。

しかし今回の基準見直しで、効能効果を一つに絞っても良いことになった

 

これによって「頭痛・生理痛に」だったものが「頭痛に」としても良いことになる。

近年ウェブサイトでの広告も増えていることから、サイトやSNSでの宣伝も対象に含まれる。

販売戦略の自由を求める業界からの声に国が対応した形だ。

ではなぜ、製薬業界はこのルールの変更を求めていたのだろうか?

 

ペルソナマーケティング

マーケティング用語に「ペルソナマーケティング」という言葉がある。

商品開発の際、企業が特定の顧客像を設定し、その人が欲しがる商品やサービスをイメージするという手法だ。

たとえば有名なのは「スープストック」という外食チェーン店。

「秋野つゆ」という架空の顧客を作り上げ、その人が満足できる商品開発やマーケティング施策を行って大成功したことが知られている。

「秋野つゆ」は、都内在住の、独身か共働きで経済的に余裕があるキャリアウーマン。

性格は社交的で自分の時間を大切にする、フォアグラよりもレバーが好き、プールでは平泳ぎではなくクロールで泳ぐ、というところまで細かく設定したそうである。

こういう特定の人の希望を満たすことを徹底して目指すことで、マーケティングは成功すると言われている。

 

一見、対象を広げる方が多くの人に受け入れられると考えがちだが、実態はその逆ということだ。

たとえば風邪をひいて鼻水がひどい、何とかしたい、と思って風邪薬を選ぶときを考えてみてほしい。

「咳、鼻水、頭痛、熱、あらゆる風邪の症状に効く薬!」

と謳われている万能薬より、

「鼻水にはこれ!」

と限定されている方をむしろ選びたくなるのではないだろうか?

商品やサービスのターゲットをより狭く絞り込めば、かえって多くの顧客を得ることができる。

ターゲットを絞っても、同じモノ、同じサービスを望む人が必ず一定数いるからである

 

しかし注意すべきなのは、宣伝手法が変わっても薬の中身は変わらないと言うことだ。

当たり前のことである。

 

医師の処方箋なしで購入できる薬(OTC薬品)は、安全性や副作用の観点から、バリエーションに限界がある

たとえば、「頭痛用」「生理痛用」とそれぞれに特化したような表示の痛み止めがこれから増えてくるだろう。

しかし市販の痛み止めに含まれる鎮痛作用を有する成分は、一般にアセトアミノフェン非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)のどちらかのタイプだ。

ここに、ビタミン剤漢方の成分など、鎮痛効果とは直接関係ない成分を補助的に加えることでバリエーションを持たせている。

頭痛に特化していると見える表示があっても、市販薬の範囲で「鎮痛効果を頭痛に特化する」ことが不可能であることは、医療者なら常識的にわかる。

 

一方、病院での処方薬は、医療用麻薬製剤の成分を加えたものなど、鎮痛薬には多岐にわたるバリエーションがある

また、片頭痛に特化した鎮痛薬末梢神経痛に特化した鎮痛薬など、かなり対象を絞ったものもある。

これらは使い方が難しかったり、副作用に注意が必要なため医師の処方箋がなくては購入できない。

「成分が、医学的な意味で症状や病態に特化していること」と、マーケットの戦略上「症状や病態に特化した表記にすること」とでは意味が全く異なることに注意が必要だ。

 

市販薬は、利便性の観点から非常に大切で、なくてはならないものである。

だが市販薬は、限られた条件のもとで市場の利益を追求せねばならないという宿命を常に背負っている。

宣伝手法が変わっても、このことはわかっておく必要があるだろう。

アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)については以下の記事を参照

飲みすぎ危険?痛み止めと解熱剤の種類と4つの副作用

子供が使えない市販の痛み止めと解熱剤に注意!種類と副作用は?

風邪薬の正しい使い方については以下の記事を参照

かぜ薬で風邪が治らない理由、市販の総合感冒薬の成分と副作用