ラジエーションハウス第6話では、外傷性脾損傷(ケガによる脾臓の損傷)の患者さんと、大腸がんの患者さんが登場。
いずれも出血が問題となりました。
実際医療現場では、こうした出血に対する治療方針に悩む事例はしばしばあります。
特に今回の1例目のように、
「外傷性脾損傷に対してIVRを行うべきか、手術を行うべきか」
という症例は、腹部外科医であれば何度となく経験したことがあるはず。
まさに難しい判断を迫られる局面です。
今回は、甘春医師(本田翼)が、自らの技量不足により手術を選択せざるを得なかったことを悔やむシーンがありましたが、実際には、
「彼女の技術があれば手術を回避できていた」
といえるほど答えはシンプルでもありません。
なぜでしょうか?
いつものように、ドラマを振り返りながら分かりやすく解説してみましょう。
外傷性脾損傷に対する治療の難しさ
公園のブランコから転落し、腹部を強く打撲した女の子が病院に搬送されます。
CT検査では脾臓からの出血が確認され、すぐに止血が必要な状態でした。
甘春はIVRで治療したいと考えますが、放射線科部長の鏑木(浅野和之)は、手術が望ましいと主張。
IVRの経験が浅い甘春はこれに反論できず、手術が選択されました。
腹部を強く打撲するような外傷では、お腹の中の臓器が傷つくことがよくあります。
中でも、外力に弱い脾臓は特に損傷しやすく、腹部外傷による脾損傷は、私たちが非常によく診療する外傷です。
脾臓は血流が豊富ですから、損傷によって多量に出血することがあります。
この場合、早急に血を止める必要があるわけですが、この時行うべき治療には、通常2種類の選択肢があります。
IVRと手術(この場合は脾臓の摘出)です。
IVR(画像下治療)とは、今回のドラマでも丁寧に説明されたように、
「X線(レントゲン)やCT、超音波などの画像診断装置で体の中を透かして見ながら、細い医療器具(カテーテルや針)を入れて、標的となる病気の治療を行うこと」
です(日本IVR学会HP参照)。
要するに、「外から直接は見えない胸やお腹の中の病気を、映像を見ながら治療する」という手法ですね。
今回のように体内の出血が問題になった際に、手術によって体を切り開くことなくカテーテルを使って止血する、といった技術は、IVRの大きな利点です。
「IVR専門医」という認定資格もあり、こうした技術を持った放射線科医が常駐していれば、IVRが治療選択肢の一つとなります。
ところが、IVRにも様々なリスクがあります。
今回のようなケースなら「手術のタイミングを逸するリスク」は最も大きな問題になるでしょう。
今回IVRを行おうとした際、すでに患者さんの「バイタルは不安定」でしたね。
バイタルとは、血圧や脈拍、体温、意識状態、呼吸状態など、生命活動の維持に関わる重要な指標のこと。
今回であれば、多量出血によって血圧が下がったり、脈拍が異常に速くなったりしていて、命の危険があったということです。
こういうケースでは、IVR室で十分な対応ができなかった時、策がつきる恐れがあります。
まさに鏑木の、
「IVR室で十分な対応ができず最悪死に至る可能性がある」
という指摘が正論そのものです。
IVRと手術の選択における現実
IVR室でバイタルが急激に悪化し、結局「手術でしか対応できない」という状況に陥ってから止血できるまでにどのくらいの時間がかかるでしょうか?
麻酔科医とオペ室看護師に手術を依頼
↓
手術室の準備が整ったら、IVR室から手術室へ搬送
↓
全身麻酔をかける
↓
お腹を開く
↓
目的の位置に到達
↓
脾臓を摘出する
これだけのステップを経なければ止血はできません。
果たしてこれだけの時間的余裕があるか、と考えると、非常に危険な賭けになってしまうのですね。
ラジエーションハウスは放射線科が舞台ですから、「患者さんにどういう治療を選択するか」を放射線科医や放射線技師が悩むシーンがよくあります。
しかし実際の臨床現場では、今回のようなケースであれば、
「手術でお腹を開けるか放射線科医にIVRを依頼するかを外科医が悩む」
というのが一般的です(「コード・ブルー」のように救急医が開腹手術するケースでは「外科医」ではなく「救急医」)。
私たち外科医も「何とかして手術を回避したい」と考えますが、バイタルが不安定であれば、放射線科医はまずIVRを引き受けてはくれません。
手術の方が安全と考えられるケースで、リスクを冒してまでIVRに踏み切るメリットがないからです。
もちろん小児の場合、脾臓は免疫機能の点で大きな役割を担っているため、特に脾臓の摘出は避けたいところです。
しかし、命の危険があるとなると話は別です。
その点で、甘春医師の選択は間違いなく正しかったと言えますし、後で落ち込むこともないでしょう。
むしろ落ち込むべきなのは、患者さんの母親に「手術を回避できる」とほぼ断定的に伝えてしまったことの方です。
甘春が、
「足の付け根に数ミリの傷をつけるだけでお腹に傷は残りませんから」
と言ってIVRに期待を持たせてしまったおかげで、母親は娘に罪悪感を抱くことになってしまいました。
IVRで治療できるかもしれない場合であっても、必ず、
「結局止血できずに手術が必要になる可能性が十分にある」
「救命が第一優先、傷の大きさは二の次であり、やむを得ない場合は躊躇なく手術に踏み切る」
ときっちり説明し、「あらゆる治療行為を行う前に」必ずこのことに同意を得ておくべきでしたね。
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「大腸がんからの出血」という誤診
2例目は、大腸がんからの出血が疑われた男性。
甘春によるIVRで一旦止血したかに見えましたが、IVR室で再度出血。
ここで五十嵐は持ち前の洞察力で、出血源は大腸がんではなく、小腸の可能性があると指摘します。
カテーテルを使って造影すると、まさに五十嵐の言った通りであることが判明し、無事にIVRで治療できました。
今回は、「大腸がんに対して治療中の患者さん」という設定でした(おそらく抗がん剤治療)。
実際このように、大きながんがお腹の中にある患者さんの場合、そこからの出血が問題になることがよくあります。
したがって「まず大腸がんからの出血を疑う」という判断は適切でした。
そして、「実は大腸からではなく、別の部位からの出血だった」という流れも「ありうる話」です。
医師であれば、「どこから出血しているか分からないのにバイタルが悪化している」という場面で、甘春と同じようにテレビを見ながら血の気が引いたかもしれません。
その点では、非常にリアルな描写でした。
一方、消化器を専門に診る医師の立場から見ると、少し気になるポイントもあります。
今回のように「消化管出血」が疑われた際、まず行うべきは内視鏡検査です。
今回なら、「大腸カメラ(下部消化管内視鏡)」ですね。
特にS状結腸は肛門から比較的近い位置にあるため、カメラでのアプローチは難しくありません。
もしかすると、大腸カメラを使って直接止血できる可能性もあるため、まずこちらを選択する意義は大きいでしょう。
そして大腸カメラをしていれば、ドラマより一足先に「出血源は大腸がんではない」と分かったことになります。
ここで初めて、「ではどこから出血しているのか?」という話になり、造影CT検査を検討、という流れになるのが自然だろうと思います。
ドラマの世界にリアルを持ち込むのは野暮ですが、医療ドラマで自分の専門領域がテーマになると必ず、
「自分ならどうするだろうか」
「自施設ならどうしているだろうか」
と考えてしまうのは、一種の職業病のようなものです。
むろんこうした思考を働かせて解説ができるのは、治療の過程や治療選択の流れが細やかなリアリティで描かれているからです。
その点、医療者が見ても非常に面白いドラマだと思います。
次回も非常に楽しみですね。
第5話の解説はこちら↓

「バイタル」についての解説↓
